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 ■『戦旗』第1637号(6月5日)4―5面

尹錫悦大統領就任一年

朝鮮、中国、ロシアと人民に宣戦布告

米帝従属、専制政治、民生破綻の検察国家(上)

高橋功作

 

 ●はじめに

 昨二〇二二年三月九日に行われた大統領選挙で、保守政党(=ブルジョア右派)「国民の力」候補の尹錫悦(ユン・ソギョル)が48・56%の得票率で、「進歩政党」(実際は中道政党=ブルジョア左派)「共に民主党」候補の李在明(イ・ジェミョン)に〇・73%ポイントの差をつけて当選し、二か月後の五月一〇日に就任した。四三カ年の5・18(オーイルパル、光州民衆抗争)を前に、あれから一年経ったが、現政権の内政外交を特徴づける日にちが二つある。昨年一一月一三日と今年三月二九日だ。
 前者はカンボジアで開かれたASEAN関連首脳会議に際して日米韓首脳会議が行われ、「インド太平洋における三カ国パートナーシップに関するプノンペン声明」が発表された日だ。同声明で日米韓の「首脳は、複数のICBM発射を含む、北朝鮮による本年かつてない数の弾道ミサイル発射並びに朝鮮半島及びそれを超える地域の平和及び安全に対する重大な脅威を及ぼす相次ぐ通常の軍事的活動を強く非難」した上で、「ロシアによるウクライナに対するいわれのない残虐な侵略戦争に対し、ウクライナを支持するとのコミットメントを確認する」とともに、「不法な海洋権益に関する主張、埋立地の軍事化及び威圧的な活動を通じたものを含め、インド太平洋の海域におけるいかなる一方的な現状変更の試みに強く反対」し、「台湾海峡の平和及び安定の維持の重要性を改めて表明」(以上、外務省の仮訳)した。韓国の軍事外交戦略はこの会議と声明で大きく転換した。一つは、昨年六月に行われたNATO首脳会議とそこで決議された「戦略概念二〇二二」も含めてではあるが、韓国軍がウクライナ戦争に直接関与する道が開かれたことだ。二つは、日米のインド太平洋戦略に韓国が合流し、同地域における日米韓三か国の軍事的協力を強めて準同盟さらには同盟へ格上げしていく端緒を開いたことだ。三つに、同戦略を自らのものとした韓国軍が「台湾有事」に直接関与する堰が切られたことだ。この後、韓国「独自」のインド太平洋戦略の発表、年が明けて大統領室を含めた韓国政府機関に対する米政府の盗聴の発覚、それにより暴露された、禁じられているはずの戦争当事国ウクライナへの殺傷兵器(砲弾)輸送、日韓首脳会談、米韓首脳会談、二度目の日韓首脳会談、広島サミット出席と二度目の日米韓首脳会談と続いた。米韓および日米韓の合同軍事演習がこの一年切れ目なく繰り広げられたのは言うまでもない。
