■『戦旗』1693号(2026年8月5日号)
セクシャル・マイノリティの基礎用語解説
~意図しないハラスメントを防ぐために~
阿佐美茉莉花
社会運動に関わる組織や個人にとって、セクシャル・マイノリティの解放という主題は、昨今、切っても切り離せないものだ。セクシャル・マイノリティ当事者やアライ(当事者を自認しないが、人権を擁護し運動を支援する人のこと)による実践の盛り上がりは、社会に大きな問いを投げかけている。保守政治家や右翼による度重なるジェンダーに関するバックラッシュ(社会運動の揺り戻し)に対抗していくことは、より良い社会の実現のために闘うすべての組織にとって喫緊の課題になっている。
社会正義を求める若者世代を中心として、旧来の社会運動団体が主要な課題に据えてこなかった領域――フェミニズムやセクシャル・マイノリティの解放といったさまざまなマイノリティの運動――に強い関心を持つ人々は世界中で増えている。社会の根源的な変革を求める活動に、新たに社会への問題意識を持ち始めた人々を組織していくという意味においても、運動の側がそれらの事柄について真剣に学び、実践を始める必要性は高まっている。
本稿では、アウティング、ミスジェンダリング、およびデッドネーミングという三つのセクシャル・マイノリティに関する基礎用語を解説する。
数ある用語の中から、あえてこの三つの用語を選んだ理由は、これらについて解説することが、運動内においてセクシャル・マイノリティの人々に対する無自覚なハラスメントをできるだけ防ぐための助けになると考えたからだ。
アウティングはすべてのセクシャル・マイノリティにとって、ミスジェンダリングとデッドネーミングはとりわけトランスジェンダーやノンバイナリーにとって、人生の中で誰かから受けて、大きな苦痛を感じたり損害を被ったりした経験が少なくないはずのものだ。それらの用語について皆が正しい知識を手に入れておくことで、意図せずにセクシャル・マイノリティを傷つけてしまったり損害を与えてしまったりするのを減らすことができるだろう。
また、それらの行為は、人間が無謬ではなく、誰しもやってしまう可能性のあるものであるため、気づいた時点で速やかに本人に謝る必要がある。そのようなときに、適切な仕方で謝ることができるようになるためにも、それらの用語についての知識を深めておく必要がある。
アウティングとは何か
まず、アウティングについて解説していこう。
アウティング(Outing)とは、本人の性のあり方を同意や許可なく第三者に暴露することだ。アウティングはセクシャル・マイノリティに対する重大な人権侵害につながる可能性があり、問題行為とされている。なぜセクシャル・マイノリティにとってアウティングは重大な問題になりうるのだろうか。
アウティングという言葉が、当事者やアライの間だけでなく、世間的にも広く認知されるきっかけとなったのは、一橋大学において二〇一五年に起きたアウティング事件であったとされている。一橋大学の法科大学院に通う学生が、同じ学科の他の学生に対して恋愛感情を告白した。告白された学生は、告白を断った後の当該学生との関係性に悩んだ末、共通の友人が入っているLINEグループに当該学生がゲイであることを暴露した。同級生の間に自分がゲイであることが広まったことを受けて、心身に変調をきたすようになった当該学生は、二〇一五年八月二四日、必修科目の授業中にパニック発作を起こし、大学の保健センターで処置を受けたものの、その後に大学内の建物の六階ベランダから転落して亡くなった。
当該学生の遺族は、損害賠償を求めてアウティングした学生と一橋大学を相手取り二〇一六年三月に提訴した。遺族と学生は二〇一八年の第一審で和解した。しかし、遺族と大学側との和解は打ち切りとなり、裁判は続いた。遺族は大学側に謝罪を求めるも、大学側は非を認めず、和解に応じない姿勢を貫いた。遺族は二〇一九年に控訴したが、二〇二〇年の東京高裁で、遺族の控訴を棄却するという控訴審判決が下された。最終的に、裁判長によってアウティングが許されない人権侵害であるということは言及されたものの、一橋大学の責任は問われず、大学側も最後まで謝罪しなかった。
この事件が世の中に知られていく中で、世の中のアウティングに対する意識には少しの変化はあった。アウティングという概念が少しずつ人口に膾炙し始め、二〇一八年には、一橋大学のメインキャンパスがある東京都国立市で、アウティングの禁止が条例に盛り込まれた。
一橋大学アウティング事件については、アウティングした学生や大学側の対応には非常に大きな問題があり、特に大学のハラスメント相談室を含めた大学側のずさんな対応は厳しく追及されるべきものである。しかし、アウティングによるセクシャル・マイノリティへの被害というのは当事者にとってこれまでも珍しいものではなく、アウティングの問題点がもっと社会で共有されるという根本的な解決がなされる必要がある。
