寄稿(2018年5月)                                                     ホームへ

東京都迷惑防止条例改悪を批判する

弁護士 吉田哲也


   


    

 本年三月二九日、東京都議会は「公衆に著しく迷惑をかける暴力行為等の防止に関する条例」の改悪案を可決した(以下、改悪後の前記条例を「本条例」という)。本条例は同月三〇日に交付され、本年七月三〇日から施行されるものとされている。
 従来(改悪前)の迷惑防止条例において規制の対象とされていた具体的な行為は、①「つきまとい」、②「粗野な言動」、③「連続電話」、④「汚物送付」であるところ(第五条の二)、本条例ではさらに⑤「監視していると告げること」、⑥「名誉を害する事項を告げること」、⑦「性的羞恥心を害する事項を告げること」の三つの行為が付け加えられることになった。さらに従来まで上記①の「つきまとい」の具体的な定義としては、つきまとい、待ち伏せ、立ちふさがり、住居付近の見張り、住居等への押し掛けの五種類のみにとどまっていたところ、今回の改悪で新たに「住居等の付近をみだりにうろつくこと」が追加された。本条例において「住居等」とは、「住居、勤務先、学校その他その通常所在する場所」と規定されているのであって,当然のことながら、私企業の事業所は勿論のこと官公庁も含まれる。
 さらに従来までの法定刑が六月以下の懲役又は五〇万円以下の罰金(常習の場合には一年以下の懲役又は一〇〇万円以下の罰金)であったものが、改悪後においては一年以下の懲役又は一〇〇万円以下の罰金(常習の場合は二年以下の懲役又は二〇〇万円以下の罰金)とされ、罰則規定の大幅な強化がなされている(因みに東京都公安条例の罰則規定では、法定刑は一年以下の懲役若しくは禁錮又は三〇万円以下の罰金である)。

 ▼① 警視庁の企図するもの

 本条例案を作成したのは警視庁であり(本年二月七日付「公衆に著しく迷惑をかける暴力行為等の防止に関する条例の一部を改正する条例案の概要」警視庁)、改悪案の趣旨説明を都議会において行なったのもまた警視庁である。本条例もまたこの間の街頭における人民の直接行動に畏怖した国家権力が何としてもこれを封じ込めんとするものであり、今般、公園の使用規制が強化され、集会はもとよりデモの出発点として使える公園が激減していることと軌を一にした新たな公安条例とも評すべきものである。
 このような街頭での行動だけではなく,現在都内各区の集会室については,集会室使用の申請をした団体に対して、不特定多数に呼びかける屋内集会のための使用は認めないとして団体構成員全員の名簿提出を強要し、これに従わない場合には集会室の使用も認めず団体登録申請の書類の受け付けもしようとしない、という不当な規制を行う区さえ出現している。
 このような動きと本条例とは決して無関係ではない。
 本条例によれば、上記「付近をみだりにうろつくこと」は、「身体の安全、住居、勤務先、学校その他その通常所在する場所の平穏若しくは名誉が害され、又は行動の自由が著しく害される不安を覚えさせるような方法により行われる場合に限るものとする」とされている。しかしこれは規制されるべき行為を限定する機能など果たすものではない。
 「○○電力は原発事故の責任をとれ」「不正常国会」「汚職官僚は辞職しろ」、果ては「政治家とお友達」などと口を開けば、たちどころに「名誉が害され」るものとされ、あるいは会社の前で労組が「○○社は交渉に応じろ」とアピールし、国会前や官庁前で「内閣は総辞職せよ」「○○は辞任せよ」と抗議を行ない、あるいは大学で「学長出てこい」とプラカードを掲げれば、途端に「行動の自由が著しく害される不安を覚えさせる」として権力が介入してくることを正当化するものでしかない。

 ▼②法・条例の濫用の実態

 本条例を立案・推進した警視庁は「市民活動や報道機関による取材活動など正当な理由で行われる行為は対象ではない。濫用防止規定もある」云々と都議会で答弁している。しかしながら、一九二六年に「団体を背景として威力を用いまたは暴力を用いて暴行、脅迫、毀棄または面会強請、威迫するような犯罪が増えている。現行法の規定では暴行、脅迫、毀棄、面会強請、強談威迫を行なっても刑が軽い。したがって法整備が必要である」という理由で制定された「暴力行為ノ処罰ニ関スル法律」が、戦前戦後を通じて労働争議の鎮圧・壊滅のために猛威を振るった歴史を思い起こさないわけにはいかない。
 まず、何が「正当な」活動であって、何が「正当な」活動に該当しないのかを決めて弾圧をかけるのは、デモや抗議行動の前に立ちはだかる国家権力なのであるから、国家権力が弾圧の対象としないもののみが「正当」な活動であるという帰結を導くことにしかならず、したがって恣意的な弾圧をもたらすものでしかない。
 そしてまた、「この法律に規定する手段は、前項の目的のため必要な最小限の限度において用いられるべきものであって、いやしくもその濫用にわたるようなことがあってはならない」という警察官職務執行法第一条二項の規定にもかかわらず、職務質問という名の違法な検問と身体検査が日々罷り通っていることからすれば、濫用禁止規定などには国家権力の横暴を抑制する効果が念仏ほどさえ存在しないことは明らかである。
 本条例が「体感治安」を隠れ蓑に、刑事弾圧による恫喝をもって人民を委縮させ、その街頭での行動を抑圧し封じ込め、その闘争を絶えず「官許」の枠内に押し込めようとするものであることは論を俟たない。そして何よりも本条例は、弾圧をテコにして人民の内部に皮相的な「『正当』であるかそうでないか」などという論法を媒介にした分断を持ち込んで、その闘いを内部から瓦解させる(これは国家権力の常套手段である)ことをも目論むものであることを見過ごしてはならない。