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   ドゥテルテ政権下のフィリピン情勢と
          革命運動の新たな課題

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 今年五月のフィリピン大統領選挙においてロドリゴ・ドゥテルテ氏が当選して以降、フィリピンの政治情勢・階級情勢に大きな激動と変化が起こってきた。それはいま、フィリピン国内のみならず、アジア太平洋地域を取り巻く情勢に対しても様々に影響を与えつつある。
 変化する情勢は、同時に、フィリピンの革命運動にとっても挑戦すべき新たな課題をもたらしている。われわれは流動し発展する情勢を注視しつつ、反帝国主義・民族解放―社会主義を掲げて前進するフィリピン革命運動への連帯をさらに強固に組織していかねばならない。

 ●1章 ドゥテルテ政権の発足とこれまでの経過

 本年五月九日に投票が行われたフィリピン大統領選挙において、それまで長くダバオ市長を務めてきたロドリゴ・ドゥテルテ氏が当選した。ドゥテルテ氏はまた、フィリピン共産党(CPP)創設議長であるホセ・マリア・シソン氏の大学教員時代の教え子であり、自ら「社会主義者」を名乗り、選挙戦の過程では「フィリピン初の左派大統領になる」とも発言してきた。ドゥテルテ氏の勝利は、アキノ前大統領の後継候補としてのマヌエル・ロハス氏など他の候補者に大差をつける圧倒的なものであった。その背景に、アキノ前政権をはじめとする歴代政権とその政策に対する人民の不満と怒り、現状変革への希求があったことは間違いない。
 ドゥテルテ氏は六月三十日に正式に大統領に就任した。新政権には、農地改革大臣にフィリピン農民運動(KMP)出身のラファエル・マリアーノ元下院議員、社会福祉開発大臣に女性解放運動の研究で著名なジュディ・タギワロ元フィリピン大学教授が民族民主主義勢力を代表する形で入閣した。その他にも労働雇用副大臣や反汚職委員会委員長、都市貧民委員会委員長などのポストに民族民主主義勢力のメンバーが任命された。他方、財務大臣や予算管理大臣、国防大臣などの枢要なポストは旧来からの支配勢力を代表する人物が占めた。そのような意味で、ドゥテルテ新政権は、フィリピンの支配階級を構成する大資本家、地主、国軍エリートの利益を代表する右派的人物から、労働者・農民の利害を代表しようとする民族民主主義勢力までが混在する政権として出発した。
 日本でもよく報じられているように、ドゥテルテ氏はその大統領就任直後から「対麻薬戦争」を推進してきた。これは彼のダバオ市長時代の経験を全国に適用したもので、警察官による麻薬密売人の殺害などきわめて強引な手法をもって推進されている。それは同時に、自警団による超法規殺害、さらに不可避に伴わざるをえない誤認殺害などの問題を引き起こしており、とりわけ米国やEU、国連などからの強い批判を浴びている。ドゥテルテ氏はまた、彼自身が持つ親近感から独裁者フェルデナンド・マルコスの国立墓地への埋葬の意向を表明することで、フィリピン国内での大きな議論を呼び起こしてきた。
 しかし、ドゥテルテ政権の特徴はそうしたことだけにあるのではない。むしろ、フィリピンの政治情勢・階級情勢に大きな影響を与えている最も重要な変化のひとつとしてあるのが、フィリピン民族民主戦線(NDFP)との和平交渉の公式再開およびそれに伴う一連の動きである。