セクシャル・マイノリティへの差別や偏見が強烈に存在する社会において、当事者が自らの性のあり方を誰に共有するのか/しないのかということは、当人の慎重な判断の下でなされている。SNSを含めて自らの性のあり方を完全にオープンにしている人もいれば、親友のコミュニティの間だけでオープンにしている人、家族にだけはオープンにしている人、ほとんど誰にも打ち明けずにクローズドにしている人まで、さまざまな状態の人がいる。
そのような中で、第三者が本人との相談なしに勝手に性のあり方を他の人に暴露してしまうと、その人が差別的な考えを持っていたり、さらに周囲に暴露してしまったりする可能性は出てくる。万が一そうなってしまうと、当事者は計り知れない損害を被ることになる。話した覚えはない人になぜか自分の性的指向や性同一性が伝わっていたことが発覚する事態は、多くの当事者が経験したことがあると思われる。仮に結果的には何も問題が生じなかったとしても、潜在する損害の可能性が頭に浮かんでくるから、当事者にとってはそのことが発覚した瞬間は背筋が凍る瞬間であることが多い。究極的には、アウティングが起きたところで何も問題が起こらない社会、つまりセクシャル・マイノリティへの差別が根絶された社会が理想である。しかし、現状の社会で差別が苛烈である以上、セクシャル・マイノリティの人々の情報に関する取扱いについてはどこまでも慎重になる必要がある。
アウティングをしないためには、本人との確認を徹底する必要がある。どの範囲までカミングアウト(自らの性のあり方を誰かに開示すること)しているのか/伝えてよいのかについてしっかりと確認をしておき、万が一アウティングが起きてしまった場合には、本人にそれを伝えて謝罪するべきだ。どの範囲まで広がっているのかの把握や、これ以上情報が広がらないようにするための措置なども欠かさずに行うべきだ。本人の性のあり方に関する話を、第三者に聞こえる場所で確認なしに始めないといった日常的な心がけも不可欠だ。
同時に、アウティングは絶対にしてはいけないと言い切れるわけではなく、例えば本人の命にかかわる事態など急を要するときに、アウティングをしてから、後で本人に事情や経緯を説明するといった対応が求められる場合もある。さまざまな場面でより適切な行動ができるためには、セクシャル・マイノリティを取り巻く社会状況や、セクシャル・マイノリティの人権保障のためにこれまで蓄積されてきた議論や実践の歴史を総合的に学ぶことが欠かせない。
ミスジェンダリングとは何か
次に、ミスジェンダリングについて解説していこう。ミスジェンダリング(Misgerndering)とは、人を誤った性別で扱うことだ。トランスジェンダーやノンバイナリーの人に対して、とくに頻繁に行われる。行う側は、無自覚で行っていることもあれば、意図的な差別者であることもある。
無自覚な事例として、他人を呼ぶときに誤ったジェンダー代名詞や呼称を使用してしまうという場面がある。例えば、日本語では名前に「君」「ちゃん」といった接尾辞をつけて呼ぶのは、年下の親しい人を呼ぶときに使われる慣習としてジェンダー化(ジェンダー的な意味づけがなされること)されていると言える。語源を辿ればいろいろな歴史はあるが、現代においてそれらの接尾辞が使われるときは、「君」は男性に対して、「ちゃん」は女性に対して使うという傾向は明確に存在する。そのため、本人が望んでいる呼ばれ方を確認しないうちに、「~君」「~ちゃん」といった呼称を使用してしまうと、本人に対して大きな苦痛や損害を与えてしまう可能性がある。これは、「彼女」「彼」「お姉さん」「お兄さん」「おばあさん」「おじいさん」「お母さん」「お父さん」といった言葉についても同様だ。
本人の性自認が分からないうちに、それらの言葉を安易に使用するのは避けるべきだ。日常で、名前の知らない人を指名したり呼び寄せたりするとき、「後ろの眼鏡をかけた男の子」「前から二列目の女性」「そこのお兄さん」などといった言葉が投げかけられることがある。しかし、意図しない苦痛や損害を与えてしまうのを防ぐためには、例えば「赤い服の人」といったように服装などを目印にするなどの工夫が求められる。名前については、「~さん」などのジェンダーを特定しない表現をするのが望ましいだろう。
人の性別は勝手に決めつけてよいとするこれまでの当たり前から、われわれは脱却しなければならない。問題なのは、人の性別は見た目や声などで判断できる/してよいものだとするシスジェンダー中心主義だ。単に「トランスジェンダーやノンバイナリーといった配慮の必要な特別な人がいるから気を付けよう」と考えるだけでなく、そこから一歩進んで、トランスジェンダーやノンバイナリーの人々を常に排除・抹消するこの社会の構造を問い、ジェンダー規範の解体を目指していく必要がある。
ミスジェンダリングが意図的に行われる事例としては、差別者による悪意のある行為が挙げられる。例えば、トランス女性に対して「(身体的)男性」であるといった言葉が向けられることがある。これは生物学的な差異が本質であるとするトランスジェンダー否定の論理であり、許されないヘイトだ。また、職場における上司による嫌がらせとして、意図的に誤ったジェンダー代名詞を使われ続けるといった日常的なハラスメントが行われることも多い。