 後者は、趙顕千(チョ・ヒョンチョン)国軍機務司令部(現国軍傍聴司令部。韓国軍の情報機関)前司令官が帰国した日だ。検察は空港到着直後に逮捕し、二〇一六年、自由総連盟会長選挙と関連して部下たちに報告書を作成するように指示した容疑(職権乱用権利行使妨害)、同年に機務司令部要員を動員して朴前大統領を支持する集会を開き、コラム・広告を掲載した容疑(政治関与)、および、機務司令部予算関連業務上横領の容疑で翌月に拘束起訴した。だが同時に、容疑からは外れたが「国軍機務司令部戒厳令文献」の作成を指示したことが内乱陰謀に該当するのかも調査中だ。
 六年前の朴槿恵(パク・クネ)元大統領の弾劾を前に作られた同文献は、憲法裁判所で弾劾が否定されることを前提に、その直後に戒厳令を敷いて国軍が戒厳軍として出動し、政府・国会・裁判所とソウル市内の要所などに配置され、民主党系国会議員を検挙し、マスコミを検閲し、反対運動を源泉封鎖する、という趣旨だ。弾劾決議が可決されて朴槿恵が罷免されたため不発に終わったが、文在寅(ムン・ジェイン)政権発足後にその存在が明らかになり、社会的に巨大な衝撃を与えた。その首謀者が、前政権時に外国に逃げて国際指名手配されたが五年間も捕まらず、現政権発足後に逮捕・起訴を承知で帰還した。彼と現政府との間で交渉があり、その身の処し方について約束が結ばれたものと思われるが、筆者の予想では、同文献問題は棚上げされたままで大統領任期の残り四年間の内に数年の公判が終わって判決が下り、一定期間収監されたのちに八月一五日光復節の恩赦で釈放、その後、政権にとっての最悪の事態である「その日」に備えて政府機関の要職に配置されるだろう。また、新たな作戦計画作りは同文献を受け継いですでに始まっているものと思う。この最強の切り札があれば、例え総選挙で与党が負けて議会での政治基盤が弱くなろうが、退陣運動が七年前を上回って盛り上がろうが、支持率がどれだけ下がろうが、現大統領は痛くも痒くもないだろう。
 要するに、尹錫悦政権は発足後の一年間で、軍事外交分野では韓国軍の作戦対象を朝鮮民主主義人民共和国(以下「朝鮮」という。筆者はこれまで同国の略称を「共和国」としてきたが、「この語は主に国内向けに使われている。国際関係の文脈では「朝鮮」がより良い」との指摘を日韓労働者民衆連帯運動の現場で受けたので、これに従い、今後は筆者の書いた文章についてそうする)に中国とロシアを加えた。また、国内では、まつろわぬ「国民」全員を潜在的敵と位置付けたことになる。
 筆者は、尹錫悦政権を朝鮮・中国・ロシアと韓国労働者民衆を敵視して宣戦布告したブルジョア政治委員会ととらえ、検事が権力中枢に多数配置された検察国家の下で、米帝への従属性が深まり、政治が「普遍的価値」とは裏腹に専制と化し、経済は下降して民生が破綻しているのが韓国の現状と認識する。本稿では、①上記の「戒厳令文献」をより詳しく見て、②米帝のインド太平洋戦略とその柱である対中国政策を吟味し、③就任後一年間についての政府およびマスコミの評価を確認し、④現政権の軍事外交戦略の要点を押さえ、⑤政治・経済・社会の各分野における尹錫悦政府の特徴を掴むことにする。

