■『戦旗』1691号(2026年6月5日号)

介護保険崩壊を問う
人権蹂躙の効率か、当事者の権利の確立か

土肥耕作

介護保険の崩壊が現実化している。介護を必要としている人が、地域で最後まで自分の望む暮らしができるという理念はどこへ行ってしまったのか? 権利としての介護がどんどん後景化していく中で、管理と効率が全面化している。サービスは減らされ、負担は増える。介護保険財政だけが黒字を続け、まさに「保険栄えて介護が滅ぶ」だ。

以下の文章では、崩壊状態にある介護保険など公的介護の現状を確認し、これからどのように闘うのかについて提起したい。

少なすぎる処遇改善加算

東京商工リサーチによれば、二〇二五年の介護事業の倒産件数は、全体および訪問介護分野、ともに過去最多を更新した(図表参照)。訪問介護の報酬引き下げ(二〇二四年)や、物価高騰、賃金上昇に追い付かない報酬改定の中で、人事倒産が拡大している。

厚生労働省は人手確保の決め手として過去最高水準の処遇改善加算を用意したと自画自賛しているが、公定価格である報酬本体の方は手つかずのうえ、その内容は全体で2・03%の加算。一方で診療報酬は3・09%だ。26春闘の平均賃上げ率は、物価高騰との関係ではまったく不十分であるが、5%強と言われている。それと比べても介護分野での加算はあまりにも少ない。これでは、ますます全産業平均との賃金格差が拡大する。

高市首相は国会の答弁の中で「物価・賃金の上昇を適切に反映」するために二〇二七年度に報酬臨時改定を行うと述べているが、この規模では全然足りない。しかも処遇改善加算の中身たるや、情報通信技術や大規模化による「生産性の向上」を達成しなければ、上位の加算は得られない仕組みである。

例えば、最上位加算では必須項目にタブレットの導入などが位置付けられている。これではIT企業と大規模介護事業者に追い銭を渡すだけで、個別の利用者と向き合うまともな中小事業者には届かない。結局報酬の改善は進まず、人手不足はAIと「現場努力」で何とかしろということだ。しかも、待遇改善にかかるメニューはここまで。あとは、制度改悪の目白押しとなる。

もう一つ、人手不足への対応として「介護助手等」の活用ということが言われている。これは介護に従事する資格を緩和し、より条件の悪い待遇で働く人間を入れることで、既存の有資格者をより専門的な業務に集中しようという試みだ。
だが、現在の待遇でも人が集まらないのに、資格緩和したくらいでより悪い条件の労働者が集まるだろうか? 

実はこの方法はすでに資格緩和型総合事業として全国で導入され、破綻している。大阪市では一〇年近く資格緩和型の養成事業をしているが、年々受講者は減り、介護現場では要請された介護者に出会うことはない。現実には元々の有資格者が、三割報酬を減らされたサービスに従事しているだけである。もちろん人手不足は解消していない。

公的介護の危機に対する政府の基本方針は給付抑制、支援選別、自助・共助の拡大となっている。

利用者負担増と全国一律制度の崩壊

高齢者(介護保険)の分野では利用者負担増が打ち出されている。介護保険発足時、利用者の個人負担は原則一割として始まったが、これを原則二割に増やす。また、三割負担の対象者も拡大される。

「現役並み所得の高齢者には応分の負担を」などと言っているが、その中身は、二割負担の下限を年収二三〇~二六〇万円程度に引き下げること(二〇二七年度改定予定)なのである。さらに、それ以下の収入の人には、資産や収入を生活保護並みに調べる(そもそもそれ自体が問題)という改悪も狙われている。

また、ケアマネジメントの抑制を狙って、ケアプランの有料化が目されている。要介護一と二は介護保険から外し、地方自治体の責任で行う総合事業に移そうとしている。表向きは地域住民による助け合いなどと装っているが、実態としては、ただのサービス切り下げだ。地域包括ケアの確立と称して、家族介護者・高齢者への負担押し付けが狙われている。嫌なら制度外の家事支援を使え、と。もちろん制度外のサービス利用など、資産がないと無理である。

全国一律制度の崩壊が進んでいる。すでに過疎地を中心に訪問介護事業所がまったくない自治体が一〇〇を超えた。ホームヘルパー国賠訴訟でも問題となった、移動時間が長いにもかかわらず報酬にはまったく反映されないことは、その大きな原因の一つだ。

介護総がかり行動などが呼びかけてきた厚生労働省交渉において、厚労省は長年にわたりこの事実を否認してきたが、ようやく過疎地の介護崩壊を認めたうえで、対策を講じようとしている。具体的には柔軟化と称して、事業所の設置基準の緩和、出来高払い(キャンセルになると一円も入らない)から包括払い(契約している利用者に合わせて一定額の支払いがある)への変更、過疎地用の補助金の創設、などが考えられている。しかし、全体としての予算投入の不十分さからみて、焼け石に水だろう。