また、無自覚か意図的かを問わず、トランスジェンダーの人によく向けられる言葉として、「昔は女子/男子だった人」「元女子/男子」などといった言葉がある。これらは、当事者が自らを表すのに使うこともあったし、かつてトランスジェンダーを表す言い方として一般によく使われていた言い方ではある。しかし、現在は基本的に使うべきではないとされている言い方であって、安易に使用すべきではない。なぜなら、「昔は女子/男子だった人」「元女子/男子」というのは医学的な性別移行に重点を置いた言い方であって、まるで何かの施術をした瞬間に急に性別が移行するかのような印象を与える言い方だからだ。それは、多くのトランスジェンダーやノンバイナリーの人たちの生に合致した表現ではない。また、トランスジェンダーやノンバイナリーの人の中には、幼少期からずっと、生まれたときに割り当てられた性別とは異なる性別のアイデンティティを持って生きてきた人もいるだろう。「昔は女子/男子だった人」「元女子/男子」という言い方をすることで、その人のアイデンティティを否定・抹消する結果になってしまう。その意味で、これもミスジェンダリングの一つと言える。
ここで挙げた事例のいずれにしても、本人が自分の性のあり方を自分で決める権利(セクシャル・ライツ)が充分に尊重されていない状況であると言える。
デッドネーミングとは何か
最後に、デッドネーミングについて解説していこう。デッドネーミング(Deadnaming)とは、トランスジェンダーやノンバイナリーなどの人が、戸籍名を変えたり通称名を使ったりしているために、現在は使用しなくなった名前を、他人が勝手に使用することだ。
生まれたときに男女どちらかの性別を割り当てられる現在の社会の中で、多くの人が、その割り当てに基づいたジェンダーを示唆する名前を付けられる。トランスジェンダーやノンバイナリーの人々が、そのような理由で付けられた名前に苦痛を感じる場合、戸籍名を変更したり、戸籍名の変更が達成されるまでの間に通称名を使用したりすることがある。シスジェンダーの人々には、そのような必要性が発生することはない。特に現代の日本社会では、名前を変えるということ自体が普通ではないとみなされるため、名前を変えたり通称名を使ったりしていることが他人に知られてしまうと、トランスジェンダーやノンバイナリーの人々にとって、望まないカミングアウトをせざるを得なくなるなど、好ましくない状況に陥ってしまうことがある。
日常生活を送る上で、戸籍名や現在は使用していない過去の名前の情報が漏れる可能性は常にあるため、周囲の人々の対応が非常に重要になってくる。トランスジェンダーやノンバイナリーの人々が名前を変えるに至る経緯やその過程の困難について皆がしっかりと理解し、知った情報を周囲に漏らしてしまわない工夫をする必要がある。当事者にとって、現在は使用していない名前で呼ばれることが大きな苦痛になることも、当然認識しておく必要がある。戸籍名を変えることのハードルの高さや、通称名で生活する上で突き当たる様々な障壁についても、知っておくべきだ。
デッドネーミングは、ミスジェンダリングの問題と同様に、無自覚な事例だけでなく、意図的な差別行為として行われる場合もある。当事者への嫌がらせとして
現在は使用していない名前を意図的に使うという行為がなされることがある。当事者に多大な苦痛や損害を与えるそのような行為は決して許されるものではなく、厳重に対処される必要がある。
総じて重要なのは、生まれたときに必ず男女どちらかの性別が割り当てられるという、性別二元論が制度化された現代社会において、必ずしも全ての人が出生時に名付けられた名前を名乗り続けるわけではないということを理解し頭に入れておくことだ。
参考資料紹介
以上、セクシャル・マイノリティに関する三つの基礎用語について大まかに解説してきた。この三つの事柄については、ここで述べた話だけでは説明し尽くせない話がたくさんあり、さらに関心のある人はぜひ他の資料や文献も当たってみてほしい。ここではセクシャル・マイノリティとハラスメントについて網羅的にまとめられた本として、『LGBTとハラスメント』(神谷悠一、松岡宗嗣著、集英社、二〇二〇年)という新書をオススメしておく。セクシャル・マイノリティに関する誤解や偏見を解消するための基礎知識から、セクシャル・マイノリティに関連する法制度や人事・労務制度まで、幅広く解説されている。
本稿を書くにあたって参考にしたその他の書籍や資料は以下の三つだ。
①松岡宗嗣『あいつゲイだって アウティングはなぜ問題なのか?』柏書房、二〇二一年
②LGBT法連合会『LGBTQ報道ガイドライン 多様な性のあり方の視点から 第二版 本編』lgbtetc.jp
③ウェブ記事「LGBTQ+関連の用語集 意味・定義」(AセクAロマ部―AABU―作成) acearobu.com
社会運動内におけるセクシャル・マイノリティに対するハラスメントや排除の再生産を止めるために、ともに学習を続けていこう。