■『戦旗』第1641号(8月5日)3面
放射能汚染水を海に流すな
東電と政府は原発事故の責任を取れ
窪川 良
二〇一一年三月一一日、東日本大震災に伴って福島第一原子力発電所の原子炉は崩壊し大量の核物質が飛散した。事故から一二年経ったが、事故は収束せず廃炉の目途も立っていない。
この状況の中で、岸田政権は多核種の核物質が含まれている汚染水を、二三年夏に海洋放出しようとしている。
われわれは、汚染水の海洋放出反対で闘う福島の人々と連帯して闘う。そして、海を核廃棄物の捨て場所とすることを許さない太平洋諸国や中国・韓国などの民衆と連帯して反対を貫いていく。
様々な声を無視した汚染水放出を許さない
福島第一原子力発電所(以下「福一」とする)構内に大量にあったがれきなど核物質に汚染された物が、二〇一一年の地震と津波で海に流された。そして、原子炉内を冷やすための水や雨水も海に流れていった。この結果、海は汚染され、福島沿岸では漁業ができなくなった。
地下水や雨水が原子炉建屋に流入することによる核汚染水の海への流失を少しでも防ぐために、発電所内建屋に直接触れていない地下水などのくみ上げが行われた。このくみ上げた水について、国はトリチウム濃度一五〇〇ベクレル/リットル以下等の基準を定め海へ放出し、基準以上のすべての汚染水はタンクにためることとした。
これに対して、やむを得ず福島県漁連は、基準値以下の放出を認めた。そして、日本政府は福島県漁連に対して二〇一五年八月二四日、「関係者の理解なしにはいかなる処分も行いません」と文書回答し、東京電力も同月二五日に同様の文書回答を行った。今、問題となっているのはこうしてタンクにためられた汚染水を海洋放出しようとしていることである。
しかし、日本政府はこの「文書回答」があるにも関わらず、「トリチウム濃度一五〇〇ベクレル/リットル以上であっても薄めて流すから安全だ」等という詭弁を弄しながら、二〇二一年四月一三日に「汚染水の海洋放出」を閣議決定した。そして同年八月に工事を開始。今年六月二六日に工事は完了した。国際原子力機関IAEAは「海洋放出の方針を推奨するものでも支持するものでもない」としつつ、「海洋放出水は国際基準に合致している」との報告書を日本政府に提出した。
われわれは、関係者との約束を破り汚染水の海洋放出を強行しようとする岸田政権を許さない。
海洋放出されるのは放射能汚染水だ
世界中の原発やプルトニウム再処理工場から排出からトリチウムをはじめとした核物質が海や川に排出されている。原発やプルトニウム再処理工場付近でガンの罹患率が高いことも明らかになっている。原発は、このように放射性物質を大量に放出し、その処理すらできない。だからこそ、われわれは「原発はいらない。即廃炉を行え」と闘ってきた。
政府や排出容認派は「中国や韓国も排出しているのだから『福一』の『処理水』を問題にするのはおかしい」と言っている。しかし、忘れてはならないのは「福一」から排出されるのは、原発事故により炉心溶融などが起きた所に触れた核汚染水である。
七月二一日現在「福一」には、約一三四万立方メートルの汚染水がタンク約一〇〇〇基に貯蔵されている。東京電力によれば、多核種除去装置(ALPS)で処理後のものが約30%であり、これ以外は核物質の除去が終わっていない。ALPS処理後と言っても、核種は完全に除去されているわけではない。
東電は、トリチウム(半減期約一二年)や炭素14(半減期五七三〇年)は「分離することが困難で取り切れていない」と明らかにしている。これ以外に、少なくとも六二の放射性核種が完全に除去されずに残っていることが明らかになっている。東電や国は「わずかな量であり、海水で一〇〇倍に薄めて放出するのだから人体に影響はない」という。単純に考えても、薄めても絶対量は変わらない。しかも、以下にあるように「生体濃縮」や「食物連鎖」が起きるのだから、少ない量だから大丈夫とは言い切れないのである。
例えば、ヨウ素129(半減期一五七〇万年)およびヨウ素131(半減期八日)は、海藻によく蓄積される。セシウム137(半減期三〇年)は、海水中で藻類、海草、甲殻類、魚などに集中して蓄積される。魚が摂取すると体内に取り込まれ、全身に広がり、約10%はすぐに排泄されるが残りは一〇〇日以上滞留するとされる。
