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 ■韓国地方選挙で野党連合が圧勝

  李明博政権・与党ハンナラ党に「否!」の審判




 六月二日、韓国で統一地方選挙が行われ、世論調査やマスコミの予想を覆して野党連合が圧勝し、与党ハンナラ党が惨敗した。

 ●結果

 「反李明博政権」を旗印に、ブルジョア改革派の民主党、国民参与党(=盧武鉉派)、進歩陣営の民主労働党、および市民運動団体が組んだ野党連合が、道・市・郡の首長と議会の選挙で大躍進した。
 まず、九道・広域市七市の十六首長選挙のうち、民主党が七ヵ所(全羅南道・全羅北道・忠清南道・忠清北道・江原道・仁川市・光州市)で当選。慶尚南道と済州道は無所属だが民主党系だ。それを加えると野党連合は九首長になる。他方、ハンナラ党はこれまでの十二から六(京畿道・慶尚北道・ソウル市・釜山市・大邱市・蔚山市)へ半減した。残る大田市では自由先進党(ハンナラ党より右)が当選した。ソウル市二十五区の首長選挙は民主二十一、ハンナラ四だった。
 野党連合は議会選挙でも大勝した。首都圏を見ると、ソウル市(百六議席)ではハンナラ党は七十九から二十七へ減り、民主党が五から過半数の七十九へ増えた。京畿道(百二十四議席)ではハンナラ党が百十五から四十二へ激減し、民主党が過半数の七十六へ増えた。仁川市(三十三議席)ではハンナラ党が三十二から六へ減り、民主党が〇から過半数の二十三へ増えた。
 地方選挙と同時に教育監(教育委員長)選挙も行われ、野党系は六人当選。特に首都圏の京畿道とソウル市(双方合わせると韓国人口の約45%が集中)で、生徒人権条例、環境にやさしい無料給食、学習準備物支援などを公約した進歩・改革派が勝利した。
 韓国の地方選挙は一九九五年に始まった。今回の投票率は54・5%で、第一回の68・4%に次ぐ二番目の高さだった。二十代・三十代の投票率が高かったといわれている。

