寄稿(2018年9月)                                                     ホームへ

中学校道徳教科書採択について考える

教科書ネットくまもと 事務局 田中信幸


   


    

 ●1章 なぜ道徳が教科化されたか

 昨年の小学校に続き、今年は中学校の道徳教科書の採択が行われた。今年から小学校では教師たちはこどもたちに教科書を使う授業を行い、こどもたちの心の内面を評価することが強要されている。どのような問題があるのかを簡単に紹介する。
 戦前は、教育勅語を具体化する筆頭教科として「修身」があり、勅語に基づいて一一の「徳目」が上げられていた。その中で重視されたのは「一旦緩急アレバ……」で始まる最後の徳目であり、他の徳目は全てここに集約されていた。アジア侵略戦争へと民衆を動員し、天皇のために死ぬことが最高の生き方と教えたのが「修身」であった。
 戦後、教育勅語は国会でその失効が確認されたが、自民党や右翼勢力からは道徳の教科としての復活が絶えず画策されてきた。そして一九五八年に道徳教育が学習指導要領に「道徳の時間」として復活した。しかし教科ではなく、副教材やさまざまな自主教材を使って、道徳の時間に「同和」教育、人権教育を行うことも可能だった。文部省も道徳を教科に格上げすることはためらった。
 第一次安倍内閣の登場で、教育基本法が大改悪された。その第二条「教育の目標」には「道徳心を培う」、「伝統と文化を尊重し、それを育んできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し……」とされ、道徳教育の目標に「我が国と郷土を愛し」という「愛国心」を追加し、小学校低学年でも「君が代」を歌えるよう指導するとされた。ところが、二〇〇八年一月に開かれた中教審では「道徳を教科の範囲でやることは無理がある」(山崎正和会長)として、さすがに教科化は見送られた。
 だが第二次安倍内閣では、発足後「教育再生実行会議」というお手盛りの組織を作り、大津市で発生した「いじめ問題」の解決のためには道徳の教科化が必要という提言を出させた。文科省はこの提言に添って日本会議系の学者中心の「懇談会」を立ち上げ、「特別の教科道徳の主たる教材として検定教科書を用いることが適当」という報告を作らせた。これを受けて櫻井よしこが加わった中教審が二〇一四年に答申を出し道徳の教科化が決まった。

 ●2章 道徳教科化のどこが問題か

 ①徳目(小学一九、中学二二)は戦前の「修身」や教育勅語を参考にしており、社会科や理科などと違い、なんら学問的体系や裏付けもなく教科化できるものではない。
 ②教師は子供の「道徳性」心の内面を評価しなければならない。評価するためには「基準」が必要であるが、その「基準」を作るのは国家権力である。評価が点数でなくて記述式でも子どもの内面への権力的介入となってしまう。
 ③文科省が謳う「考え議論する道徳」は不可能。文科省は教科化の批判に対応するためこのようなうたい文句を並べるが、あくまでも国定の価値観という枠内で「考え議論する」のであって、それを越えることは出来ず、最後は徳目へと誘導されていく。
 ④規則や決まりをすでに完成し与えられたもの、守るべき自明のものとして捉えさせ、なぜ規則が出来たのか、なぜ必要なのかを問わない。決まりに自分を従わせることだけを学ばされ、決まりを変えたり新しく作ることには目を向けさせない。
 ⑤日本国憲法の原則、人権や民主主義、社会正義の問題が全く取り上げられない。差別、格差、貧困、戦争、環境破壊などの問題がなぜ起こるかなど無視し、問題は個人の側にあり、意志の弱さ、誠実さ、思いやりのなさなどをすべて個人の問題にすりかえる。イチローや松井、国枝慎吾などの有名スポーツマンを取り上げ、努力せよ、弱いものはだめで「勝て!」と号令する。
 ⑥「日本(人)はすばらしい」のオンパレード。たとえば教育出版三年生用の「外国から見た日本人」では、海外メディアが東日本震災で暴動が起きず、整然と順番を待つ東北地方の人を賞賛する記事を取り上げ、「あなたは、世界の人たちに胸を張れるどんな日本人になりたいですか」と問う。これを社会科で学ぶとしたら、東北の人たちが地震や津波に翻弄されてきた歴史とそこで培われた生活の知恵、原発事故で今日も苦しむ人がいることを学ぶ。日本人万歳という話ではない。

 ●3章 中学校の採択結果について

 八社が検定合格したが、どの社も学習指導要領に縛られ、文科省が作成した『私たちの道徳』『中学校道徳読み物資料集』からの引用が圧倒的に使われ問題が多い。その中で新規参入したのが日本教科書。安倍のブレーンである八木秀次・麗澤大学教授(日本教育再生機構理事長)らが二〇一六年四月に八木が代表取締役社長に就任して設立。その後の社長には晋遊舎の代表取締役会長の武田義輝が就任。晋遊舎は『マンガ嫌韓流』やヘイト本を多く出版している出版社で、ここが道徳教科書?という会社。しかし九月六日現在、日本教科書を採択したのは栃木県大田原市一件のみ。会社も存続の危機になっている模様。
 今夏の採択では「こどもたちに渡すな! あぶない教科書大阪の会」が呼びかけ五月一九日に大阪で全国集会が開かれ、日本教科書、教育出版の二社を不採択にという運動が各地で闘われた。子どもと教科書ネット21でも全国的なとりくみが行われた。その結果、日本教科書採択一地区、大阪でも東京の武蔵村山市でも、これらの教科書を採択させなかった。ただ、愛知県では教育出版が四地区で採択された。まだ全ての地区の結果が判明しているわけではないが、全国の教科書をめぐる住民運動の一定の前進と言うべきである。
 問題は、道徳の教科化であり、教育労働者が学校現場で、教科書通りに教えたり評価する事の問題点を点検し、組合での討論を通じていかにしてこどもたちの「自己責任」「心の問題」に切り詰めることを克服するか、人権や社会意識へと高めていけるかを考えることが大切。大阪の会では今年度から使用が始まっている小学校道徳教科書に関して「もうひとつの指導案」を提供するHPを立ち上げている。URLはhttps://www.doutoku.info/……参考にしてほしい。