その上で、生体濃縮され、海水の放射能が一ベクレル/キログラムであれば、魚類では濃縮されて一〇〇ベクレル/キログラムと言われている。そして、食物連鎖により、その魚を食べた魚の体内でまた濃縮されていく。人体への摂取でさらに濃縮される。内部被曝は、外部被曝より、遺伝子を直接的に傷つける。また、ヨウ素131は体内では甲状腺に集まりやすく、甲状腺組織が局所的に集中的な被曝をうける。
ストロンチウム90(半減期二九年)は最も危険な放射性核種の一つで、生体濃縮(海洋生物の捕食で最大一〇倍に濃縮するともいわれる)され、生体内でカルシウムのように挙動し骨に取り込まれ、造血器官に直接ベータ線を当てる(白血病、血液ガンのリスクがある)。プルトニウム239(半減期二〇年)はアルファ線を出してウラン235になる。近くにある遺伝子を集中的に切断する。長く体内に留まり、被曝を継続する。発がん性が非常に高い。
水素と同じ化学反応をするから、だから分離できないという三重水素トリチウムについてはどうか。トリチウム(半減期約一二年)による放射線被曝には、トリチウム水の吸入(鼻や口)・摂取(食べ物や飲み物)・吸収(皮膚から)、および生物に取り込まれて生体濃縮した有機結合型トリチウム(OBT)の体内への取り込みがあり、いずれも内部被曝が問題である。トリチウム水(重水)は、排泄されるから内部被曝の影響は小さいと言われているが、水とは「似て非なるもの」である。
トリチウム水は水と同じく血液やリンパ液を通じて細胞内の様々な新陳代謝の反応に関わり、タンパク質や遺伝子の中の水素に取って代わってその成分として入り込む。トリチウムは遺伝子DNAの中の酸素、炭素、窒素、リン原子と結合し、化学的には通常の水素原子と同じふるまいをするが、ベータ線を放出して周囲を内部被曝させ様々な分子を破壊する。食物連鎖によるOBT(有機化合型トリチウム)の摂取により内部被曝の影響は大きい。
なおタンク内の高放射線濃度の中にOBTがある可能性について東電は「タンク内には、有機物は存在していないのでOBTは測定していない」と回答している。フィルターを通ってしまった有機物や海水と混ぜるときに有機物と結合する可能性もあるのに、「水と同じで安全だ」と言い張り、原発事故を起こした責任すら取らない東電や国は未だに「安全神話」に拘泥している。
炭素C14も、トリチウムと同じく除去できていない。C14は、細胞DNA等にとり込まれ、DNAへのダメージを発生させるとともに、ベータ崩壊して窒素になる際、遺伝的に重要な分子を破壊する。食物連鎖で容易に濃縮される。水中(汚染水)では、多くが有機物の形で存在する可能性が高い。魚類での生物濃縮係数では、C14はトリチウムより最大五万倍との指摘もある(「福島第一原発 汚染水の危機二〇二〇」ショーン・バーニー(グリンピース・ドイツ)二〇二〇年一〇月)。しかも半減期が長いことも要注意である。
以上のように人体に影響を与える核種が汚染水の中には多数存在している。東電は、現在ALPS処理後、次の核種も含め規定値を超えた場合は二次処理を行うとしている。「同じ告示濃度比の場合に魚介類による濃縮などの影響により人への被曝影響が相対的に大きくなる八核種(C14、鉄Fe59、銀Ag110m、カドミウムCd113m、Cd115m、スズSn119m、Sn123、Sn126)について、自主的な希釈前における運用管理値を設ける」とし、「これら八核種の濃度が運用管理値を超過していた場合には、放出を行わず、二次処理に回す」(経産省、原子力規制委員会の各資料)としている。
さらに、現在あるすべてのタンクにある核種の総量は、「わからない」(東電の答弁)。現在は、放出前のALPS処理後のタンクのうち三タンク群(計二〇〇〇立方メートル)をサンプルタンクとして、トリチウム・炭素14他六二核種の分析評価を行っている。結果は「告示濃度比以下の微量」としているが、危険な放射性物質が含まれた汚染水であり、これを三〇年以上流し続けるのである。
汚染水の放出を許さず闘おう。
海洋放出を容認するIAEAの欺瞞性
