■『戦旗』1694号(2026年9月5日号)
最賃闘争で、低賃金労働者から搾り取った
大企業の内部留保を取り返す闘いを!
内田加奈子
昨年と今年の最賃引き上げの違い
昨年度、中央最賃審議会は過去最高額の目安を出した。A・Bランクは六三円、Cランクは六四円の引き上げというもので、低位のCランクが一円高いのも初めてのことだった。
一九七三年に目安制度が始まって以来、地方差は開き続け、最低賃金の地方格差が人口流出を招き、地方の過疎化を促進するとして、批判が高まっている。地方審議会では、隣県との差を縮める目的や、ランク割りが経済実態を反映していないとして、目安をはるかに超える答申が相次いで出されている。昨年、最も引き上げ幅の大きかった熊本県では、目安を一八円超える八二円の引き上げだった。九州、東北を中心に中央最賃審議会の目安を一〇円以上超える答申が一一県で出された。目安を大幅に上回る答申は近年目立って増えており、目安制度のあり方に疑問が高まっている。
二〇二五年度でも最高額の東京と最低額の県では二一一円/時の差がある。年収で四二万円以上もの差になる。そもそも全国加重平均一一二一円/時という額は、まともな生活をするのにまったく足りていない。
今年度については、本稿執筆段階ではまだ三分の一の地方審議会で答申が出ていないが、中央最賃審議会の目安はAランク五四円、B・Cランクで五六円の引き上げで、昨年に続いて低位ランクの引き上げ幅を大きくしている。現在のところ、目安通りから四円プラスの幅で地方審議会の答申が出されているが、昨年と比べると目安との差は小幅なものになっている。
矛盾噴出の昨年度の最賃審議会
二〇二五年度の最低賃金は、目安と各地方審議会の決定の乖離だけでなく、発効時期の大きなばらつきでも近年にない特徴を示した。引き上げ額を増やす一方、発効時期を遅らせることで経営側の負担を実質的に削減するという詐欺的な手法がとられた。
例えば二〇二五年度最も発効時期が遅かった秋田県では、引き上げ額は八〇円と大きかったものの、発効日は半年後ろ倒しされた。年平均では四〇円の引き上げでしかなく、目安額の六四円をはるかに下回っていた。一〇月中に発効しなかった地方は二七府県に及び、年をまたいでの発効となった県も六県あり、年平均の引き上げ額が目安を下回るケースが続出した。
そもそも日本の最低賃金は先進諸国の中でも最下位クラスであり、国際比較を見るまでもなく、現状の最低賃金では生存権が脅かされる水準でしかない。
二〇二五年の最低賃金は全国加重平均が一一二一円、最低県は一〇二三円、三九の道県で一一〇〇円を下回っている。一一〇〇円の時給でフルタイム働くと月額は一七万六〇〇〇円、年収で約二一〇万円である。税と社会保険料を控除すると月の手取りは約一三・五万円。まさに生存権が脅かされている状態だ。目標とされる一五〇〇円で計算しても、月額は二四万円、年収で二八八万円、月の手取りは約一八・五万円でしかない。
最賃近傍で働く労働者は正社員を含めて増え続けている。物価高騰が続く中で最低賃金の大幅な引き上げの必要性は経営側も理解しているし、「防衛的賃上げ」と言われるように賃金を上げなければ人手不足に拍車がかかるのも現実だ。しかし、中小企業の経営も物価高騰で苦しい現実がある。一方で、国の政策は大企業優遇で中小企業対策は不十分なままだ。賃上げに対する助成金などの支援策も、中小企業の約六割が利用しておらず(商工会議所調べ)、使い勝手の悪い制度しかないのが現実だ。こうした政策の不備が、目安を大幅に超える最低賃金と発効日の遅延という矛盾になって噴出しているのだ。
貧困対策に背を向ける高市政権
石破前政権は最低賃金目標について、「二〇二〇年代に一五〇〇円」と打ち出した。しかし、高市政権は発足以来、最低賃金への言及を避けてきた。今年二月の施政方針演説でも触れられず、ようやく言及があったのは七月下旬に発表された「骨太方針2026」であった。
今年度の「骨太方針」は、「責任ある積極財政元年」を掲げ、華々しい投資ビジョンを並べ立てている。しかし、最低賃金については「二〇三〇年代前半のできる限り早い時期に一五〇〇円」として、引き上げ目標を先送りした。そこに、物価高騰に苦しむ低所得層の貧困対策にはまったく無関心な高市政権の姿が端的に示されている。