●1章 さまよい続ける戒厳令という名の亡霊

 まず、戒厳令文献のより詳しい内容を見る。ウェブサイトのナムウィキ「二〇一七年戒厳令文献事件」のうち「戒厳令文献全文の主要内容」を参考にした。
 陸軍参謀総長を戒厳司令官に推薦する。第一・第二・第三軍司令官を各々第一・第二・第三地区戒厳司令官に割り当てる。国家情報院(KCIAの後身)は大統領直属の機構であることを根拠に戒厳司令部に協力しないものと予測した上で、同院が大統領直属機構という法律的根拠である国情院法より非常戒厳の法律的根拠である憲法が上位法であることを強調し、大統領を通じて国情院長に指示を出して戒厳司令部に協力させ、第二次長を戒厳司令部に派遣させる。
 国会議員(作成当時定数二九九、現在三〇〇)を保守一三〇、進歩一六〇程度に区分。党政協議により早急な戒厳解除などを約束することで与党(保守派)議員が国会戒厳解除の票決に合流するのを阻止。国会先進化法により一二〇議席以上を確保すれば票決の手続きを踏めないからだ。国会議長が職権上程で戒厳令解除を案件に上げることを止める。
 検閲団を置いて全マスコミを事前検閲する。ソウル市役所裏の韓国言論会館と各自治体公報室に検閲所を置いてマスコミ各社の原稿と映像を検閲する。報道検閲に違反した場合、一回目警告、二回目記者室進入禁止、現場取材禁止、報道証回収、三回目刑事処罰。外信は二回目で強制出国にする。検閲措置に違反し続けたり反発したりすれば放送停止六カ月あるいは登録取り消しとし、新聞は市長・道知事が発行停止命令を下す。最後まで抵抗するマスコミは裁判所に取り消し審判を請求してすべて廃刊・廃局にする。必要であれば全放送局を閉局して放送をKBS1に統一する。ネットのポータルサイトやSNSもクーデターに反発すればデマ流布や集会煽動罪で接続禁止にする。
 戒厳宣言前に国防大臣と外務大臣が米中の各大使に会って戒厳宣言の不可避性を説得。駐韓外交武官団にも懐柔活動を行い、特に戒厳宣言と同時に戒厳司令官が駐韓米国大使に会って米国がクーデターを認めるよう要請する。
 クーデターに対する武装抵抗を防止するため、民間銃砲士や実弾射撃場も全て閉鎖し、銃器・爆発物を密搬入は厳重処罰する――。
 次に、「戒厳令文献」ののちに暴露された「現時局関連対策計画」だ。これには、既存文書に出てくる「国会の戒厳令解除の試み時の野党議員検挙計画」に追加し、「反政府政治活動禁止布告令」「固定(=定住)スパイ等反国家行為者探索指示」などを発令し、野党議員を集中検挙して司法処理する。
 戒厳軍の配置場所は①権力機関の大統領府、政府庁舎、国防部、国会、裁判所、検察、②ソウル市主要地域の光化門(グァンファムン)、龍山(ヨンサン)、新村(シンチョン)、大学路(テハンノ)、③他にソウル大学、料金所(ソウル・西ソウル・東ソウル)、ウル市内を東西に流れる漢江橋十カ所など。光化門一帯は第二六師団、第五機甲旅団、第三空輸旅団、ソウル大学一帯は第三〇師団一個中隊、汝矣島(ヨイド)の国会は第三〇師団二個大隊、漢江(ハンガン)橋十カ所が第三〇師団一個大隊、料金所は料金所別に一個小隊ずつ第三〇師団一個中隊、新村一帯と大学路は第二六師団の一個大隊兵力、龍山駅に第二〇師団一個中隊が配置される――。
 朴正煕(パク・チョンヒ)、全斗煥(チョン・ドファン)と盧泰愚(ノ・テウ)が実行し、朴槿恵の時は未遂に終わった戒厳令という亡霊が今も徘徊しているのだ。


●2章 米帝のインド太平洋戦略

 日帝―岸田政権が閣議決定した安保三文書(昨年一二月一六日)と韓国政府が発表した「自由・平和・繁栄のインド―太平洋戦略」(同一二月二八日)の前提となった米帝の①二〇二二年国家安全保障戦略(同一〇月)、②二〇二二年国家防衛戦略(同)、加えて、③バイデン政権の軍事外交分野の司令塔である国家安全保障補佐官サリバンが民主党系のブルッキングス研究所で行った講演(本年四月二八日)を吟味することを通じて、インド太平洋戦略を見ていく。この戦略は安倍晋三が提唱してトランプが世界覇権戦略に採用し、バイデンが丸ごと受け継いだ対中国政策である。ちなみに、上記三つは、昨年の上院・下院選挙(①②)と来年の大統領選挙(①②③)に与党民主党が勝利するための米国民への訴えという側面があるので、「民主主義」「人権」「法治」「繁栄」「気候変動」という用語が同戦略と関連したものとして繰り返し登場する。中国とトランプを串刺しで批判するためだ。