「福一」からのALPS(多核種除去設備)処理汚染水の海洋放出に関し、IAEAは「海洋放出やそのための活動は国際的な安全基準に整合している」とする報告書を発表した。これにより、政府・東京電力の計画が「お墨付き」を得たとしている。
IAEA包括報告書に明記されているように、IAEA安全基準に照らした審査は、二〇二一年四月一三日に日本政府が「海洋放出」を行うことを決定した後に、日本政府の依頼によって始められた。これは、東京電力が提出した「放射線影響評価報告書」や原子力規制委員会による審査プロセスが「IAEA安全基準と整合しているか」を確認するものであった。
また、IAEAは、原子力利用を促進するための機関であるため、「IAEA安全基準」は原子力施設の安全性に重きが置かれており、環境保護や人権といった観点からは必ずしも中立的機関とはいえない。実際、IAEAは、海洋放出以外の選択肢について評価しておらず、海の生態系や漁業への長期にわたる影響を評価しているわけでもない。
IAEAの「包括報告書」は、あくまで日本政府の海洋放出決定を前提に、日本政府・東京電力が提出した資料に基づき、海洋放出決定を追認したものである。したがって、以下のようにIAEA「包括報告書」をもって、海洋放出そのものが「科学的に正しい」とはいえない。
第一に、事故炉からの処理汚染水である事実に関する認識と評価が不十分である。
海洋放出されるのは、事故炉内で核燃料に直接触れて生じた核汚染を処理した水である。この水は、通常炉から排出される(トリチウムを含む)水とは本質的に異なり、両者を単純に比較するのは不適切である。事故炉から生じた汚染水を、意図的に海洋に流すことはこれまで行われたことがない。
第二に現在ALPSで処理後にタンク貯蔵されている水の七割近くには、トリチウム以外の放射性核種が排出濃度基準を上回って残存している。
政府・東京電力は二次処理によって基準値以下まで取り除くことを前提としている。しかし、このプロセスが適切に行われるかどうかは疑わしい。ALPSによる二次処理の実績がごく僅かしかなく、今後長期にわたって性能を維持し、汚染水を処理できるかどうかは不確実である。したがって、海洋放出の安全性が現実に保証されているわけではない。
第三に、東京電力は、最終的に放出される放射性物質の総量や放出期間について明らかにしていない。
現在においても、放射線影響評価に関して、放射性物質の検査結果として東京電力が示しているのは三つのタンク群における測定データにすぎない。すなわち、どのような水が放出されようとしているのか、その全量はどのくらいなのかは、明らかにされていない。
第四に、放出される水に関する情報が適正に公開されない可能性がある。
実際、ALPSで処理されたはずの水にトリチウム以外の放射性物質が残留していることは、二〇一八年に報道があって初めて明らかになった。報道されるまで、トリチウム以外の放射性物質が基準内におさまっていた期間のデータだけを東京電力は政府審議会に資料として提出していた。また、一般向けの説明や公聴会においても、この不正確な資料が使われていた。
第五に、IAEAは、不測の事態についての評価を行っていない。
例えば現在「福一」一号機の土台部分が損傷しており、再び大地震が起きれば重大な事故を起こしかねないが、東電は「原子炉が倒れるようなことはない」と楽観的な見通しを明らかにしている。報告書では、政府と東京電力の楽観的な「前提」がそのまま容認されている。また、事故炉からの処理汚染水の海洋放出は世界にも類をみない初の試みである。ALPSの処理性能や放射性核種測定時のトラブルなど、不測の事態を想定して安全性評価が実施されていない。
第六に、IAEAの審査では、3・11事故以降の累積放射性物質についての量や影響が考慮されていない。
