寄稿(2022年7月)                                                     ホームへ
刑事裁判・民事裁判の全面オンライン化に反対しよう

弁護士 遠藤憲一
   


      
●はじめに

 二〇二〇年三月に始まった新型コロナ感染拡大下、「ソーシャルディスタンス」なる造語が流布され、人と人との自由な交通が遮断され、物理的に接近すること自体が危険視された。労働現場ではテレワーク、学校ではオンライン授業など「デジタル化」「非対面化」が社会のあらゆる場面に導入され、人々は分散、孤立化を強いられた。集会場の貸出禁止や自粛要請により表現の自由は事実上制限され、労働者・人民の団結形態が破壊されてきた。
 司法の分野では、最高裁の通達により、当初は要急性の高い事件以外はすべて期日が取り消されたが、二〇二一年一月の第二次緊急事態宣言以降は、電話方式などの非対面手続によって裁判手続等が進められるようになった。併行して「感染防止対策」を根拠に傍聴席は三分の一まで大幅削減された(その後二分の一)。
 その後現在に至るまで、民事では電話方式やウェブ方式での準備手続による密室裁判化が定着化し、既成事実化されつつある。そうした状況を追い風に、水面下で着々と司法の全面的「IT化」「オンライン化」の策動が進められてきた。


●1章 刑事手続のIT化

 刑事手続については、二〇二〇年七月の「世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」(閣議決定)の中で「刑事手続きにおいてもそのデジタル化を行うことは捜査手続きに関与する国民の負担軽減につながり、また、感染症の感染拡大等にも円滑・迅速な公判手続きを可能とする観点から有用である」とされた。
 これをうけて二〇二一年三月、法務省に「刑事手続きにおける情報通信技術の活用に関する検討会」が設置された。この間のあらゆる刑事司法改悪(裁判員、公判前整理手続、盗聴拡大、司法取引等の新捜査手法等)を主導してきた井上正仁法務省特別顧問を「関係官」とする御用委員(九人の委員のうち、警察、検察関係が二名、裁判所関係二名、大学教授三名、弁護士二名(但し日弁連が推薦)による「検討会」それも「ウェブ会議併用方式」によるものである。しかも、IT化をもはや既定の方針としたうえで、検討事項(論点)を法務省事務当局が整理した流れに即して、「必要性 許容性 必要となる法的措置」というように立法することを前提にして議論が組み立てられていく仕組みになっている。刑事訴訟のあり方を根底的に変えるような改悪が、このようなあらかじめ用意されたレールに乗せられ、わずか一年足らずで本年三月一五日に「報告書」として集約され今後の立法化の基礎とされたのである。

①書類作成・発受のオンライン化

 現行法では紙で作成・管理されることが予定されている書類について原則電子データとして作成・管理する。従来の署名・押印に代わる措置として、例えば電子署名法による「電子署名」をもちいるという。しかし役所や企業取引の文書ならともかく、被疑者の供述調書などはどうするのか。検討会では、タブレット端末の画面にタッチペンで氏名を手書きする方法や指紋を画像データとして採取して貼り付ける方法などが紹介されている。しかし手書きのサインや採取された指紋の画像が作成した調書(データ)に正確に貼付されたかどうかの確認のしようがない。また、書類の電子データ化は紙媒体固有の微妙な証跡(筆圧、消去の痕跡等)を保存しえない。証拠になりうるような紙媒体を電子化後、捜査機関の裁量により廃棄するとの議論も優勢であるから、被疑者・被告人にとっては回復しえない不利益を被る恐れがある。

②令状の請求・発付・執行のオンライン化

 今までは警察官が紙媒体で裁判所に持参して請求していた捜索差押令状、逮捕状請求などをすべてデータ送信により行いデータで発付を受ける。令状の執行もタブレット端末を被疑者・被処分者に見せればよいとされる。「国民の軽減負担」というが、令状を迅速に執行してもらうことを有り難がる「国民」などいない。すべて警察=弾圧側の効率と便宜のためである。ただでさえでたらめな令状審査は、裁判官が電子データで送られた疎明資料をPC画面でながめるだけになり(印字して読む裁判官もいるかもしれないが、裁判所から印刷設備が除去され、紙媒体の保管場所もなくなるとその都度紙媒体の廃棄処理が必要となり、結局プリントしないことになる)、ますます形骸化する。発付される令状の記名押印は廃止されるから、「電子署名」で担保するといっても、被疑者・被告人側で真正を確認する手立てがない。
 また、被疑者は警察からタブレットなどの画面をさっと示されるだけだから、何が差押対象なのか、罪名・被疑事実が何なのか一瞬でタブレットの画面から読み取ることは紙媒体より困難である。

③検察官の弁解録取、裁判官の勾留質問のビデオリンク化

 被疑者は従来裁判所や検察庁に押送され、検事の弁解録取や裁判官の勾留質問を受けたが、これからは留置場に身柄拘束されたまま、検事や裁判官と画面を通じて弁解を述べさせられるのである。弁護人はこれまで裁判所に被疑者が送られてくる時間を見計らって勾留質問前に接見をして励ましたりアドバイスをしたりすることができたが、ビデオリンク化によりそうした機会もなく勾留質問が終わってしまうのだ。

