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   10・9三里塚全国集会に総結集しよう

 
市東さんの農地を守り抜こう! 第三滑走路粉砕!「24時間化」阻止!
                               



 三里塚芝山連合空港反対同盟は七月三日、三里塚闘争五十周年集会を開催した。一九六六年の闘争開始以来、反対同盟は軍事空港反対! 農地死守―実力闘争の原則をその闘争の中でつかみとり、現在にいたるまでたたかい抜いてきている。戸村一作さん、市東東市さん、萩原進さんをはじめ多くの反対同盟員がたたかいの中でたおれていった。しかし、たたかいの原則は引き継がれ、反対同盟は現在も、日々の攻防をたたかい抜いている。
 今、市東さんの農地をめぐる攻防は最高裁段階にあり、まさに決戦状況である。国策空港会社に司法権力までが結託して、市東孝雄さんの農地を強奪しようとする攻撃をかけてきているのだ。市東さんに対するこの攻撃は、日本農民総体に対する攻撃である。全人民の決起で阻止すべき階級的課題である。
 反対同盟は九月七日、最高裁に対する署名提出行動に立ち上がった。故萩原進事務局次長が提起した「霞ヶ関に攻め上る」たたかいを、さらに大きく取り組んでいかなくてはならない。
 反対同盟が10・9三里塚全国集会を呼びかけている。三里塚闘争五十年のたたかいの意義、現在の三里塚闘争の課題、任務をはっきりと確認し、今秋期三里塚闘争に決起していこう。

  ●第1章 市東さんの農地強奪阻止

  ▼1章―1節 最高裁に「農地強奪」を決定させてはならない

 市東孝雄さんの農地を成田空港会社が奪おうとしている裁判は、千葉地裁多見谷、東京高裁小林の反動判決を経て、現在最高裁段階にある。
 成田空港会社が奪おうとしている農地は、市東孝雄さんの祖父市太郎さん、東市さん、孝雄さんと百年にわたって耕作してきた土地である。耕作者の権利という「農地法」の原点から言えば、父東市さん、そして孝雄さんの農地となって当然の土地である。東市さんが徴兵され戦後の復員が遅れたがゆえに「残存小作地」の形になってきたのだ。その歴史的経緯を踏まえるならば、単に借地の権利ということを超えて、市東さんにこそ農地を耕作し続ける強い権利がある。
 このことを承知の上で、成田空港公団(当時)は一九八八年に地主から農地を買い取った。耕作者としての市東東市さんの権利を知っているからこそ、この農地買収の事実を秘匿した。しかも、この農地の登記を十五年間も行なわなかった。まさに、悪意をもって事実を隠し続けたのである。この十五年間、市東さんは事実を知らぬまま、旧地主に地代を払い続けたのだ。空港建設強行のための詐欺行為というべきことを、空港公団は続けたのだ。
 空港公団は二〇〇三年に移転登記を行なった。翌二〇〇四年には、「民営化」と称して、成田空港会社に鞍替えした。そして、空港会社は二〇〇六年、小作契約の解約許可申請を行なった。
 農民の権利、耕作者の権利を守るはずの農地法だが、その法を形骸化する改悪がくり返されてきた。農地法は農地転用のための権利移動を厳しく制限しているが、農地法施行規則において例外が作り出されてきた。農地法施行規則第七条一一項の農地転用のための権利移動の制限の例外に「成田空港の敷地」なる規定が挿入されているのだ。空港公団―空港会社は、この例外規定を最大限利用して、市東さんの農地を空港用地に転用する申請という暴挙に出たのである。
 農民の農地を守るはずの成田市農業委員会、千葉県農業会議、そして堂本千葉県知事(当時)が、空港会社のこの暴挙に結託した。結果として二〇〇六年九月、この解約が許可された。
 空港会社は、この「解約許可」に基づいて、市東さんを「被告」として農地の明け渡し請求の訴訟を起こした。
 二〇一三年七月の千葉地裁多見谷判決、二〇一五年六月の東京高裁小林判決は、市東さんに対して農地明け渡しを命じる反動判決を出した。
 そもそもこんなことが許されるのか!
 農地の買収すら耕作者に秘匿してこそこそと行い、登記すらせずに地代を十五年間だまし取り続け、そのあげく、国家権力を後ろ盾にして市・県の行政権力、さらには司法権力まで巻き込んで、一人の農民の農地をよってたかって奪い取ろうというのだ。「農地法」に基づく裁判が、農民が農地を耕作するという最も基本的な権利を破壊する。ブルジョア法に基づいて「合法的に」人民の権利を奪う。いかに法廷で進められていようとも、これこそ国家暴力の発動ではないか。