そのような中で、自治体独自の補助も拡大している。有名なところでは東京都での直接賃上げ(月額二万円・渋谷区など)がある。財政規模の乏しい地方都市でも、例えば滋賀県長浜市は一時金(転職一〇万円、高齢初就職で三万円、再就職で一〇万円)や、家賃補助(上限一万円)を実施している。大阪府はギフトカード配布だ。

介護サービスの崩壊は自治体にとっては座視できるものではない。その中で地方間の格差も起きてくる。

サービス切り下げは障害者にも

介護保険の崩壊、サービス切り捨てが進む中で、障害者の権利だけが守られることなどありえない。

障害福祉サービスでも報酬引き下げ(二〇二六年六月)の方針が出ている。対象は、就労継続支援B型、グループホーム、児童発達支援、放課後デイサービスの新規参入事業者だ。根拠とされているのは悪徳事業者がのさばっているということだが、対象は一律であり、いつものように良心的な事業者ほど被害を受けることになるだろう。

利用者に対する権利侵害としては、サービス提供量上限の設定が狙われている。現状でも障害程度区分ごとに「上限」が存在しているが、障害者の個別ニーズがある中で、上限以上でも非定型事例として容認され、「上限」は無効化されてきた。障害者運動が活発な地域ではこの非定型事例が広く使われてきたが、そうでない地域では必要なサービスが得られなくなるかもしれない。地域格差が固定され、障害者の個別ニーズが否定される。障害者に対する公的サービス全体についても相対的に重度の人や医療的ケアを必要とする人のサービスは維持するとしたものの、それ以外の人については、①家族介護への逆戻り、②障害者を選別しての就労への誘導、つまりは働くことができない人を排除して、「福祉的就労」は縮小しようとする動き、そして、③施設へ誘導である。これは脱施設からの逆流であり、障害者権利条約の違反だ。

直接的なサービス削減の問題ではないが、虐待件数も増大している。明るみに出るのは一部にすぎない。

介護従事者には通報義務が厳しく設定されているが、通報を受ける側の行政の動きは鈍い。職員配置の不十分さが根本原因だが、介護の全般的な供給不足の中で、殺しでもしない限り虐待を起こした事業所が放置される現状がある。虐待をめぐる利用者の権利擁護は真剣に取り組まれていない。

総じて、政府が進めている福祉政策は当事者の権利を守るのではなく、高齢者や障害者を管理対象とする観点から進められようとしている。人権よりも財政と効率というわけだ。

介護保険の根本的矛盾

介護保険は「介護地獄からの解放」、「介護の社会化」をスローガンに導入された。しかし、その核心は介護分野への「民間活力の導入」、「介護の新自由主義化」であった。制度は最初から、自動的にサービス抑制が働くように設定されていた。サービス拡大は自動的に保険料に跳ね返り、保険料抑制を口実にサービスの削減が繰り返される。一方で税負担は国25%、地方自治体25%に抑えられる。

法律は利用者の選別を禁じている。しかし当然ながら、派遣できるヘルパーの不足は事業所がサービス提供を拒否する理由となる。そして、訪問介護員の有効求人倍率はここ数年一四~一五倍を前後している。この環境下で営利企業は儲かる利用者と儲からない利用者を事実上、選別している。その犠牲となるのは、身体能力が比較的残っている認知症患者や、移動距離が長くなる中山間地の利用者だ。

営利企業がサービスに入らないこうした人々の介護には、心ある中小企業や社会福祉協議会などが従事しているが、そのために財務状況はますます悪化する。事業所間の格差は拡大し、利用者の人権を大事にする事業所の方に退場圧力がかかる。実態としては、課題のある当事者を犠牲にした効率化が進んでいる。

当事者の権利確立を軸に団結形成を

いま進められようとしている政策では未来に希望がない。私たちは財政と効率よりも人権が尊重される介護を求めている。利用者の人権が守られないところでは、労働者の権利も守られない。待遇改善は進まない。

私たちは介護分野の労働組合建設、介護政策運動の組織化などを通して、介護保険創設以来の福祉切り捨てと闘ってきた。しかし、介護保険が元々持っていたサービス抑制のシステムに加えて、「全世代型社会保障」と称する高齢者、障害者に対する攻撃、軍事費急増の中での福祉予算の圧迫を背景とする攻撃の全面化の中で、これまでの組織化活動は一段の飛躍を求められている。

一方で、厳しい情勢は闘いの当事者に結合を促してもいる。本来であれば、労働者・労働組合、高齢者・障害者、良心的事業者、地域社会といったそれぞれの主体には相互に矛盾があるのだが、それぞれの権利と暮らしが政府によって削られ続ける中で、否応なく手を取り合うことを要求されるようになっている。この危機を、戦列を整えるチャンスとし、新自由主義の公的介護を終わらせ、人間の権利を軸に置いた制度を闘い取ろう。