④ビデオリンク証人尋問の拡大

 現行法下においては、証人尋問は、公開法廷で訴訟関係人の面前で行うのが原則であり(公開原則、直接主義)、公安事件等ではビデオリンク尋問採用を巡って攻防が繰り広げられ、その濫用が問題とされてきた。今回、公判審理の充実・迅速化、証人の負担軽減を理由にその適用範囲を、「外国に所在する証人」「多忙な専門家証人」「入院中の重症患者」「刑事施設収容中の証人」について拡大するとされる。ますます転向証人の面前での追及や「専門家」と称して権力のでっち上げに加担する法医学者、精神鑑定人、筆跡鑑定人などへの弾劾・追及尋問の効果が弱められることは必定である。また裁判所外施設(警察、拘置所など)での尋問も許容されることになり、見えないところで捜査側の介入・威圧が可能となる。

⑤被告人のビデオリンク出頭

 入院中や感染症罹患中の被告人、「暴力団構成員」など出廷させることが「危い人」は、刑事施設や病院からビデオリンクで「出廷」させるというのである。かって、一九六九年の東大闘争事件などでは統一公判を要求してパンツまで水につけて房から出ない出廷拒否戦術が闘われた。これからは逆にうるさい奴、裁判官に断固とした意見陳述を突き付ける被告人などは法廷に来させない、裁判官に直接対面させないで済まそうという攻撃である。

最後に、傍聴のオンライン化

 具体的内容は決まっていないが、「被害者」「遺族」の法廷外での傍聴など特定の事件関係者にのみ拡大した傍聴や重大事件等のオンライン傍聴が議論されている。
 オンライン公開により社会的に「犯人叩き」を組織したり、さらし者化に使われたりする恐れがある。今回のコロナ感染拡大対策を理由に傍聴席が、半分に減らされた。リアル傍聴の削減を恒常化させてはならない。特定の事件だけオンライン配信するなどもってのほかである。公判廷を傍聴人で埋め尽くし、不当な訴訟指揮や不当判決を弾劾の嵐で包囲するのも公開裁判であればこそ可能である。


●2章 民事裁判のIT化

 本年五月一八日、「改正民事訴訟法案」(IT化法案)が参院で可決され成立した。前記のとおり、裁判所は、コロナ下で緊急事態宣言をかいくぐって試行してきた「電話会議」方式やウェブ会議方式での準備手続きや調停手続きに味をしめ(当事者と直接接触しないことを好む裁判官は多い)、これをコロナ対策としてではなく、デジタル国家の成長戦略として実施しようとするものである。二〇二五年からおおむね以下のような内容が施行される。

第一に、ウェブ会議方式の「口頭弁論」の常態化

 ウェブ方式にするには「当事者の意見を聴いて」となっているが実際は半強制である。今でも先取り的にウェブ会議が行われている。コロナ対策であったはずがいつの間にか常態化されている。今は嫌だといえばそれまでだが、普通の事件では相手弁護士が応ずるとなればこちらだけ拒否はしにくい。
 期日に裁判所に移動しなくても済むから、楽であり交通費もかからない。しかし、三里塚裁判に典型的な階級裁判、労働裁判、行政訴訟、住民訴訟、国家賠償訴訟などではそうはいってられない。これらは裁判官、相手方と徹底的にリアル法廷で文字通り口頭弁論を展開して闘わねばならない。ウェブ方式では一事務所の画面での裁判に極限化され、このような裁判闘争はできないから、まさに法廷闘争、裁判闘争の解体攻撃だ。

第二に、ビデオリンク証言の要件の緩和

 現在は証人が遠隔地に居住するとか、事案の性質等により証人が法廷で陳述するとき「圧迫を受け精神の平穏を著しく害される恐れがあると認められる場合」であって、「相当と認めるとき」であるが、改正法では、遠隔地証人に限らず、「証人の住所、年齢または心身の状態その他の事情により裁判所に出頭することが困難であると認める場合」へと拡大される。これでは上記のような権力と闘う裁判において重要証人がすべてビデオリンク方式尋問となり、直接の追及から逃れることになる。

第三に、提出書類のオンライン化の強制

 二〇二五年から弁護士が付いた事件では訴状をはじめとした申し立てや主張や証拠の提出を紙媒体では認めず、インターネットによるオンライン化が強制される。たまたまパソコンが不調で提出できなくても自己責任とされるのである。ちなみに、日弁連はこのようなオンライン化に反対するどころか、逆に「情報セキュリティガイドライン」を策定して弁護士に情報管理の責任と負担を押し付けようとしている。

第四に、期間限定裁判の導入

 「裁判の長期化」を口実にした審理期間六月以内の超スピード結審の手続きも併設される。資本、社会的強者のための効率化・迅速化である。
 このように、裁判のIT化は、裁判の直接主義、口頭主義、公開主義の破壊であり、迅速化・効率化・密室化であって、裁判闘争の解体攻撃でもある。
 第三次司法改悪ともいうべきこの刑事・民事のオンライン化による裁判闘争圧殺には法廷内外で断固として闘おう。
(二〇二二年六月一五日)