国家安全保障戦略

 冒頭、米国が世界の指導者であり続けていることを確認する自画自賛のナルシシズム溢れる文章が続く。歴史的に犯してきた人民虐殺の戦争犯罪に対する反省が全く欠けている。「民主主義対権威主義」第三段落の冒頭はこうだ。「米国人は国際的な人権を支援し、自由と尊厳を希求する国外の人々と連帯するとともに、国内での法の下でも公平と平等な対応とを確かなものにするための重要な活動を続ける」(八頁)。
 「米国と全世界の国家が冷戦後の国際秩序から大きな利益を得ていたまさにその時に、中国とロシアは利益を得過ぎていた。中国の経済と地政学的影響は急速に増えた。ロシアはG8とG20に参加して二〇〇〇年代に経済的に回復した。それなのに中ロは、自由で開かれた規範に基づく国際秩序の成功は自国にとって脅威になり、自らの野望を窒息させると結論付けた。中ロは今自分たち固有のやり方で国際秩序を作り変えて、その高度に独自化されて抑圧的な形態の権威主義に資する世界を作り出そうと試みている」(同)。
 米国が己の利益のために利用し尽くした中ロを恩知らずと罵っているわけだ。続いて、半導体を安保問題と位置付けている。
 「民間分野と開かれた市場はこれまでも米国の国力の死活的源泉であり核心の牽引車であったし、今もそうであり続けている。しかし、技術的変化の猛スピード、国際的な供給の混乱、中国その他による非市場経済の乱用、深まる気候の危機に対して市場経済だけでは対処できない。二一世紀の国際経済において戦略的公共投資は力強い産業及び革新の基礎を支える」。
「半導体の供給網が米国の競争と安全保障にとって重要であることをわれわれは確認し、米国で半導体産業が再活性することを追求している。半導体・科学法は、特に半導体、最先端コンピューティング、次世代コミュニケーション、クリーンエネルギー技術、生物工学のような重要分野における研究と開発を民間企業が行うように二兆八〇〇〇億ドルを投資することを認可している」(一四~一五頁)。
 次は戦略的公共(=国家)投資だ。別の個所では中国政府による民間部門への補助金拠出を「非市場経済」=市場経済の否定と断罪しながら、負けそうになると自分も手を出して、しかし反省なしだ。
 経済安保分野での中国との競争の論理は軍事のそれと同じだ。
 「中国は(米国にとって)ただ一つの競争者だが、国際秩序を作り変えようとし、それをなすための経済的・外交的・軍事的・技術的力が日に日に増している」(二三頁)。
 「われわれの対中国戦略は三つだ。①国内で米国の力の基礎――競争力、革新、強靭性、民主主義--に投資すること、②米国の努力を同盟国・友好国のネットワークと結合させ、同じ目的と理由をもって行動すること、③米国の利益を守り、未来の展望を打ち立てるために責任をもって中国と競争することだ」(同)。
 「中国との競争は他の領域と同様に、明らかに今後の一〇年間が決定的な時期になる。われわれはいま決定的な曲がり角に立っている。それは、われわれが今日為す選択と追求する優先課題が、今後長い間にわたる競争での位置を決定する道筋を方向付ける転換点だ」(二四頁)。
 台湾については、「一つの中国」政策の維持と台湾への軍事的関与という矛盾が当然のこととして述べられている。米国の核の傘を含む拡大抑止は必要だという一方で「核兵器なき世界」を求めるとうそぶく岸田文雄の広島サミット前日の詐欺師的発言と同じ穴の狢だ。
 「台湾海峡全域で平和と安定を維持することは米国にとって依然として利益であり続けている。台湾海峡は地域的および世界的な安全保障と繁栄にとって重要であり、国際的な懸念と注目の対象だ。米国は、いずれかからのいかなる一方的な体制の変化に反対し、また、台湾の独立を支持しない。『一つの中国』政策に関与し続けるが、それは台湾関係法、(米台間の)三つの共同コミュニケ、六つの保証に沿っている。そしてわれわれは、台湾関係法に基づく米国の関与を擁護して、反台湾の力または専横に訴えるいかなる手段にも抵抗するための台湾の自衛を支持するとともに、米国の力量を維持する」(同)。
 そのうえで、中国とは競争しながら協力もするという対中国政策の柱が開陳される。別の個所で、米国一国だけで中国に対処できないと吐露しているが、同盟国・友好国のみならず中国との協力関係が己の生き残りに死活的であると見なしているわけで、「共通の価値観」や軍事領域での猛々しさとはきわめて対照的な叙述に、米国の歴史的没落の深さが刻印されている。
「われわれは精力的に競う一方で、責任をもって競争を管理する。意図せずに軍事的緊張が高まる危険性を減らし、危機の際の意思疎通を向上させ、双方向の透明性を打ち立て、最終的に中国政府がより公式に武器管理に努めさせる、というこれらの手段を通じてより優れた戦略的安定を追求する。われわれは常に中国と協働して双方の利害を調整することを願っている。米中の意見が対立したからといって、米国人と世界にとって善であることのために米中が協働することを求める優先的課題への取り組みをやめてはならない。それは例えば、天候、感染大流行、核非拡散、違法・非合法な麻薬、世界的な食糧危機、マクロ経済上の課題だ」(二五頁)。
 続いて、ロシアを「帝国主義的外交政策」という表現で非難しており、片腹痛い。全世界人民を殺戮してその血しぶきで真っ赤に染まった己の凄惨な姿は全く認知されていない。この鼻持ちならない厚顔無恥、盗人猛々しさが帝国主義のおぞましい本性だ。

