共産主義者同盟(統一委員会)

 

■政治主張

■各地の闘争

■海外情報

■声明・論評

■主要論文

■綱領・規約

ENGLISH

■リンク

 

□ホームに戻る

■書評

  「温暖化」がカネになる 環境と経済学のホントの関係

                                 北村慶著―PHP研究所(2007)




 ●1章 地球温暖化、問われる共産主義者の視点


 来る七月の洞爺湖サミットでは地球温暖化問題への対策が主要テーマの一つとなっている。本書は昨年九月に出版されたものであるが、大資本や「先進国」政府がこの問題に対してどのような問題意識を持ち行動しようとしているのかを読み解く上で重要な情報がわかりやすく解説されている。著者は金融の専門家であり、そのスタンスも当然ながら、現状の資本主義経済の仕組みを改変しつつうまく利用して温暖化防止を実現しようというものになっている。これは従来の公害防止に見られたような法規制による対策から、地球環境に負荷を与えたり資源を消費したりする行為に対して相応のコストを負う仕組みを経済原則の中に導入するという方向へのシフトである。つまり温暖化ガスの排出を金銭で売買可能な形に権利化して市場価値を与え、企業努力や技術協力で削減した排出量を排出権として商品化することで、市場経済の力で排出削減を促進しようとするものだといえる。

 今後このような考え方が増え、さらには生活のさまざまな場面に浸透してくることが予想される中で、その矛盾と限界点を明らかにする試みはまだ多くはないようである。これが新たな国家間あるいは階級間の矛盾を産み出していくであろうことを分析し予測していくことは、共産主義者の今日的な課題として重要度が増しているように思われる。ここでは、標題の書を中心にインターネット等での公開情報も交えながら地球温暖化問題に対するブルジョワジーの側の対応状況を紹介するとともに、市場原理に基づいた「解決策」=排出権ビジネスについて若干の批判的検討を加えることにする。



 ●2章 「今そこにある危機」としての温暖化


 地球の温暖化が進行しているのは事実なのか、事実だとしても自然現象ではなく人間の活動によるものなのか。このことを巡っては専門家の間でも論争になっていたが、国連機関のひとつであるIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が昨年に出した第四次レポートは、人為的な原因によって温暖化が進行しているのはほぼ間違いないと断定した。

 レポートによれば、過去百年間で地球の平均気温は0・74℃上昇し、うち直近の五十年間の上昇傾向は過去十年間のそれのほぼ二倍であると分析している。一方、温暖化ガスの一つであるCO 2(二酸化炭素)の大気中の濃度は、約二百年前の産業革命以前は約二百八十ppmだった。それが、米化学者チャールズ・キーリングによってハワイで継続的な観測が開始された一九五八年時点で三百十五ppm、それ以降季節変動を繰り返しながら毎年増加を続け、二〇〇五年には三百七十九ppmに達している。つまり、気温とCO 2濃度は軌を一にして上昇し続けており、しかも近年になってそのペースは急激になってきているというのである。レポートでは、大気中の二酸化炭素濃度が現在と同じペースで増加を続ければ、二一〇〇年には一九〇〇年に比べて4℃の気温上昇が予測されるとしている。そしてこの4℃の上昇によって、海面上昇や局地的な水不足、熱波、動植物種の絶滅など、地球環境や生態系に深刻な影響を及ぼしかねないと警告している。さらに「気温上昇を(人類への)影響の少ない2℃程度に食い止めるためには、遅くとも二〇二〇年までに世界の温室効果ガスの排出量を減少に転じさせ、二〇五〇年には二〇〇〇年よりも半減させる必要がある」とまで述べているのである。

 地球規模での気象の予測はさまざまな要素が影響し不確実性が高い。しかし上記のIPCCレポートは多数の科学者によって世界各地で蓄積されたデータを基に分析・検討されたものであり、おそらく現時点で可能なもっとも網羅的な調査に基づく客観的な予測だといえる。その結論を受け入れるならば、早期に有効な対策をとらなければ人類全体の生活が大きく脅かされる可能性があるところまできているという認識をわれわれも持っておかねばならないだろう。



 ●3章 排出権購入へと走る日本


 一九九七年の京都議定書により、日本は温暖化ガスの排出量を今年から二〇一二年の五年間(第一約束期間)の平均で、一九九〇年の排出量(CO 2換算で十二億六千百万炭素トン)比6%の削減が目標として課されている。しかし二〇〇五年度末の時点で削減はおろか逆に7・8%の増加となっているのが現実である。排出分野別に見るとこの十五年で産業部門が3・2%の削減を達成したのみで、他の分野(運輸・一般業務・家庭・エネルギー転換)は10〜40%程度の増加を示している。

 二〇〇八年度はおそらく目標値を大幅にオーバーすることは確実である。まず7・8%+6%=13・8%分を削減した上で、二〇〇八年度(もしくはそれ以降も)のオーバー分を埋め合わせるためにさらなる削減を実現しなければ、第一約束期間の削減目標は達成できない。そのような目標設定の是非はさておくとしても、現状の経済活動がそのように急激に縮小できるわけもなく、排出量そのものの削減による目標達成はほとんど絶望的と言わざるを得ない状況にある。

