■『戦旗』1692号(2026年7月5日号)
5・15~18 沖縄
AWC日本連が五月現地行動
アジア共同行動(AWC)日本連絡会議は、今年の五月沖縄現地行動の取り組みとして、宮古島と沖縄島に派遣団を送った。様々な場所を訪問して沖縄の歴史と現実を学ぶと同時に、県民大会や辺野古でのゲート前座り込み行動に参加した。
ますます強まる琉球弧での戦争体制づくり、辺野古新基地阻止闘争への政府・右派メディアをあげたバッシングを許さず、沖縄人民に連帯し、日米安保体制と対決する闘いをさらに前進させよう。
5・15 宮古島をフィールドワーク
沖縄での県民大会前日の五月一五日に、AWC日本連は宮古島でのフィールドワークを実施した。この宮古島訪問の直前に米軍が一七日から宮古島で初めての軍事演習を行うとの報道があった。「ミサイル基地いらない宮古島住民連絡会」の方には、抗議行動の準備で多忙な中でこのフィールドワークに時間を割いていただく形となった。
初めに陸上自衛隊宮古島駐屯地を訪れた。正門前から戦闘車両の駐車場が見える場所へフェンス伝いに移動すると、ミサイル発射車両が確認された。公表されている台数よりも多く配備されているようだとのことだった。この発射車両は発射装置を立ち上げたまま別のレーダー搭載車両と共に基地内を幾度も移動していた。隊員たちが車両の傍らで打ち合わせをしている様子も見て取れた。「宮古島の軍拡」を目の当たりにした最初の光景であった。
次に野原(のばる)にある航空自衛隊のレーダー基地を訪れた。陸自宮古島駐屯地と空自の野原レーダー基地の間で、高速かつ大容量の情報を送受信させるためのネットワークが施工されたとの説明を受けた。両基地間には真新しいコンクリートの敷設箇所があり、両基地の間を通る公道を通行止めにしてネットワークを敷設する工事が行われたとのことだった。
その後、野原に設置されている日本軍「慰安婦」とされた女性を追悼する「女たちへ」という碑とアリランの碑、兵士の歌碑を訪れた。そこには戦時中に多くの島民や兵士が餓死した内容が詠われており、皆当時の悲惨な状況に思いを馳せた。
保良訓練場に行く途中、謎のレーダー群や県の「不発弾保管庫」、海保の浮票保管庫等々を視察した。また移動中には軍事車両に幾度も遭遇し、その内一回は、案内していただいた方も初めて見る車両とのことだった。
保良訓練場をめぐっては、米軍との軍事演習について説明を求めたが、説明に出てきた士官は「米軍との軍事演習はまったく知らされていない」と、日米軍事強化の内容隠避を貫いたという。保良訓練場の中には、建造中の官舎、そして森林で覆い隠すように射撃訓練場や三つ目の新しい弾薬庫が建造され、島の住民をも欺く形で軍拡が着々と進んでいる様子が確認できた。
宮古島は豊かな自然と大地を保存している。しかしこの島は今、島民の思いとはかけ離れ、自衛隊や海保だけでなく、米軍も使用する巨大な軍事基地へと変貌を遂げようとしている。(AWC京都会員)
5・16 平和とくらしを守る県民大会
五月一六日一五時から、北谷町のAgreドーム北谷で、「復帰五四年 5・15平和とくらしを守る県民大会」が開催された。参加者数は二○○○名と発表されたが、会場には若い人たちも比較的多く、例年より活気が感じられた。印象に残った発言を紹介しておきたい。
主催あいさつをした参議院議員の高良沙哉さんは、冒頭に辺野古での事故について真相究明を待ちたいと述べ、長距離ミサイルの配備が進む九州や山口県が沖縄島からの避難先に指定されたことや、佐世保の強襲揚陸艦に(岩国基地の)F35Bが搭載されてイランに向かったことにも言及した。そして、米国のための戦争に在日米軍基地から派遣していく光景が日常化しており、このような恐怖を地元に持ち帰り考えてほしいと訴えていた。
来賓あいさつを行なった玉城デニー知事は、アジアの平和を希求してアジアと連帯してともに支え合う新しい社会を築こうと訴えた。間違った道を子どもたちに与えず、高齢者に二度と同じ経験をさせないために、対話による信頼構築を通して平和な世界をつくっていくことを強調した。
海外からのゲストとして、韓国の進歩連帯などを代表して、イ・ヨニさんが連帯あいさつを行なった。沖縄と韓国は米軍の不沈空母にされ、韓米日比の軍事同盟が強化されている。歴史は行動する民衆のものであり、韓米同盟と基地が民衆を守らないことを認識している。帝国主義の侵略・植民地主義、米国の軍事戦略を糾弾し、基地が撤去された平和な世界のために連帯しようと訴えた。
最後に、辺野古新基地建設の断念や日米地位協定の抜本的見直しを要求し、基地のない平和な沖縄の実現をうたう大会宣言を採択して、大会は終了した。(AWC京都会員)
5・18 辺野古での座り込みに参加
五月一八日、AWC沖縄派遣団は、一七日に続いて名護市辺野古へ向かった。キャンプ・シュワブゲート前で行われるダンプ搬入抗議行動に参加するためだ。
キャンプ・シュワブでは、平日の九時、一二時、一五時の三回、ダンプが基地内に進入する工事用ゲート前での座り込みが行われている。この日、AWC派遣団は一二時からの座り込みに参加した。
ゲート前に移動する送迎車から美謝川付け替え工事のために、やんばるの木々が伐採され赤い土がむき出しとなった風景が見え、工事が進められていることを改めて認識させられた。
午前九時の行動では、平和行進や一六日の「県民大会」に参加するために沖縄にやってきた参加者など、ゲート前には二〇〇名を超える人々が集まり、ダンプの進入は一台もなかったとの説明を受けた。
私たちが参加した一二時にも、やはり「本土」からの参加者があり、全体で三〇名ほどの座り込みになった。
一二時前に送迎車でゲート前に到着した参加者は、用意された折り畳みの椅子を持ってゲート前に座り込みを始めた。この時はまだ民間ガードマンがゲート前に二重に阻止戦を張っているだけで、ダンプの姿は見えなかった。三〇分ほどシュプレヒコールや参加者から発言を受けながら行動を続けた。
座り込みの主催者の説明では、大浦湾では軟弱地盤の改良工事はまったく行われておらず、コンパクションパイル作業船を海に浮かべているだけ。現在は港湾建設のための埋め立て工事が行われている、とのことだった。
辺野古新基地がもし完成したとしても、普天間基地の完全な代替機能がないならば普天間基地は返還しないという米軍の意向が、今年二月に報道された。そのような米軍の意向が、際限のない費用と技術的な展望もない軟弱地盤改良工事に影響を与えているのではないかとも思われた。
座り込みを始めて三〇分ほど経過した頃、沖縄県警の機動隊が現れ、座り込みを解除するよう要請してきた。もとより参加者には自ら動く気などないから、機動隊に両脇から抱えられ一人ひとり歩道へと排除が行われていく。
座り込みが排除され、工事車両の進入ゲートが開かれると、国道に長い列をつくっていた大型ダンプが次々と基地の中に入っていった。午前中に搬入がなかったこともあり二〇〇台近いダンプが基地の中に入っていった。
ゲート前での搬入抗議行動は、参加者が多ければ多いほど工事車両の進入を阻止できる時間も増えることをあらためて実感した。(AWC日本連事務局員)