二〇二二国家防衛戦略

 「二〇二二国家安全保障戦略は、中国と、共通の目的をもって拡大する同盟諸国と同伴諸国(partners)のネットワークとに焦点を当てた戦略を推進する。同戦略は、鍵となる諸地域を中国が独占することを防ぐことを追求し、同時に、米国本土を守り、安定して開かれた国際秩序を強化することを追求している。二〇二二国家安全保障戦略と一致している点だが、米国の重大な国益を脅かすというさらに進んだ目標を実行する手段として中国が侵略を考えないようにすることが国家防衛戦略の重要な目的だ。中国との紛争は避けられないものではなく、望ましいものでもない。国防総省の優先課題は、全政府レベルで中国との意思疎通の方法を発展させるように後半に努力するのを支えることで、その方法は米国の利益と価値観に有益である。同時に、戦略的競争を管理し、共通の課題についての協力を追求できるようにする」(二頁)。
 中国との対立は避けられないものでも望ましいものでもない、中国とは競争しながらも共通の課題では協力することが米国の国益になる、という判断だ。
 「コロナウイルス感染拡大が社会、国際的供給網、米国防衛産業の土台に影響を与え続けている。それゆえ、国防総省の人員が文官当局者を助け、国際的な友好国を支えることに実際に関与することが求められている」(六ページ)。
 コロナ事態で供給網問題を軍事問題と認識した。
 国防総省の優先課題は、「①本土防衛、および、複数の領域で中国がもたらしている増大する脅威からの防衛、②米国・同盟国・友好国への中国による戦略的攻撃の抑止、③侵略の抑止、必要な場合に紛争に勝つための準備、インド太平洋地域における中国の挑戦が優先課題で、その次に欧州でのロシアの挑戦、④強靭性のある統合部隊と防衛体系の建設」。また、侵略が自制よりも利益が少ないと競争者(中ロ)に認識させる行動が抑止を強化する(七ページ)。
 米国の国益に対する中国の侵害への対処として、「われわれは新たな作戦概念を発展させ、中国の侵略の可能性に対する将来の戦闘力量を向上させる。同盟国・友好国との協力は、多国間演習への支援、技術の共同開発、より優れた分析と情報の共有、共通の抑止課題に対応する結合した計画立案をもって共同の力量を固める。われわれはまた持続する利益を打ち立て、基盤の改善および向上を実行してわれわれの技術的最先端と統合部隊の戦争の信頼性を確かなものにする」(一〇ページ)。
 「われわれの軍事的構えは、中ロによる米国の国益の侵害の可能性を抑止し、抑止に失敗した場合は紛争に勝利する努力を可能とする関係構築および戦闘に必要な事項に焦点を当てる」。
 第五章「同盟国・友好国への米国の戦略の定着化と地域的目標の推進」中の「インド太平洋地域」の項で、同盟国・友好国との協力が次のように示されている。優先順位は日本・オーストラリア・インド・台湾・韓国・ASEANだ。
 「国防総省は、自由で開かれた地域秩序を維持し、力による紛争解決の試みを抑止するために、インド太平洋地域での強靭な安全保障構造を強化し建設し切る。われわれは、日本との同盟を現状に合うものにし、戦略立案と優先課題をより統合された方法で調整することで結合された力量を強化し、体制への投資、共同作戦、多角的な協力を通じてオーストラリアとの同盟を深化させ、AUKUSとクアッドのような友好関係との技術協力を前進させることで優位性を発展させる。国防総省は、インドの「主要防衛協力」を前進させて中国の主権侵害を抑止する能力を高め、インド太平洋地域への自由で開かれた通行を確保する。国防総省は、台湾の非対称の自衛力が増大する中国の脅威に釣り合うように支援し、また、米国の一つの中国政策と一致する。われわれは韓国と協力してその防衛能力を向上させて同盟を結合した防衛へ導き、駐韓米軍が韓国を防衛する能力を増大させる。われわれは地域の安保課題に活発に多角的に接近するが、地域的な安保課題に対処する中でASEANの役割を引き上げることがこれに含まれる。われわれは同盟国・友好国と協力して競合地域における戦力投射を確実なものにする。国防総省は米国の政策と国際法に則って同盟国・友好国の努力を支え、中国が東中国海・対話韓海峡・南中国海、および、インドとの間のような国境紛争において統制権を確立するために行う軍事行動から生じる灰色地帯での先鋭な形態での専横に対処する。同時に、国防総省は、中国人民解放軍との開かれた意思疎通の通路を確保すること、および、責任をもって競争を管理することを優先する」。