  ▼1章―2節 空港会社の犯罪を追及し耕作権裁判に勝利しよう

 市東さんの農地をめぐる裁判は、もう一方で「耕作権裁判」として争われている。
 空港会社が、市東さんの農地の一部を「不法耕作」であるとして、農地法裁判とは別に、農地明け渡しを請求する訴訟を起こしている。ただし、この農地は「農地法裁判」の農地と隣接している。
 市東さんが祖父、父の代から耕作している農地を「不法耕作」だと決め付けること自体が全く不当だ。東市さんも孝雄さんも、耕作地に関して旧地主との間で争いになったことはない。空港会社が市東さんの「契約地」だと決め付けている「南台四一―九」は、東市さんも孝雄さんも耕作したことがない土地なのだ。空港会社が地籍と実際の土地を取り違えており、「空港会社の所有地を耕作している」という空港会社側の訴訟理由こそ根拠のないものなのだ。
 この不当きわまりない裁判の過程で明らかになったことは、空港会社が「用地取得」の「根拠」として法廷に提出した証拠の「境界確認書」「同意書」「添付図面」にある署名が、市東東市さんのものではないということだ。筆跡鑑定で、東市さんの署名でないことは明白になっている。
 市東孝雄さんは、筆跡鑑定ということ以上に、農民が毎日耕している自分の農地の位置を間違えることは絶対にないと明言し、自分の耕作地を「不法耕作」とする空港会社の論理そのものを弾劾してきた。
 市東さんと弁護団は、この署名の偽造、文書偽造がなされた過程を法廷において明らかにするため、空港公団が「用地取得」の過程で必ず作製していた文書のすべてを提出することを要求してきた。この文書提出命令に関しては、最高裁まで争って確定している。しかし、空港会社は、この問題が裁判全体を左右する最重要の証拠であるがゆえに、文書がないと主張して提出を拒み続けている。
 市東さんの耕作地の取得過程が明らかになることは、耕作権裁判だけでなく、最高裁段階にある農地法裁判にも当然影響するからだ。この文書を空港会社に絶対に提出させなければならない。空港会社が裁判所の文書提出命令を拒否し続けることこそ、空港公団―空港会社が五十年間続けてきた「空港用地取得」の犯罪性とずさんさを物語るものである。絶対に放置してはならない。

  ▼1章―3節 空港会社の農民蔑視

 空港公団―空港会社が農民を蔑視する意識、態度は、五十年前の三里塚空港建設計画決定から一貫している。
 千葉地裁で係争中の別の裁判、第三誘導路建設の許可取り消しを求めている裁判(第三誘導路裁判)の本年三月十五日の弁論において、成田空港会社側は市東孝雄さんに対して次のように主張した。
 「原告・市東は、自由意志で天神峰の家に戻り、住み続けているのだから、騒音被害を受忍すべきだ」「騒音の発生源である空港敷地に住む市東については、騒音を受けない権利を保護する法律はない。市東に原告適格はない。国・NAAに騒音防止義務はない」。
 怒りなしには読めない文書である。極端な農民蔑視の意思が赤裸々に綴られている文書である。これは、だれかが間違って口走った失言ではない。国=安倍政権と成田空港会社が、一人の農民市東孝雄さんに対して、法廷に提出した正式の書面なのだ。
 百年前から三代にわたって耕作してきた農民の土地に、五十年前突然に空港建設計画をもってきたのではないか! 土地収用法、公共用地特措法を濫用し、農民を叩き出して空港を建設してきたのではないか!
 市東さんはこの裁判書面の暴言に対して、「ふざけたことを言ってるんじゃないと、本当に怒りが湧き上がってくる」と、強く弾劾した。
 市東さんの農地をめぐるたたかいは最高裁での攻防という決戦段階にあり、ここへの全人民の結集をもって国家暴力の発動を阻止できるのかというところにある。市東さんの怒りをわがものとし、今秋期三里塚闘争に立ち上がろう。