現在、石油や食糧の世界的な高騰が継続している。高止まりしている石油だけでなく、ホルムズ海峡経由で世界に供給されていた肥料の原料の停滞や気候危機の影響で、農作物は多大な被害を受けており、世界的に食料の不足が深刻になっている。食料やエネルギー価格の高騰は長期に継続し、低所得層を直撃することになる。それは構造的な問題だ。
二年限定で食料品の消費税を一%に下げることでは、根本的な低所得層の貧困対策にはならないことは明らかだ。最低賃金の大幅引き上げで、賃金の底上げを実現することこそ最大の貧困対策だ。
最賃制度の危機的状況と弥縫策
中央最低賃金審議会は最賃制度の崩壊に危機意識を強め、「目安制度に関する全員協議会」で、「令和七年度地方最低賃金審議会の結果を踏まえた論点について」を三回にわたって議論している。
論点は大きく二つ。一つは、「目安額を大幅に上回る答申は、近隣県等との競争や最下位回避の意識の下、地域の実態と乖離した引上げとなったのではないかといった、審議に対する疑義」であり、もう一つは「地域ごとに発効日に大きなばらつきが生じ、一時的に地域間格差が拡大するほか、年度ごとに発効時期が大幅に変動することで、労使双方の予見可能性が損なわれるおそれがあること」である。
全員協議会は、目安額との乖離について、「判断理由を明らかにすべき」「翌年度の審議で影響を確認したうえで当該年度の審議を行うべき」と制約を課した。発効日については、「発効日を交渉材料とすべきでない」「指定日発効ならその判断理由を明確に」との「いましめ」を行ない、制度の維持に躍起になっている。その結果が今年の「目安通り~四円上乗せ」といった小幅な上乗せと一〇月中発効に表れている。しかし、これは単に弥縫策にしか過ぎず、最低賃金制度をめぐる本質的な矛盾の解決にはならない。
最賃制度のあり方を見直そう
最低賃金法第一条(目的)は、「この法律は、賃金の低廉な労働者について、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もつて、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする」と明記している。しかし、現状の最低賃金はその目的を果たしていない。最低賃金はどうあるべきか、どのような水準であるべきかを根本的に見直す必要がある。
もちろん、それは最賃制度の中だけで解決できる問題ではない。重要なことは、現在の最低賃金ではフルタイム働いても、結果は「貧困」でしかないということを社会の共通認識とすること、「貧困」はなくすべきものだという合意、「貧困でない状態」を賃金水準で制度化するとどのような水準であるべきかについての社会的合意をつくることだ。
憲法二五条が明記する「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を国が保証しなければならない。そのために、圧倒的多数の非正規雇用労働者を低賃金で雇って利益の源泉としている大企業、中小の下請け企業がまともに人件費値上げの価格転嫁もできないような下請け価格を押し付けている大企業への課税を強化して、税の再分配の機能を発揮すべきだ。
企業の内部留保は総額で六〇〇兆円をはるかに超えている。仮に内部留保に5%課税すれば三〇兆円が低賃金労働者のための施策に使える。それを単純に二〇〇〇万人の非正規雇用労働者に分配すれば一人あたり一五〇万円で、現在の最賃年収二一〇万円に加えると三六〇万円になる。これでやっとワーキングプアから抜け出せる水準だ。とはいえ、このぐらいの規模で中小企業対策や貧困撲滅対策、労働環境の改善、均等待遇実現に向けた施策を行えば、より生きやすい社会になるだろう。
社会と労働のあり方を変える施策として、大きな枠組みの中で最低賃金制度を見直すことが必要だ。低賃金労働者から搾り取った大企業の利益=内部留保を取り戻す闘いを最賃闘争から巻き起こそう。