サリバンの講演

 「米国の経済における指導性の復活に関してサリバン国家安全保障補佐官がブルッキングス研究所で行った発言」は、安保分野の司令塔としてバイデン政権発足後二年間の対中国政策を総括したものだ。彼はまず、米国の現状を次のように述べる。
 「第二次世界大戦後に米国は、バラバラになった世界を率いて新たな国際的経済秩序を作り上げた。それにより何億人もの人々が貧困から脱した。この秩序はすさまじい技術革命を支えた。そして米国と世界中の多くの国々が新次元の繁栄を実現するのに役立った」。
 「しかし、最近の二〇~三〇年間にその基盤に亀裂が生じた。世界経済が転換する中で米国の働く人々と地域社会が置き去りにされた。金融危機は中産階級を揺さぶった。コロナウイルスの大流行で米国の供給網の脆弱性が露になった。気候変動で生命と生活が脅かされている。ロシアのウクライナ侵略によって過度の依存の危険性が浮き彫りになった」。
 「ゆえに今まさに新しい合意を形作ることが私たちに求められている」。
 「バイデン政権下の米国が現代産業・革新戦略を国内と世界の友好国とにおいて追求しているのはそのためだ。すなわち、米国の経済的・技術的力量の供給源に投資することであり、多様で強靭な国際的供給網を推進することであり、労働・環境から信頼すべき技術および商品の統治に至るすべてに対して高い水準を設定することであり、天候と健康のような公共物に向けられる資本を配置することだ」。
 直面する諸課題に対する評価を見直すべきだ、ということだ。それらに取り組まなかったトランプ前政権への批判にもなっている。
 「最近の数十年間の国際経済政策の大部分は次のような前提によっていた。つまり、経済が一体化すれば国々はもっと責任を持ち透明性を高めるはずだ。そして、国際秩序はより平和で協力的になるだろう。規範に基づく秩序の中に組み入れられれば、国々はその規範により従うようになるだろう。/そうはならなかった。そうなったこともあったが、大部分はそうならなかった」。
 新自由主義グローバリゼーションを批判的にとらえている。
 続いて、二年前のバイデン政権発足時に米国が直面していた基本的課題として次の四点を挙げている。
 第一に、米国の産業的土台の空洞化だ。「戦略的商品の供給網全体が海外に移っていた」。
 第二に、地政学的安全保障的に規定された重要な経済的影響を伴う新しい環境(つまり中国の経済的軍事的躍進)に適応することだ。「中国は鉄のような従来の産業分野とクリーンエネルギー、デジタル基盤、先進的な生物工学といった未来のカギとなる産業に巨大な規模で国家支援を続けていた」。「経済が世界的に一体化しても中国は地域的に軍事的野望を拡大することをやめなかったし、ロシアは民主的な隣国を侵略することをためらわなかった」。新自由主義の数十年間に作り上げられた無思考の経済的依存性は、欧州におけるエネルギーの不安定性から半導体・医薬品・貴重な鉱物の供給網の脆弱性に至るまで真の危険になったとして、新自由主義への痛罵が重ねられている。
 第三に、深まる気候危機への対処としての適正かつ効率的なエネルギー転換だ。
 第四に、不平等とそれが民主主義にもたらす打撃だ。一つは、米国人の生活水準の低下だ。貿易と結びついた成長の成果が国民の間で分かち合われなかった。また、富める者がさらに富む一方で、中産階級は基盤を失い、労働者は成果を得られなかった。工業地帯は空洞化し、先端技術産業は大都市へ移動した、と指摘している。二つは、核心産業分野の重要性だ。曰く、半導体の生産は海外の別の場所に集中していて、米国は世界の約10%しか占めていない。これは重大な経済的危険性と国家安保上の脆弱性を生み出す。半導体・科学法のおかげで米国の半導体産業への投資が飛躍的に増えている。また、重要鉱物の80%以上が中国で加工処理されている。半導体・重要鉱物・クリーンエネルギー・バッテリーの供給網を同志国とともに形作る。インフレ抑制法をてこにしてクリーンエネルギー製造体制を、北米・欧州・日本その他の供給網に基づいて作る。半導体に関する協力は欧州・韓国・日本・台湾・インドと行っている。気候と貿易を結び付け、運搬時の排出物規制を強化する。生物工学も推進する――。
 対中国政策の結論では、国家安全保障戦略および国家防衛戦略の記述に比べて「協力」がさらに強調されている。
 「米国は危険性の削減と多様性に向かっているのであって、中国との分離(デカップリング)に向かっているのではない」。「米国の輸出規制は軍事的均衡を崩しうる技術に限定される。われわれは(中国との貿易を)止めずにいる」。「米国は実際に中国と相当な量の貿易と投資の関係を持ち続けている。昨年の米中間の貿易は史上最高を記録した」。「米国は中国と多くの分野で競い合っているが、対立や紛争を期待しているわけではない。われわれは責任を持って競争を管理するつもりであり、可能な部分で中国と協働することを求めている。天候、マクロ経済の安定、健康安全保障、食糧安全保障のような全世界的な課題に米中はともに取り組むことができるし、そうすべきだというのがバイデン大統領の明確な立場だ」。