  ●第2章 「第3滑走路」策動粉砕! 24時間空港化絶対阻止

  ▼2章―1節 第三滑走路建設阻止


 国土交通省は、現在年間一千万人を超えた訪日外国人を「経済成長」のために最大限利用しようとしている。二〇二〇年東京オリンピック・パラリンピックまでには訪日外国人を年間二千万人にまで引き上げようとしている。そのために、首都圏における国際空港の機能強化、具体的には発着回数の増加に向けた航空政策をとってきている。
 二〇一〇年に羽田空港は再び国際化された。その上で二〇一四年三月には羽田空港国際線発着枠がそれまでの年間六万回から九万回に拡大された。羽田に関しては、現在の四本の滑走路で、国際線の年間発着回数をさらに十五万回まで拡大することが可能だと試算されている。
 二〇一〇年十月に羽田が国際化されて以降、羽田の国際線利用客数は確実に増加しており、羽田が成田を補完ということではなく、成田と羽田は国際線をめぐって競争を繰り広げている。
 二十四時間運用の国際線として発着枠を拡大する羽田空港国際線が旅客数を伸ばしているのに対して、成田の旅客数は横ばいであり、実数では微減している。
 このことに危機感をもったのは、千葉県の地元ブルジョアジーどもであった。
 羽田空港の国際化以降、成田商工会議所など成田空港関連の利権を持つ地元ブルジョアジーを中心に、成田空港の第三滑走路計画が主張されてきた。それが具体的な政策要求組織となったのが、二〇一四年四月に立ち上げられた「成田第3滑走路実現する会(以下、実現する会)」だ。彼らは、成田空港などで、「第三滑走路実現」に向けた署名運動を始めた。政府―国交省の航空政策が、もう一度成田空港優先に向かうようにと反動的運動を始めた。しかし「署名運動」が彼らの本分ではない。当然のことながら、自民党の県議、国会議員にはたらきかけた。

  ▼2章―2節 自民党成田国際空港推進議員連盟

 「自民党成田国際空港推進議員連盟(以下、自民党推進議連)」は昨年七月三十一日、この「地元の要望」を請ける形をとって「第三滑走路の整備をはじめとする成田国際空港の更なる機能強化の具体化に向けた決議」をあげた。
 自民党推進議連の会長は二階俊博であり、議連の幹事長は地元(衆議院千葉十区)の林幹雄(二階派)である。二階派は現安倍政権を全面的に支えており、二階は参院選後に自民党幹事長に就任し、安倍の総裁任期延長を主張している。林は第三次安倍第一次改造内閣で本年八月まで経産相だった。二階、林を軸に、成田空港の利権を確保し、さらに、羽田との競争に政治的に関与していこうとする動きが始まったのである。
 自民党推進議連の昨年七月の決議で、成田空港の「機能強化」に関して具体的に主張しているのは「第三滑走路の整備」と「夜間飛行制限の緩和」である。そのために「国、千葉県、空港周辺市町および成田国際空港株式会社は、全面的に協力」するとしている。
 航空行政の自由化(オープンスカイ)が国際的に実施されている中では、国際線の配分などが政府と官僚どもによって恣意的に決まる訳ではない。各国の各航空会社がその経営の利害から空港を選択してくる。都心からの交通アクセス、二十四時間使用などの条件から、成田より羽田が選択されるのは必然である。
 「実現する会」や自民党推進議連は、成田空港の機能強化を図ることで、羽田と競っていける条件を確保していこうとしている。
 ここでしっかり押さえておかなくてはならないことは、「第三滑走路」建設にマスコミは注目しているが、いかに政治判断がはたらこうが、二〇年オリンピック・パラリンピックまでに滑走路が建設できるわけではないということだ。二〇年に旅客数増大がピークとなるまでの羽田との競争という点から見るならば、地元ブルジョアジーも自民党推進議連も、羽田との格差を解消するために成田空港の二十四時間使用を狙っているのだ。
 絶対に許してはならない。

