11・14―15
東京
琉球弧の戦場化を許さない!
東京で二日間の連続行動
一一月一四日と一五日、東京で、「琉球弧の戦場化を許さない! 11月行動」が取り組まれた。「「琉球弧の戦場化を許さない実行委員会」が主催した。
<11・14シンポジウム>
一一月一四日一六時三〇分から、「島の人(しまんちゅ)の生活を破壊する『避難計画』を問う! シンポジウム」が参議院議員会館講堂で開催され、二三〇名が結集して会場は満席になった。
シンポジウムでは、宮古島の楚南有香子さん(てぃだぬふぁ島の子の平和な未来をつくる会・共同代表)、石垣島の内原英聡さん(石垣市議会議員)、沖縄島うるま市の照屋寛之さん(ミサイル配備から命を守るうるま市民の会・共同代表)、与那国島の小嶺博泉さん(与那国町議会議員)からの報告が行われた。途中に伊波洋一さん、福島瑞穂さんのあいさつを挟んで、意見交換がなされた。
楚南さんは、最初に「南西諸島ピースプロジェクト」の動画を上映して、防衛省は「島嶼の防衛は不可能」としながら、琉球弧の島々に自衛隊を配備することの意味を暴露した。政府は島の人たちの「住民保護計画」をつくることができないし、多くの人々は「島外避難」はできないという現実を強く訴えた。
内原さんは、宮古諸島、八重山諸島に対しては「島外避難」だが、沖縄島に対しては「屋内避難」という計画になっており、想定される戦争は沖縄島より南の島々に限定されるのかと批判した。
照屋さんは、沖縄島の住民は避難が無理なのに、なぜ沖縄島に基地をおしつけるのか、と問題を提起した。高市政権は防衛費をGDP比2%にするとしているが、アメリカは満足しない、3・5%を要求してくると批判。勝連分屯地へのミサイル配備に対しては、絶対に認めないと表明した。
小嶺さんは、牛飼いの立場から、与那国島の生活、自給率、経済と自衛隊について語った。一六〇〇人だった与那国の人口は一七〇〇人に増えた。与那国の人口は減って自衛隊が増えているのが実態だと説明。与那国が本当に栄えることにはなっていない現実だ。島に基地をもってきても、想定通りの限定戦争となる訳ではなく、日本全体の問題として捉えるべきと訴えた。
島々からの報告の後、短い時間ではあったが議論がなされた。
島を戦場にするための「島外避難」であるなら、「島外避難」という選択はできません、という意見が表明された。一〇〇人でも二〇〇人でも島民大会を開いて、島の民意をはっきり示すことに意味があるという提起がなされた。地元議員、地元紙、ジャーナリストにはたらきかけることも訴えられた。
さまざまな意見が交換されるなか、翌日の新宿アクションの行動を提起して、終了した。
<11・15新宿アクション>
一一月一五日には、一四時から、新宿東口の旧アルタ前で「琉球弧の戦場化を許さない! 新宿アクション」が取り組まれた。隣接する場所で、宣伝カーだけが大きい数人の右翼団体が街宣活動を行っていた。それを圧倒する二八〇名の結集で、新宿アクションは予定通りに開催された。
最初に唄三線が披露される中、しだいに参加者が増えていった。
沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックが主催者あいさつを行なった。一一月行動は九八団体と一七八名の賛同を得て、琉球弧への自衛隊強化と闘う行動に立ち上がってきたことを話し、この闘いはこれからです、と表明した。
次に、実行委として前日の対政府交渉の報告を行った。前日の一四時から七省庁二〇人の官僚に対して粘り強く追及を行ったことを報告。政府は「有事」と言いながら、補償の問題を追及すると最悪の事態をあらかじめ想定することはできない、という返答。民間施設を防衛するのかの質問には、答えない。民意を踏みにじって戦場化を強行するものだ。絶対に許せない内容であり、戦場化を阻止しよう、と改めて訴えた。
「島の声を聞け」として、うるま市民の会の照屋さんと宮古島の楚南さんが発言に立った。照屋さんは日米共同実動訓練レゾリュートドラゴンが沖縄を中心になされたことを取り上げ、なんで沖縄だけで訓練するのか、沖縄を戦場にするのか、と弾劾した。楚南さんは、このまま軍拡が続いていったら宮古島は戦場にされてしまいます、石垣も与那国も沖縄も戦場にされますと訴え、これに対する闘いを強く呼びかけた。
賛同団体からの発言の後、全体がデモ出発地点まで移動し、新宿駅周辺を一周するデモに出発した。琉球弧の戦場化を許さない、ミサイル配備を許さない、大軍拡を許さない、ことを訴え、全体でデモを貫徹した。