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■『戦旗』1666号(10月5日号)3面 土方哲義同志を追悼する 加茂川 哲 土方哲義同志(藤村忠)が亡くなった。八月一三日に肺炎による病死である。突然のことで驚いている。七六歳だった。 半世紀以上を共産主義運動・革命運動のなかで闘い抜いてきた戦士の死に対して、心からの哀悼と追悼の念を明らかにしたい。 私が土方同志と出会ったのは、第二次ブントの分裂と分派闘争のなかで、「戦旗派」として新たな党建設を開始する過程で、ともに結集した仲である。同志は、この分派闘争のなかで生命に関わる重傷を負ったが、不屈の意志でそれを乗り越えて、闘いを続けたのである。そして、日向一派との闘いを共に闘い、戦旗派建設を前進させるために全力を尽くした。 同志は、沖縄解放闘争、部落解放闘争等を担い、数々の論文を執筆してきた。また、地区党建設の先頭に起ってきた。「ひめゆり―白銀」決起をはじめとし、三里塚闘争等の戦旗派の闘いをともに指導部として闘ってきたのである。 わたしの個人的な感想としては、土方同志はどちらかといえば多弁というよりは寡黙で、必要なことを必要な時に言うタイプで、確実に仕事をするという人であったと思う。 「原則に忠実な頑固な組織人」というのが私の印象である。そして、それを貫き通した信念の人だと思う。 ブントと階級闘争の新たな転換と前進を目指した統一委員会の結成にも、ともに努力してきた。そして指導部として、首都圏における組織建設を先頭で闘い抜いてきた。 だが、その道半ばで一〇年前から昔の傷による「人工透析」を必要とする状態となり、行動が著しく制限されるようになった。さぞ無念であったろう。そのなかでも集会や会議に参加していた。その姿は私の記憶にはっきりと残っている。 その最後まで、共産主義者として、革命家としての信念をもって闘い続けた土方同志を、同時代を同世代として生きてきた者として誇りに思うし、その誇りを共有して、私も共産主義者として、プロレタリア革命家として、彼の遺志を引き継ぎたいと思う。 あえて言おう。闘い半ばで倒れた同志土方哲義、君は、最後まで闘い抜いた。 |
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