  ▼2章―3節 「第三滑走路」という利権

 第三滑走路問題において怒りなしに語ることができないことは、かつて三里塚闘争を担ったはずの石毛博道、実川治雄などが「成田第3滑走路実現を目指す有志の会」を立ち上げ、第三滑走路建設のための国、千葉県、周辺市町、成田空港会社の「四者協議会」に積極的に参加していることである。
 羽田国際化による空港会社同士の路線獲得競争の激化、一方で東京オリンピック・パラリンピックという利権の奪い合いが始まった中で、地元ブルジョアジーや自民党国会議員・県議会議員が活発に動きだしたのを見た石毛や実川は、これを「チャンス」と捉えた。石毛博道は芝山町長相川勝重と結び、富里市、山武市、芝山町、多古町、横芝光町の各商工会長と組んで、昨年春に「成田第3滑走路実現を目指す有志の会(以下、「有志の会」)」を立ち上げた。
 「有志の会」は「こうなる『成田第3滑走路』 魅力ある空港と地域づくりのために」なるパンフレットを発行し、大量にばら撒いた。自民党二階派をはじめとする政治家たちや成田空港会社が第三滑走路計画を公言し始めたことを、政府の航空政策の変化として捉えた上で、以下のように主張している。
 「……この変わり目を大切にしたいと思います。自ら声を上げない限り。このチャンスはつかめません。嗅覚です。いまなら国は喉から手が出るほど『第3滑走路』を欲しがっています。そうした機会を逃さず、第3滑走路の建設を住民の力を合わせて実現させましょう」。
 「有志の会」は、現在のB'滑走路を再度北側に延伸した上で、そのほぼ直線上の南方向に第三滑走路を建設し、この二本の滑走路を離陸と着陸で使い分ければ、年間発着回数を現在のほぼ倍の五十万回まで増やすことができると主張している。
 しかし、上にも述べたように、航空自由化の中で羽田の国際線は増えており、外国航空会社の中には成田から羽田に路線を変更するケースもある。成田国際線枠の需要が増えているというのではない。成田空港会社は昨年四月に格安航空会社(LCC)専用の第三ターミナルの運用を開始した。航空需要を掘り起こすためにLCCを成田に呼び込んでいる。
 本当に航空需要が増大したから、発着回数を増やさなくてはならないというのではない。空港会社としての経営と競争のために、わざわざ「需要を掘り起こし」、LCC専用ターミナルまで建設して航空会社をむりやり呼び込んでいるのだ。
 「有志の会」パンフレットは「『首都圏で年間九十万回』という発着回数の需要にこたえるためには、第3滑走路は必ずつくらなければなりません」と主張する。しかし、これは、決して航空需要拡大が民意としてあるということではない。航空運輸業や空港会社の経営上の論理であって、千葉県知事森田と同様に、石毛、相川がブルジョアジーの立場で航空需要と空港建設を捉えているということだ。

  ▼2章―4節 「24時間化」を絶対に許すな!

 「有志の会」パンフレットには、より重要な問題がある。現状のままで年間発着回数をいかに増やせるのかという試算をしていることだ。
 「現状2本の滑走路のままでも、運用を改善すれば、年間発着回数を三十四万回にできます」とした上で、「離発着時に航空機同士の間隔を詰めるなど、さまざまな対策を採れば、最終的には年間発着回数を四十一万回まで伸ばせると計算しています」というのだ。石毛らは、「五十万回」の目標に達しないことを説明するためにこの試算を出しているのだが、しかし、ここで論じている「運用の改善」「さまざまな対策」の意味をはっきりと問うておかなくてはならない。
 上記の自民党推進議連の「決議」において、第三滑走路ということとともに「機能強化」として挙げられていることは「夜間飛行制限の緩和」である。石毛たちは、このような「機能強化」を掲げる連中と同席して四者協議を行なっているのだ。現状のままで発着回数を増やそうとする空港会社は当然にも「夜間飛行制限の緩和」=成田空港の二十四時間化をなそうとしている。このことを承知の上で、「運用改善」や「対策」に理解を示して、第三滑走路の協議の席に着いたのだ。まさに、二十四時間化攻撃に手を差し伸べるようなものである。
 B'滑走路が暫定滑走路として運用され、そのための誘導路を航空機が走り回り、民家の上空四十メートルを飛行するという殺人的離着陸が毎日強行されるようになって、航空機の騒音と排気ガスは、まさに「用地内」農民の生活を直撃し、営農を破壊するものとなってきた。
 この現状で夜間飛行制限をなくすようなことになれば、農民の睡眠時間を破壊し、まさに農民叩きだし攻撃となるものである。絶対に阻止しなければならない。
 空港反対運動を離れていようとも、「用地内」農民が航空機の騒音の中でたたかい、かつ営農している現実を知っている人間であればこそ、このような「機能強化」の論議に参加していくことは本当に許しがたいことである。
 空港会社の利害、航空運輸業の利害、空港利権に群がる輩の利害で、成田空港の二十四時間化を強行しようとする攻撃を絶対に許してはならない。断固粉砕しよう!