 ドゥテルテ氏はその当選前後からNDFPとの和平交渉の再開に意欲を示し、その前提である政治囚の釈放をも示唆してきた。それは八月二十二日から二十七日の第一回和平交渉に先立つNDFP顧問ら二十二人の釈放として実現された。そして、第一回和平交渉の結果として、政府側の一方的停戦宣言に続いてNDFPの側も無期限停戦をNPAに指示することで双方の間で暫定的停戦が成立した。続く十月六日から十日の第二回和平交渉においては、民族的工業化や農地改革など包括的な政策論議に向けた枠組みが確認された。また、政府側は来年一月の第三回和平交渉までにさらなる政治囚の釈放を実施することを表明した。
 ドゥテルテ氏はまた、六月三十日の大統領就任式の直後には新民族主義者同盟(BAYAN)など民族民主主義派大衆運動の代表を大統領府に迎え入れ、七月二十五日の初めての施政方針演説の際にはこれまで禁止されてきた大統領府間近でのBAYAN主催の集会を許可するなど、この面でも民族民主主義勢力に対してこれまでの政権とは明らかに異なる対応をしてきた。
 ドゥテルテ政権の誕生に伴うもうひとつの重要な変化は、諸大国に対する態度であり、いわゆるその「独立外交政策」である。これがいま、アジア太平洋地域を取り巻く情勢に大きな影響を与えつつある。
 ドゥテルテ氏はこの間米国を批判する発言を繰り返し、対米関係の見直しを示唆してきた。彼は比米戦争での米軍によるフィリピン人虐殺や米国のフィリピン植民地支配に対する謝罪がないことを批判しつつ、定期的に実施されてきた米比合同軍事演習の中止や二〇一四年四月にアキノ前政権の下で締結された米比防衛協力強化協定の見直しを示唆してきた。スプラトリー諸島(南沙諸島)周辺での米軍との合同哨戒活動については、十月に入って実際に中止が米国側に伝達された。さらに、十月二十日の訪中時の講演で「米国との離別」を語り、日比首脳会談を前にした二十六日の東京都内での講演では「二年以内に外国軍部隊の駐留からわが国が解放されることを望んでいる」とより踏み込んだ発言を行った。
 中国との関係についても、アキノ前政権とは百八十度異なる態度を示している。十月二十日の中比首脳会談では、両国が対立するスプラトリー諸島など南中国海における領有権問題については表立った議論を避け、この問題での協議を当面「棚上げ」にした。そのことで両国関係の改善を図り、麻薬中毒患者の厚生施設などのプロジェクトに対する中国からの九十億ドル(約九千三百億円)という巨額の融資を引き出した。中比首脳会談では、貿易や投資、金融、インフラ整備など十三項目の協力文書が調印され、また、「防衛・軍事協力は二国間関係の重要構成要素であることに同意する」という内容を含む共同声明が発表された。
 ドゥテルテ政権は、日本に対しては友好的な姿勢を見せている。十月二十六日の日比首脳会談では、「日本との絆を強化するためにやってきた」、「われわれは時がくれば常に日本の側に立つ」と発言し、両国の「戦略的パートナーシップ」の更なる促進を謳い、「両国の種々の友好関係及び同盟関係のネットワークが、地域の平和、安定及び海洋安全保障を促進することに期待」するという共同声明を発表した。日本側は、すでに供与が開始されている巡視艇十隻に加えて大型巡視艇二隻の供与やミンダナオでの地域開発計画への経済援助など、総額二百十三億八千万円の円借款の供与を決めた。また、海上自衛隊の練習機T―90の貸与も決定している。しかし同時に、アキノ前政権が安倍政権との間で進めてきた自衛隊のフィリピン駐留のための日比訪問軍協定の締結については、ドゥテルテ氏は日本の記者団の取材に対して、「難しい」と発言している。
 ドゥテルテ政権は今日まで、人民からの驚異的とも言える高い支持を得ている。フィリピンの調査会社パルス・アジア・リサーチによれば、大統領就任直後の新政権への支持率は実に91%であり、十月の時点でも86%の高支持率を維持している。