 ●特徴

 今回の統一地方選挙の結果は、李明博政権と与党ハンナラ党に対する「否!」の審判が強烈にたたきつけられたことをはっきり示している。
 現政権は反対勢力に対して、軍事独裁政権を髣髴とさせる弾圧をかけ、つぶそうとしてきた。二〇〇八年ローソク集会参加者とテレビ局労組への弾圧、二〇〇九年龍山惨事と双龍自動車労働者への殺人的暴力、全教組と公務員労組に対する解雇をはじめとする処分の乱発などがそれだ。加えてテレビ局の経営陣を入れ替えて露骨なマスコミ操作を行った。警察・検察によるメールの覗き見や電話や事務所の盗聴は常態化している。それでも足りず、今年三月下旬に起きた軍艦沈没事件と選挙前の調査発表、国連安保理への共和国制裁案上程を通じて朝鮮半島での戦争勃発危機を作り出し、危機感を煽ろうとした。
 しかし、反共和国キャンペーンであるいわゆる「北風」は吹かないどころか、逆に徴兵制の下で事が起きれば戦場に行かざるを得ない若者を中心に戦争回避意識の覚醒をもたらした。与党政治家の少なくない部分が徴兵を忌避して軍隊に行っていないにもかかわらず北との戦争をバンバン煽ったことが、政権与党にとって猛烈な逆風の一つとなった。韓国のマスコミによれば選挙の主な争点は@軍艦沈没事件、A四大河川事業、B世宗市への首都機能移転計画中止問題だったが、後者の二つが問われ、いずれも李明博の政策に「反対!」の怒号が叩きつけられた。合わせて、現政権の独裁的で言いっぱなしの国政運営、民主主義と人権の蹂躙、南北関係破綻に対する痛烈な批判と否定が選挙結果として表れたのだ。
 特に、ハンナラ党の地盤である慶尚南道と江原道の知事選で野党側が勝ち、またハンナラ党圧勝が予想されたソウル市長選で野党連合候補が0・6ポイント差で惜敗するところまで追い上げたことは与党に深刻な衝撃を与えた。二年後の大統領選挙がダブって見えたからだ。ちなみに両道と忠清南道の三知事は故盧武鉉前大統領に近かった人物で、「北風」ではなく「盧風(盧武鉉旋風)」が吹いたと評されている。今回の選挙結果は盧武鉉派の逆襲という側面もある。
 首都圏のソウル市と京畿道の首長選では与党がかろうじて勝ったが、議会では野党が圧倒的多数となった。「ねじれ現象」が今後四年間続くことになるのだ。反李明博を高々と掲げる野党が多数である議会のため、ハンナラ党の保守的な地方行政は間違いなくどん詰まりになる。そしてそれが上記の国家諸政策にもろに跳ね返るだろう。
 軍事ではなく経済問題にたいする怒りが大きかった。貧富の格差の拡大に対する怒りが韓国民衆を突き動かしたのだ。それが与党敗北の原動力だったのだ。今、上位10%の月平均所得は千万ウォン(約八十万円)を超え、六十万ウォン(約五万円)にも至らない下位10%の月平均所得の二十倍近くに達している。格差社会は史上最悪の段階だ。この、「明日の飯の問題」に対する民衆の投票行動という形での決起がハンナラ党を負けさせた根本要因なのだ。
 だが、もちろん、今回勝利した野党・民主党に対して労働者民衆が希望をもてるわけでは全然ない。日本と似ているが、野党・民主党への投票行為は総じて積極的支持ではなく、「ハンナラ党よりまし」「与党ではない」という消極的なものだった。民主党知事が生まれた江原道と忠清南道の議会は保守派が多数を占める、もう一つの「ねじれ」状態であり、政策実施が極めて困難だろう。その上、大都市以外の地方都市の市長は依然保守派が多数だ。
 金大中・盧武鉉と続いた十年間に、統一問題において歴史的な地平が切り開かれ、歴史認識・民主主義・人権の分野でそれ以前と比べて大きな前進があったのは確かだ。けれども他方では、イラク派兵や国軍まで動員した平澤米軍基地拡張強行など韓米軍事同盟を強化し、争議現場への警察力投入と労組弾圧を無慈悲に行って史上最多の被逮捕者を出した新自由主義政策の全面展開でもあった。民主党は資本家階級の利害を代表するブルジョア改革派だ。
 では、民主労総・全農・韓国進歩連帯などを基盤とする進歩政党はどうか。民主党と選挙連合を組んだ民主労働党、さらに、一旦は手を結んだものの途中で離脱した進歩新党は今回、ハンナラ党を完敗に追い込みはしたがその成果の大部分を民主党にとられてしまった。6・2地方選挙は二〇一二年の総選挙(四月)と大統領選挙(十二月)の前哨戦という性格もあったが、進歩政党の内部ではそれを見据えて現在総括・方針論議が行われている模様だ。今回の選挙で民主労働党は仁川市の東区長と南東区長、蔚山市北区長の三区長のほか、広域議員(九道・広域七市の議会)二十四人、基礎議員(九道・広域七市以外の議会)百十五人が当選した。進歩新党は広域議員三人、基礎議員二十二人。社会党は当選〇だった。広域比例代表得票率を見ると、民主労働党7・35%、進歩新3・13%、社会0・39%だ。他に、民主35・10%、ハンナラ39・83%、国民参与6・65%、自由先進4・53%となっている。かなりの数の進歩政党支持票が民主党へ流れたといわれている。そうした中、いくつかの地方自治体で、民主労働党が中心となって地方共同政府が準備されている。野党連合の延長線であり、地方行政版だ。二年後の総選挙と大統領選挙への進歩政党の取り組みと成り行きを注意深く見守る必要がある。

 ●その後

 李明博は選挙直後に「選挙結果を皆いっしょに省察の機会とし、経済再生に専念しよう」と抽象的にだけ選挙についてふれた。続く六月十四日にはテレビとラジオを通じて次のように語った。「今回の選挙を通して表出した民心を重く受け止めている」「私を含め、大統領府と政府の全員が自己省察の基礎の上に変化を恐れずに果敢に変化するようにする」が、「大韓民国が追求すべき価値とアイデンティティー、ビジョンに立脚した国政基調は確固として維持していく」「歴史の大きな流れにおいて大韓民国は今正しい道を進んでいる」。四大河川事業について、「より多くの意見、地方自治団体の意見を収斂する」が、それは「大韓民国発展の牽引車になるだろう」。
 そののち韓国政府は四大河川事業の水門工事開始を発表した。審判は下ったのに中止しない、批判は聞かない、ということだ。
 しかし六月二十二日、首都機能をソウル市から市に移すという前政権時に作られた計画に反対する李明博政権が、これを白紙撤回する法案を国会に提出したが、野党に加えて与党内の一部も反対に回り、法案は否決された。最重要の政策転換が失敗に終わったのだ。四大河川事業も、選挙前の世論調査では60%以上が反対だ。四大河川の流れる地域の野党系首長は「反対」「阻止」を明言しており、先行きは混沌としている。地方と国の「ねじれ」が現政権の前に立ちふさがっているのだ。
 われわれは、民族解放と労働者解放を目指して闘い続ける韓国労働者民衆とこれからも固く連帯していこう。
 共に闘おう!
 

 

 

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