■『戦旗』1690号(2026年5月5日号)
3・21 福島
事故は終わっていない! 原発との決別を
原発のない福島を! 県民大集会に1100人
本年の「原発のない福島を! 県民大集会」は三月二一日、福島市の「パルセいいざか」で開催された。
一五年目の証言
一三時の開会を前に、会場の壇上のスクリーンには、東日本大震災と福島第一原発事故からの一五年間を振り返る映像が上映されていた。
一三時に、司会と手話通訳で開会が宣言された。実行委員長の角田政志さんは、主催者あいさつで次のように述べた。
一五年を経たが原発事故は終わっていない。事故の処理が終っていないというだけでなく、避難した人たちの補償、暮らしの復興ということが終っていないということだと話し、そのことを風化させずに次の世代に引き継いでいこう。
次いで、「さようなら原発一〇〇〇万人アクション」の藤本康成さんが連帯あいさつを述べた。
リレートークでは、原発事故当時に双葉町、大熊町、楢葉町、いわき市に居住していた五人の方々が「一五年目の証言」を行なった。
一人の方は、原発事故が起きれば、取り返しのつかない被害になることを話し、避難先の新潟県で柏崎刈羽原発が再稼働したことを批判した。
また、津波で家族三人を失った方は、原発事故のために家族の捜索ができなかったことを話した。AI、チャットGPTの普及は、いままでよりもさらに電力を使う。現在の生活の中で、原発を動かさないとならないような社会のあり方を考えてほしい、と訴えた。
三月一一日に二歳半だった高校生平和大使の方は、水素爆発が起こった後の避難において制限された自分たちは差別されていたのだと語った。事故を経験したから、原爆に対しても、原発に対しても考えるようになったと話し、「核の平和利用が本当に存在するのか」と厳しく問うた。若い当事者を放置しないことが重要だとして、今を生きる私たちの問題として、事故を伝えていくと表明した。
楢葉町で被災し、今は福島市に住む方は、子どもたちを育ててきたが住民票は移さないできた一五年間の生活について語った後、自ら演奏して「よみがえれふるさと」を歌った。
原発との決別しかない
その後、角田正志さんがコーディネーターとなり、六人のパネリストが登壇して、「原発事故は終わっていない」「福島原発事故の教訓を忘れず、未来へ継承しよう」というテーマで、パネルディスカッションが行なわれた。農業、林業、医療、生活の中のさまざまな問題が語られた。
問題にされたことは、国が森林の除染を行なわないなど、除染がまだらにしか行なわれていない、福島県の現状だ。除染は面としてなされるべきだと、強く訴えられた。
避難が続く福島県では、今も震災関連死が続いている。それは、震災関連死ではなく、「原発事故関連死」だと厳しい言葉が発せられた。
復興庁と市町村では、発表される避難者の数が違う。復興庁は、自ら住宅を取得した人、復興公営住宅に入居した人を避難者にカウントしていないためだ。避難の現場では、原発事故で避難している人たちに対して「原発御殿」などと揶揄する現実もあり、コミュニティーの中に分断があるということも訴えられた。
最後に角田さんが、県民大集会を同じ形で続けることがなかなか難しいということもある、と現状を語って、パネルディスカッションは終了した。
その後、集会アピールが読み上げられ、会場の拍手で採択された。
アピールはまず、「福島第一原発事故は終っていない」事実を確認した。そして「福島原発事故の教訓」について、「原発との決別」しか道はありません、と断じた。最後に、原発事故を風化させず、「福島の過酷事故を二度と繰り返さない」意思を次世代に継承していくと表明した。
一一〇〇人の参加であったことが報告され、本年の県民大集会は終了した。