 そこで、いわゆる「京都メカニズム」を利用した排出権の大量購入が現実味を帯びてくるのである。実際、二〇〇五年四月に閣議決定された「京都議定書目標達成計画」では1・6%分の排出権購入が謳われている(これは本書の発刊後の二〇〇七年十月に出された「京都議定書目標達成計画の見直しに向けた基本方針」においてもそのまま残されている)。この数字はCO 2にして二千万トンに相当し、取引価格にして六百六十億円にものぼる。そしてすでに二〇〇六年度政府予算において百二十二億円の購入予算が組まれ、NEDO(経済産業省所管の独立行政法人)によって中国などでのCDM(クリーン開発メカニズム)プロジェクトから生じる排出権が購入されている。このように、巨額の税金を投入した排出権購入が、マスコミ等でも大きく取り上げられないままに着々と始まっているのである。ここにはさらに大きな問題があるのだが、これについては後述する。



 ●4章 排出権取り引きの仕組み


 ここで一旦、京都メカニズムの三つの種類をおさらいしておく。第一は先述した「クリーン開発メカニズム」で、「先進国」が「途上国」と協力して途上国の排出量を削減するプロジェクトを実施し、得られた削減量の一部を「先進国」の削減量としてカウントするものである。こうして得た削減量は「クレジット」すなわち自国の排出権として利用できることとなっている。第二は「共同実施」で、「先進国」同士で削減プロジェクトを実施して実現した削減量を、投資国が排出権クレジットとして自国の削減目標に利用できるとするものである。第三は「排出量取引」で、あらかじめ各国に割り当てられた排出枠のほか、第一や第二のメカニズムで得た排出権、森林増加によるCO 2吸収量を「クレジット」として議定書締結国間で取引できるようにするものである。つまり排出枠をクリアした国は余剰の排出量を他国に売却して利益を得ることができるので排出削減へのインセンティブが働く一方、排出量削減の余地が小さい国に対しては他国への資金的・技術的協力を促すことになり、全体として排出量削減に寄与するというものである。

 こうした排出権は、欧米では銀行や証券会社・取引所を通じて売買できるようになっている。日本でも一部の信託銀行を中心に取引が始まりつつある。企業がCDMプロジェクトなどで得た排出権を売却したり、逆に自社の活動で生じる排出量を埋め合わせるために排出権を購入したりするのである。



 ●5章 排出権ビジネスは効果的か


 このように排出権取引は、本来は排出量削減が利益を生むことで排出主体に削減意欲を持たせることを意図したものである。しかし一般に、ある企業にとって排出量削減を大きくするほど一トン当たりの削減コストは大きくなる傾向がある。そのため一定以上の排出量削減が課された場合はその分については排出権を購入した方が安上がりということになるため、実質的な排出削減が停滞することが考えられる。また排出枠の設定が適切でないと、例えば過去に過大な排出をしていた企業はいつまでも大きな排出枠を維持することになり、削減へのインセンティブが働かなくなることも指摘されている。

 さらに大きな問題は、近年になって排出権が金融デリバティブ化していることに加え、ヘッジファンドなど投機目的の資金が流入していることである。議定書締結国、特に日本は先述したように削減目標達成のために大量の排出権を購入せざるを得ない事態になりつつある。それを見越して投機筋が大量に排出権を確保し第一約束期間最終年まで売り控える行動に出れば、排出権価格の急騰が予想される。実際、先述のNEDOにおいては予算策定時よりも排出権価格が上昇したため、より単価の安い先物の(=将来の)CDMプロジェクト排出権を購入せざるを得なくなっている。こうした先物の排出権は、価格は決まっていてもプロジェクトが予想通りの削減効果を挙げなければ排出権も縮小するというリスクをも負っている。不足分は結局国連に登録済みの排出権、つまり現物の排出権を購入せざるを得なくなる。投機筋によって「吊り上げられた」値段で排出権を買わされることによる国民負担は、第一約束期間の削減目標に5%未達成の場合で二兆六千億円にもなると本書では試算している。



 ●6章 温暖化対策がもたらす搾取


 こうしてみると、排出権取引ビジネスが温暖化ガス排出量削減を促進しない恐れが強いばかりか、金融資本の餌食となりかねないことは明らかである。日本経団連にしても「環境自主行動計画」に基づいて各業界での排出量削減を進める一方で、「キャップ・アンド・トレード」型の排出権取引に反対の姿勢をとり続けるなど、国としての削減目標の達成への協力には消極的である。むしろ自主行動計画を楯として削減義務や排出権購入費負担から逃れようとする意図さえ疑わざるを得ない。結局税金などの形で人民の側に負担が押し付けられる可能性が高いのである。しかもその負担が真に温暖化防止に役立てられるとは限らず、金融資本による環境を「ダシ」にした新たな搾取ですらあることを見ておかなくてはならないだろう。

 実質的な排出量削減への取り組みにおいても、例えば職場におけるエアコンの停止や社用車の削減など、労働環境の悪化が温暖化防止の美名の下に強制される事態が予想される。利潤追求のための過剰生産とそこから押し付けられる過剰消費のライフスタイル、グローバル化した市場経済と物流。資本主義のシステムの中にこそ資源やエネルギー消費を抑制できない仕組みがあることをしっかりと見抜いていくことが、本質的な批判と有効な反撃につながっていくはずである。


 【参考サイト】

○日本国温室効果ガスインベントリ報告書(国立環境研究所)
―温暖化ガスの排出量・吸収量を分野別・種類別に見ることができる
http://www-gio.nies.go.jp/aboutghg/nir/nir-j.html
○地球温暖化対策推進本部(首相官邸)
―京都議定書目標達成計画やその見直し内容を見ることができる
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ondanka/index.html

 

当サイト掲載の文章・写真等の無断転載禁止
Copyright (C) 2006, Japan Communist League, All Rights Reserved.