共産主義者同盟(統一委員会)






■政治主張

■各地の闘争

■海外情報

■声明・論評

■主要論文

■綱領・規約

■ENGLISH

■リンク

 

□ホームへ

  

  ■【書評】
 獄中記を読んで日本の戦争責任を再認する
 李哲『長東日誌―在日韓国人政治犯・李哲の獄中記』
               
東方出版 二〇二一年


●1 はじめに
 著者の李哲(イチョル)氏は在日韓国人であり、母国・韓国留学中の一九七五年、突然KCIA(韓国中央情報部)により連行され、一九八八年に出所するまで一三年間にもわたり拘束されていた。当時、朴正熙(パクチョンヒ)軍事独裁政権時代には在日韓国人「政治犯」が「北のスパイ」として多数生み出されたが、100%と言っていいほどのでっち上げ事件だった。当時のKCIAの拷問はすさまじいものであったと聞いていたが、著者の証言でよく分った。また一審では死刑判決だったが、韓国の矯導所(刑務所)では、死刑囚は二四時間寝ているときも手錠をかけられたままであることにはショックを受けた。それに耐え抜き帰還した著者に、われわれは大いに関心を持たされるだろう。
 それには何よりも日韓関係の歴史的真実、戦後の朝鮮半島をめぐる激動、なにより日帝による朝鮮植民地支配時代の歴史が彼の投獄に深く関与していることを知らなくてはならない。
 この著作は李哲さんの獄中記で子供達に真実を伝えるためにとの意義で書かれているが、まさに現代の韓国の暗部の韓国史であると同時に、いまも日本人に突きつけられている戦争責任、戦後責任を深く考えさせる内容でもある。朝鮮半島の統一と平和を願う人々には是非とも読んでいただきたい。
 この本のタイトルである『長東日誌』の「長東」とは聞き慣れない名称と思われるだろうが、これは矯導所で書画班に入る際に使っていた雅号である。日本語読みではチョウトウだが韓国語ではチャンドンという。由来は「自分は東の細長い国日本」から来た人なのでそう付けたと言っているが、実はその前に韓国人でなければ分らないジョークもはらんでいることが示されている。読んでいて感じることだが、李哲さんは頑強な人ではあるが、非常にユーモアにあふれた感情豊かな人であることが強く感じられるのである。「長東」の裏の意味は著書を読んで探してみて下さい。

●2 李哲さんの闘い
 この著作は全編が獄中での闘いと言えるのだがそこに李哲氏の思想性が見えてくる。李哲氏は一九七五年「在日同胞留学生スパイ団事件」の一員として在日同胞一三名を含む二一名が逮捕されたのだが、これは完全にKCIAによるデッチ上げ事件であった。李哲氏がスパイ活動を行ったとされる時期、実は日本にいたというアリバイを証明する証拠が見つかるのであるが、一審・死刑、二審・死刑、三審・上告棄却で死刑が確定するのである。その後、西大門(ソデムン)拘置所から大田(テジョン)、大邱(テグ)、光州(クワンジュ)また大邱矯導所を転々とさせられる。しかし、読めば分るように、彼の根っからの正義感と不正を許さない精神が獄中でも遺憾なく発揮され(!?)、反動的な看守とぶつかり対立するのである。そのために移動させられたと思えるが、獄中闘争をやり続ける彼の噂は広がり、どこへ行っても皆に歓迎され、さらに多くの良心囚、政治犯と知り合い支持の輪が広がっていくのである。自己犠牲を恐れず闘い続ける彼の姿勢は多くの勇気をもたらしたのである。その中でも圧巻なのは大邱での「処遇改善闘争」であろう。すさまじい集団暴行、拷問にも耐え、当時の矯導所では考えられない処遇改善を勝ち取ったのである。彼はそのリーダーだとして他の名だたる政治犯達から賞賛と支持を得たのである。
 そうした中で忘れてはならないのは婚約者の閔香淑(ミンヒャンスク)さんと、彼女のオモニ趙萬朝(チョマンジョ)さんである。閔香淑さんは六年の実刑判決を受け一九七九年に出所するのだが、その後もオモニと協力して李哲さんの救援運動を担うのである。閔香淑さんも李哲さんに劣らずの拷問をうけ苦しんだのだが、彼の闘いを断固支持してきたのである。二人の献身的な闘いが外の闘いと結びつけたと言っても過言ではないだろう。その後、趙萬朝オモニは「民主化実践家族運動協議会」の共同議長にもなり、全政治犯救援運動と民主化運動におおいに貢献した。
 日本で李哲さんの安否を心配する同胞、友人をはじめとする日本人達が全国に救援会を作り、日本政府に、韓国政府に、死刑執行阻止の嘆願を出し続けたのである。大法院で棄却され死刑が確定したが、救援運動の力もあって恩赦も有り、一九八八年に大邱矯導所から出所した。こうした闘いが日本における日韓民衆連帯運動の発展の礎(いしずえ)になっており、国際主義の実践的連帯行動の始まりでもあることを確認できるのである。
 獄中体験記としても良く記録されているのだが、著者のヒューマニズムにあふれた観察眼、人間観は深く当時の社会、時代を見させてくれるもので興味が尽きなかった。なぜなら日本では軍事政権下にある韓国で民衆がどのように現体制を見ているのかが上からの目線が多く政権批判は容易にできても、民衆の思いが見えて無かったからである。そういう意味ではこの著作は戦後の韓国民衆史でもあると言えるのではないか。