例えば、「福一」の港湾内で今年五月に捕獲した魚(クロソイ)から、食品衛生法が定める基準値(一キロ当たり一〇〇ベクレル)の一八〇倍の放射性セシウムが検出された。捕獲したのはセシウムの濃度が高い排水が流れ込む区画で、これまでも基準値超えの魚が見つかっている。今回のクロソイは大きさ約三〇センチ。一キロ当たり一万八〇〇〇ベクレルは、海面付近の海水の平均一リットル当たり約五ベクレルから考えても「説明のつかない高濃度」と東電はいう。しかし、原因は、原発構内の雨水などが集まる「K排水路」である可能性が高い。当初は外洋につながっており、建屋やがれきを伝って高濃度に汚染された雨水が流出するトラブルがたびたび起きた。このため、二〇一五年に排出先を港湾内の一~四号機海側の防波堤で囲まれた区画に付け替えた。区画内の海底の土は一キロ当たり一〇万ベクレルを超えており、海底付近の海水も濃度が高くなっている可能性がある。また、食物連鎖による生体濃縮が起きた可能性もある。
このようなことがあるのに放射性物質の累積的影響に関して評価が行われていない。まずはこれまでの汚染水放出に伴う影響を明らかにした上で、追加的かつ意図的な放出がもたらす累積的影響を評価する必要がある。
第七にIAEAの審査は、日本政府の「海洋放出」決定を前提としており、ALPS処理汚染水の処分のあり方として、たびたび挙げられてきた大型堅牢タンク保管やモルタル固化のような海洋放出以外の選択肢の評価を行っていない。
第八に「IAEA安全基準一〇」では、放射性物質を環境中に放出せざるを得ない場合、その行為による全体的な利益が放出による損害を上回ることを示し、放出を「正当化(justification)」することを求めている。
東電および国は、「大量のタンク群が原子炉の廃炉作業の妨げになっている」というが、廃炉作業の道筋も明らかになっておらず、何がどのように妨げなのかを正当に評価することはできない。また、「関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」とする文書約束を反故にするかのように海洋放出の準備を進め、公聴会ですら二〇一八年八月に開いただけである。政府の海洋放出決定以降、地元の求めに応じて東電は説明会に参加しているが、自ら進んで地元で説明会を開いていない。
政府と東京電力が行ってきたのは、もっぱら多額の資金、税金を投入した「風評被害対策」としての理解醸成事業や小・中・高校への副読本やチラシの配布などあった。これは一方的な行為の正当化であり、公平なものとは言えず「安全基準」を満たしていない。
第九に海洋放出の前提とされたコスト面での優位性もなくなっている。
当初経済産業省のもとに設置されたトリチウム水タスクフォース(主に技術的検討を実施)では、「海洋放出は放出期間九一カ月(処理速度四〇〇立方メートル/日)、コスト三四億円」の「前提条件」で他の方法に比べて優位と評価された。しかし、同じく経済産業省に設置されたALPS小委員会では、「年間二二兆ベクレルを排出」(事故前の「福一」からの排出量の一〇倍規模に相当)、「放出期間が二〇~三〇年」とされ、「前提条件」と異なっていた。その後、実際に海洋放出に向けての準備が行われ、海底トンネルからの放出施設建設費、測定のためなどに二〇二一~二四年度の三カ年だけで約四三七億円かかると東京電力は発表している。
さらに国は「ALPS処理水の海洋放出に伴う需要対策」として二〇二一年度補正予算で三〇〇億円をあてた。今後、仮設タンクを三〇年間維持管理するコストも加わる。海洋放出は、他の選択肢との間でコスト面での優位性も失われている。ALPS処理汚染水の海洋放出は、事故後三〇~四〇年で廃炉するとした「中長期ロードマップ」を前提として行われようとしている。事故後一二年が経過し、核燃料デブリの取り出しも見通しがつかない現状からは、三〇~四〇年での廃炉が非現実的であることが自明となっている。
福島県漁連は「海洋放出に反対」し、福島県内の七割の議会が「反対」等の決議を挙げている。そして、住民や市民は、毎月一三日に放出反対行動を行い、七月一七日には「海の日行動」として県内外から五〇〇名以上が結集し、集会デモを行った。こうした意見を無視して海洋放出を強行することは許されない。われわれは、「中長期ロードマップの見直し、汚染水の海洋放出をせず、現実的な解決策を行うこと」を政府・東電にさらに強く要求しよう。
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