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   追悼

  最後まで革命家だった
     芝山同志の遺志を引き継いで闘う

  
共産主義者同盟(統一委員会)九州・山口地方委員会




 すべての党員のみなさん。ともに闘う全国の仲間のみなさん。
 去る五月三十日、午前三時三十分。党政治局員、中央委員ならびに前九州・山口地方委員会責任者であった芝山哲十同志(本名:豊田幸治 とよたゆきはる)が亡くなりました。五十九歳でした。
 同志は、二○一一年六月、病院での検査で頭部脳腫瘍と肺がんが発見され、即日入院・治療の開始となりました。この時すでにガンは、芝山同志の身体を蝕み、外科的手術が不可能な状態でした。この丸二年、抗がん剤による治療は、入院治療と自宅での療養を繰り返しながらのまさに激烈な闘病生活となりました。一時、抗がん剤の効果から脳腫瘍の拡大も抑えられ、回復への期待もふくらみました。しかし、ガンはその後も容赦なく同志の身体を蝕み、ついに五月三十日家族に看取られて永眠いたしました。あまりにも早い別れでした。
 芝山同志は、福岡県立小倉高校時代より活動をはじめ、一九七二年山口大学に入学。山大全学共闘で活動。特に山口大にて反軍フラクションを形成し、岩国基地反対の闘いの組織化のため県内の各大学を精力的にオルグし続けました。また、狭山闘争への決起をはじめ反差別闘争の最先頭には常に同志の姿がありました。七五年、共産同(戦旗派)に入党。すぐさま沖縄海洋博闘争へと決起し、沖縄でのデモ指揮途中で不当逮捕され半年間の投獄生活を送る。出獄後、九州・山口地方の学生戦線指導に復帰し、各大学拠点化の最先頭で活躍。その優れたオルグ力により学生党員の獲得のみならず戦闘的学生運動の復権にむけたあらゆる闘いを領導し、今日の九州・山口における拠点大学の基礎を築きあげてきました。
 三里塚闘争へは七六年から本格的に取り組みを開始し、三里塚二期決戦過程を九州・山口の多くの闘う同志、仲間とともに闘い続けました。八八年に九州・山口地方委員会の責任者となり、北部九州、山口地方におけるあらゆる戦線の確立や闘いの牽引のために奮闘を続けました。八八年、築城基地反対のゲート前座り込みに当初より参加し、入院直前まで二十五年間座り込み闘争に参加し続けました。また、教科書問題や反改憲闘争、地域における労働組合の結成や部落差別や障害者差別、女性差別との闘いなどあらゆる反差別闘争を意識的に推進し、被爆者解放のため8・6広島闘争などへの連続した取り組みを被爆二世の会の同志たちとともに闘い続けました。また、大学時代からの問題意識もあり、岩国闘争を反基地・反安保闘争の全国的闘いへ押し上げるべく奮闘してきました。特に、住民投票を契機として九州・山口のAWCの仲間とともに頻繁に岩国を訪れ、今日に至る岩国連帯闘争のさきがけを築いてきました。さらに、岩国と韓国、沖縄や全国の反基地闘争とを結びつけアジア規模の反米軍、反自衛隊、反基地闘争の連携のための努力を続けてきたのです。岩国連帯闘争をはじめ反戦・反基地闘争の今後を考えるとき、同志の死がいかに大きなものであり、今後の闘いにとってどれほどの損失であるのか、想像することすらできません。
 同志は、労働運動や市民運動を問わずともに闘ったすべての人々が認める理論家であり、実践家でありました。膨大な知識と新たな闘いの理論を構築していくための読書、研究にかける情熱とその精緻さは、ずば抜けており、書斎にこもることなく常に闘い続ける仲間の中にあって討議・検証しその内容の深化と豊富化を追い続けてきました。そうした姿は、多くの闘う人々からの信頼と共感を得、まさに革命家、理論家、実践家のあるべき姿を体現していたといえるでしょう。特に、共産主義論の豊富化、資本主義・帝国主義批判の研究は、亡くなる直前まで続けらました。また、党機関紙において日帝の教育再編問題や米軍再編問題、改憲をめぐる批判論文のうしゅなどを多数執筆し、闘いをリードし続けました。
 同志は、闘病生活中一刻も早い戦線への復帰を強く望み、病室にノートパソコンと無線ランを持ち込み、不屈の精神力でガンの痛みに耐え、脳腫瘍の影響からくる視野狭窄の状態で文字がほとんど読めなくなる最近まで、全国から送られてくるメールのチェックや機関紙などに細かく目を通し、闘争現場への指示も的確におこなっていました。そうした姿を思い出すたびに「本当に革命運動に、闘争現場に復帰したかったんだろう」と同志の悔しくて無念な気持ちを思わずにはいられません。まさに、最後の最後まで革命家でした。
 芝山同志の死は、わが党にとって極めて大きな損失であり、九州・山口地方における労働運動、市民運動、反基地運動、反差別闘争などあらゆる闘いにはかりしれない打撃をもたらしています。しかし、われわれはこの悲しみを乗り越え、芝山同志の遺志を引き継いで闘いを前進させていかなければなりません。
 ここに、全党の同志、全国の友人とともに芝山同志の死を悼み、哀悼の意を表したいと思います。
 芝山同志、四十年間ほんとうにお疲れさまでした。


           二○一三年 六月末日
            共産主義者同盟(統一委員会) 九州・山口地方委員会



 

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