  ●第3章 三里塚から安倍独裁を打ち破れ! 10・9三里塚現地へ

  ▼3章―1節 三里塚闘争50年の地平に立ち、農地死守―実力闘争を


 反対同盟は七月三日、三里塚闘争五十周年集会を開催した。
 五十年前、一九六六年七月四日、佐藤内閣が三里塚空港建設を閣議決定した。
 閣議決定に先立って六月二十二日に佐藤と千葉県知事友納の会談が行われ、空港建設が内定し新聞報道されると、三里塚そして芝山の農民が反対運動に立ち上がった。七月十日には「新空港閣議決定粉砕総決起大会」が開催され、その場で三里塚芝山連合空港反対同盟が正式に発足した。
 7・3東京集会は、この五十年におよぶ空港反対運動を振り返り、これを引き継ぎ、市東さんの農地を守る攻防を基軸とした闘争方針を全体で確認するものとなった。
 午前十時に開場され、映画「三里塚の夏」、そしてDVD「三里塚闘争不屈の50年」が上映された。結成直後の反対同盟が強制測量阻止闘争に立ち上がり、その闘争過程で青年行動隊を先頭に農民が武装をかちとっていく。実力闘争の原点が再確認された。そして、市東さん、萩原さんをはじめとする現在の反対同盟の不屈のたたかいが、この五十年の歴史を引き継ぐものとして会場全体に確認された。
 集会では新崎盛吾さん、天笠啓祐さんの発言で、現代日本の階級闘争における三里塚闘争の位置が再確認された。反戦運動、労働運動、公害・環境破壊に対するたたかいなど現代日本社会のさまざまな矛盾に対する人民の取り組みの中に、農民自身が国策に立ち向かって五十年たたかい続けてきたことの意義を、反対同盟と支援者全体が再確認していくものとなった。
 帝国主義足下の現代日本において、農民が立ち上がり、学生が、労働者が、市民運動を担う人々がそこに結集して五十年、空港を完成させずにきた三里塚闘争の意義は絶大である。日本における労働運動、農民運動、反差別解放闘争、反基地闘争、反戦闘争の大きな希望であった。日本の左翼は、三里塚闘争の中で苦闘し、反帝闘争―革命運動の実際の活動を創り出してきた。

  ▼3章―2節 反対同盟の徹底非妥協の闘い

 このように三里塚闘争の歴史を捉えていくときに、反対同盟の厳しい選択の意義も改めて浮かび上がってくる。
 反対同盟は空港公団、千葉県、機動隊とのたたかいの中で、軍事空港反対、農地死守―実力闘争の確信をつかみとってきた。八三年3・8分裂においても、反対同盟は徹底非妥協の道を選択し、現在までたたかい続けてきた。そのことの正しさは、五十年を迎えた今、改めて確認されている。
 五十年前、三里塚芝山連合空港反対同盟結成をもって開始されたたたかいは、反対同盟農民自身のたたかいでありつつ、周辺地域にも大きな影響を与えた。反対同盟には結集しなくとも、周囲の市町村において空港反対運動に共感をもった人々は多くいた。三里塚闘争は、成田市、芝山町のみならず印旛、香取地域に大きな影響を及ぼした。反対同盟結成の前には、空港建設の富里案に対して富里農民たちが決起して千葉県庁におしかけて、これを阻止している。地域住民の多くが、空港建設中止を願ってきた。開港後においては騒音や落下物の被害が続く中で、空港の規模が拡大することなど決して望んだりすることはなかった。
 今、第三滑走路というとんでもない計画が策動され、二十四時間化が主張されるという状況の中で、反対同盟は市東さんの農地を守るたたかいをもって、周辺地域での一斉行動を粘り強く続けてきている。空港公団―空港会社の暴虐を本当に阻止し得るのはだれなのかということが問われている。
 前に見た石毛ら「有志の会」の考え方は正反対である。暫定滑走路以降、空港建設工事が進まなかったことを否定的に捉えている。彼らは、「第3滑走路」計画が動き始めたことを「チャンス」と見るのである。
 石毛、実川の三里塚闘争の総括は「成田空港の教訓がこれからの空港整備の原点です。情報を公開し、議論し、理解しあい、妥協点を探し、納得づくで物事を解決していく。成田問題という負の教訓を第三滑走路建設にあたっても生かしていかなくてはなりません」というものである。
 空港建設に住民が参加できなかったことが反対理由だったのか! 成田空港建設に「妥協点」を見つけることなどできるのか! 三里塚闘争を「負の教訓」と捉えることこそ、三里塚闘争五十年の大きな分岐の結果なのである。
 このような腐敗しきった利権集団を生み出したものこそ、3・8分裂以降の政府―空港会社との話し合い路線であり、シンポジウム、円卓会議として進められた妥協への道であった。「空港との共生」なる路線は、まさに政府―空港会社を軸とした空港利権をめぐる空港建設翼賛運動―利権要求運動へと本当に脱落していく道であった。
 市東さんの農地を守る決戦、第三滑走路阻止―二十四時間化阻止という今直面する攻防の中で、3・8分裂の意義はあらためて鮮明になったと言い得るだろう。