●3 在日韓国人「政治犯」がなぜ生まれたのか
 なぜ在日韓国人が「北のスパイ」として狙われたのか? そこには日韓の負の歴史が、いや日帝の植民地支配時代の暗部を戦後もひきずっていることが見えてくるのである。日帝の敗戦から朝鮮戦争そして南北分断と、朝鮮半島では韓国・朝鮮民主主義人民共和国との分断・対立が固定化されてしまった。なによりも母国に帰還もかなわず取り残されてしまった韓国人・朝鮮人が膨大に存在していたのである。南部では国連軍と称する米国が反共の砦として韓国を支配していた。南北統一・解放運動の高揚を恐れた韓国政府は軍人の朴正煕がクデターを起こし軍事独裁政権をしき、韓国内の反独裁・民主化運動を徹底的に弾圧した。特に伝統ある学生運動が狙われていた。
 国内政治統治として盛んに言われたのが「共産主義・北の脅威」であった。韓国内での民衆弾圧と同時に共和国との接点もあり北も南も同じ祖国だと言える在日韓国・朝鮮人が利用されたのである。韓国では「北のスパイ」とレッテルを貼られるだけで非常に警戒され一線を画される様子が書かれている。皮肉なことに最初逮捕され死刑判決後投獄されたのが西大門拘置所なのだが、その地こそ植民地時代日帝が建てた悪名名高い刑務所だったのである。日帝時代で培われた拷問で李哲さんも責められたのである。今では植民地時代の遺物として残され見学者も多いようだが、まさに日帝時代が続いているかの情景でもある。そんな中で彼は、韓国人として在日としての背負ってきた歴史に覚醒しつつ、この不条理きわまりない状況中で目覚め、大きく転回していくのである。この時期に大なり小なりデッチ上げられて行った在日韓国人が二〇〇人近くいたことを忘れてはならない。

●4 救援運動と日韓民衆連帯
 朴正熙独裁政権化では民主化運動が高まったが弾圧もはげしく、日本の治安維持法にならって作られたという「国家保安法」や「反共法」などにより反体制派は「北の支持者」として徹底的に弾圧され投獄された。北との直接的交流もある在日は特に狙われた。一九七一年の「徐勝(ソスン)・徐俊植(ソジュンシュク)兄弟の逮捕を契機に日本全国で様々な救援会が作られて行った。一九七六年には全国の救援会をまとめた「在日韓国人『政治犯』を支援する全国会議」が結成され、世論が一気に高まっていった。われわれの仲間も熊本や東京の「李哲救援会」を支援し運動の一端を担ってきた。単に人権・人道上の問題としてではなく、朝鮮の南北分断など突き詰めていけば日帝の朝鮮植民地化とその後の徹底反省、戦後補償の徹底化がなされなかった事が、こうした「政治犯」を生み出していることが日本人の主体的責任として問われていたのである。
 こうした在日「政治犯」達の闘う姿勢が韓国の民衆の共感を呼び、韓国・在日・日本が連帯して闘う意義が醸成されていったとも言える。まさに日韓民衆連帯の先駆けとも言える運動がここにはあった。また、こうした人々も参加して日本軍性奴隷制度問題や強制連行問題がクローズアップされることにもなったと言える。まさにようやく日本の戦争責任が全人民的課題として取り上げられるようになっていったと言っても過言ではないだろう。日本政府は一九六五年の「日韓条約」の締結と、たった六五億円の賠償金で全て戦後処理は終わったとして韓国への経済進出を開始してきた。ここに今でも続く日本軍性奴隷制度問題や徴用工問題に対して、日本政府と日帝資本が真摯な解決に向き合えない根本問題がある。

●5 朝鮮半島の統一と平和を!
 李哲氏の『長東日誌』は、在日韓国人としての李哲氏の生き様を通して日韓の戦後史を考える絶好の著作である。特に私たちは、今現在ある日韓の大きな溝は、一貫して戦争と朝鮮植民地支配の責任を取らないできた日本の責任であることを自覚しなければならない。戦後七〇年を経ても問題の本質が解決されない。それどころか日本では韓国・朝鮮人に対するヘイトが蔓延し、ネット右翼が襲撃してくる始末である。日本政府は共和国への敵対政策を徹底化し、「戦争のできる国家」へと突き進んでいる。日本資本主義の帝国主義的再興が改めて進められているのだ。このことが、韓国はじめアジアの人々に疑念を抱かせ、強い警戒心を生んでいるのだ。
 李哲さんの話は五〇年も前の事だったとしても、現在もある日韓の事、在日の事であり、朝鮮半島の現状は今も変わりなく問題が残されている。この東アジアの現実が、われわれに突きつけられていることが分るであろう。この著作は日韓連帯運動の意義を引き継ぐものとして、われわれに多くの教訓を示唆している。
 こうした問題意識を再考させてくれた李哲さんに感謝するとともに、今も在日政治犯の再審無罪を勝ち取るために(実際これまでに殆どの在日政治犯の無罪を実現している)奮闘していることに敬意を表します。われわれはこうした在日韓国・朝鮮人の苦悩、苦闘に応えるためにも朝鮮半島の統一と平和の実現に努力を重ねていかなければならない。
                             (南口 要一)


            






 


Copyright (C) 2006, Japan Communist League, All Rights Reserved.