結論

 米帝のインド太平洋戦略すなわち対中国政策の核心は次の三点だ。
 第一に、一〇年またはそれ以上に及ぶだろう中国との競争に勝つ。一つは、軍事的に同盟国及び「パートナー」(友好国)との協力を強めて台湾・南中国海・東中国海などでの中国の軍事的「脅威」を抑止する。二つは、経済安保という観点から安全保障と結びついた経済分野(半導体・バッテリー・生物工学の各最先端技術および重要鉱物・クリーンエネルギーなど)で中国に勝ち、それらの供給網を確立する。
 第二に、上記以外の経済分野、および、気候変動、食糧安保などの国際的課題については中国と協力・協働して取り組む。
 第三に「必要な時」「抑止が失敗した時」は「紛争に勝利する」。
 留意すべき点は、まず、米国が中国との争いに勝つことで世界最強の指導者の位置を確保し続けるという野望が露骨に表れていることだ。次に、デカップリングつまり中国との分離が否定されている。つまり、「脱中国」ではないことだ。最後に、「紛争に勝つ」つまり対中国戦争勃発の可能性とそれへの勝利への言及が反復されているが、上述の通り限定的な叙述で、最優先事項とはとても言えないことだ。
 だが、言い方を換えれば、限定的であるとはいえ対中国戦争勃発の蓋然性を認め、そのための同盟国及び友好国との軍事的協力の強化が優先課題として繰り返し述べられている。この内容を日韓両政府が共有して上述の戦略が確立され、日米韓の軍事協力が将来の準同盟さらには同盟への格上げを見据えながら強化されているわけだ。それは、「必要な時」「抑止が失敗した時」の中国との「紛争」において自衛隊と韓国軍が突撃隊として最前線で人民解放軍と軍事的に激突し、米軍が後方支援を基本として指揮を執るという、従来の米軍と日韓の軍隊の役割および位置が入れ替わった構想になっている。それこそが、沖縄・琉球弧への自衛隊の相次ぐ基地建設、配置強化、軍事演習の内容転換として具体化している軍事同盟の現実である。




 

 


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