  ▼3章―3節 今秋期攻防に立ち上がろう

 最高裁段階にある市東さんの農地法裁判をめぐって、三里塚闘争は決戦過程にある。
 反対同盟は九月七日、最高裁に対する署名提出行動に立ち上がった。農地法を根拠として市東さんの農地を空港会社が奪うことを、最高裁が認める判決を絶対に出させてはならない。司法権力総体が成田空港会社に与して、違法な農地強奪を「合法」と言いくるめるのであれば、これはもう国家権力がブルジョア法をすら乗り越えてむき出しの暴力攻撃に出てくるということである。
 市東さんの、日本農民の、労働者階級人民の立場に立って、この攻撃を必ず打ち破っていかなくてはならない。三里塚闘争五十年の帰すうをかけたたたかいとなるだろう。
 だれが本当に正しいのか、何が本当に正しいのかは、安倍政権とたたかう人民こそが判断することになるだろう。
 7・3五十周年集会は、沖縄、福島と結んでたたかうことを強く打ち出した。
 安倍政権は辺野古、高江の新基地建設で暴力を行使している。沖縄人民の新基地建設反対の意思は、地方選挙でも国政選挙でもはっきりと示されている。参院選直後に安倍政権は高江ヘリパッド建設の暴力工事に踏み込んできた。沖縄人民を先頭に全国から高江に結集する運動が巻き起こっている。辺野古、高江でたたかう人々は、国策空港と対決してきた反対同盟、農地死守を貫く市東孝雄さんのたたかいと真に共闘してきている。
 安倍政権は、福島第一原発事故を収束できぬまま、原発事故避難者に対する補償を実現せぬまま、川内、伊方の原発再稼働に踏み込んでいる。現在の日本資本主義の大量消費の下でも電力需要は逼迫してはいない。原発が必要でないことは、この五年間で明白になっている。政府―経産省と電力会社は「ベースロード電源」などというペテンをもって原発再稼働に踏み込み、四十年を超えた老朽原発まで稼働させ、危険極まりないMOX燃料の使用も強行している。
 東京電力と政府は、福島第一原発事故の安全な収束と廃炉にこそ必要な技術開発をなさなければならない。そして、なによりも、原発事故避難者への生活補償、被害への賠償が十全になされなければならない。福島の人々に対する安倍政権の棄民化政策を絶対に許してはならない。電力会社と政府に対する福島の人々の怒りが、三里塚農民と結びついてきたのは当然のことである。
 昨年戦争法成立を強行した安倍政権は、伊勢志摩サミットで自らに都合のいいデータだけを並べ立てて「経済危機」を演出し、消費税増税を先送りして参院選での自民党・公明党の勝利を引き寄せた。参院選後の安倍政権は、高江の暴力工事、経産省前テントひろばの破壊・撤去を強行した。今秋、南スーダンPKO派兵を、内戦化の「戦闘地域」への派兵として位置付け直し、参戦国家へと脱皮していこうとしている。「テロ準備罪」として共謀罪を位置付け直して法案を提出しようとしている。そして、緊急事態条項から改憲へと踏み込むことを狙っている。
 安倍独裁というべき専制的な攻撃に対して、労働者階級人民の利害に立ってたたかうことが大きく問われている。五十年徹底非妥協を貫いてきた三里塚闘争こそ、日本労働者階級人民のたたかいの軸心となる地平を有している。
 市東さんの農地強奪阻止に立ち上がり、三里塚から安倍政権打倒の大きな展望をつかみとっていこうではないか。10・9三里塚現地に全国から結集しよう。



 

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