 ●2章 ドゥテルテ政権に対する民族民主主義勢力の態度と闘い

 フィリピン共産党(CPP)とフィリピン民族民主主義戦線(NDFP)は、「選挙ではなく革命こそが、この国の危機を解決する」という原則的立場から、従来と同じく今回の大統領選においても、公式にはどの候補も支持することはしなかった。そのうえで、上下院議員選挙においては、民族民主主義派の候補者を擁立して選挙戦をたたかった。この上下院選における選挙キャンペーンとの関係で、民族民主主義派パーティーリスト政党の連合であるマカバヤンは、大統領選に立候補したグレース・ポー候補との選挙協力を行った。
 民族民主主義勢力は当初、実際の投票の結果がどうであれ、支配階級は集計の段階でコンピューターを操作して、アキノ前大統領の後継候補であるロハス氏を何とかして当選させようとするだろうと見ていた。と同時に、ホセ・マリア・シソン氏は亡命先のオランダからフィリピンのメディアのインタビューに答えて、ポー氏もしくはドゥテルテ氏が当選すれば和平交渉を再開し、発展させることができるだろうという趣旨の発言をしていた。また、ドゥテルテ氏とは投票日の数週間前にスカイプを通して意見交換を行っている。大統領選の結果は、もはやいかなる不正操作も不可能なほどのドゥテルテ氏の圧勝に終わり、ロハス氏もポー氏もただちに自らの敗北を認めた。ちなみに、マカバヤンは今回の総選挙において、下院では前回総選挙時と同数の計七議席を確保した。民族民主主義勢力が上院選に擁立したネリ・コルメナリス氏の得票数は約六百五十万票で、定数十二人のうち第二十位であった。
 ドゥテルテ氏の当選直後の五月十五日、CPPは「ドゥテルテ大統領施政下での展望」と題する中央委員会声明を発表し、公式の態度表明を行った。この声明においてCPPは、農業、教育、保健・医療を最優先課題とするというドゥテルテ氏の選挙時の公約を評価し、また、彼が「NDFPとフィリピン政府との間の和平交渉を真剣に追求しようとしていること」を歓迎した。さらに、「民族的団結、平和、発展の枠組みの下でドゥテルテ政権と同盟を形成する可能性」について言及し、ドゥテルテ氏が自ら語ってきた課題を真に実行しうるかどうかが試されている、とした。
 そのうえで、「ドゥテルテ次期大統領が進歩的な側面を持っているとしても、革命勢力は彼が主要に支配階級内の政治エリートであることに気付いている」とし、「ドゥテルテ政権を和平交渉およびフィリピン人民の民族民主主義への熱望を前進させるためのあり得る同盟に従事させつつ、革命勢力は絶え間なく人民の武装抵抗と民主的大衆闘争を前進させる」「協力と同盟に道を開きつつも、いかなる反人民的・親帝国主義的な政策や法案に対しても厳しく批判し反対しなければならない」とした。そして、新人民軍(NPA)に対しては、「より柔軟な戦術的攻勢を開始し、敵からより多くの武器を奪取することで人民戦争を強化するためにCPP中央委員会が設定した任務を実行し続けなければならない」と呼びかけ、「ドゥテルテ政権の下で、人民戦争はさらに推進される」とした。このようにして、フィリピン革命勢力はその武装を維持しつつ、ドゥテルテ政権がどのような方向に進むのか、その状況を見守るという態度を取った。
 この声明と前後して、ドゥテルテ氏はCPPに対して公式に入閣を呼びかけた。結果的には民族民主主義勢力の中から二人の著名な人士が入閣することになるが、ドゥテルテ氏は当初、農地改革大臣、社会福祉開発大臣、環境・天然資源大臣、労働雇用大臣の四つの閣僚ポストを提示していた。これに対してCPPは、「一定の条件下では閣僚の地位に就くことに反対しないが、革命勢力にとってより重要なことはこれらの省庁および政府全体を規定するところの政策とプログラムである」、「少なくとも過去三十年間の新自由主義政策の方向転換が実行されなければならない」などと応答した。そして、「ドゥテルテ政権とCPPおよび革命勢力の同盟は、現在の武力紛争の核心問題であるところの国家主権や社会正義の原則にもとづいて実現されるのであり、これには真の農地改革の必要性、工業化と経済発展、雇用、米軍プレゼンスの終結その他が含まれる」とし、こうしたフィリピン人民が直面している問題について、NDFPとの和平交渉においてより全面的な論議を行うこと、合わせて労働者や貧農などの大衆組織と議論し、人民の要求に耳を傾けることをドゥテルテ氏に対して呼びかけた(五月十七日付けCPPプレスリリース)。
 並行して、新民族主義者同盟(BAYAN)などの民族民主主義派大衆組織は、大統領就任式前日の六月二十九日に「民衆サミット」を開催し、「変革のためのピープルズ・アジェンダ」と題された十五項目からなる民衆の政策要求をまとめあげた。その内容は、①(不平等条約の廃棄を含む)国家主権と領土保全の擁護、②人権の尊重と民主主義、③経済主権の再主張と民族的財産の保護、④民族的工業化の実行、⑤農地改革の実行、⑥労働者の賃金・生活条件の改善および民衆の生活水準の向上、⑦教育、医療、住居など社会サービスの拡大と公共部門の改善、⑧収賄・汚職の根絶と犯人の処罰、⑨軍事支出の削減、⑩愛国的、民主的、科学的、進歩的な教育・文化制度の促進、⑪性的平等の擁護および性差別との闘争、⑫天然資源の賢明な利用と環境保護、⑬少数民族の自己決定と発展の権利の尊重、⑭NDFPとの和平交渉の再開およびMILF(モロ・イスラム解放戦線)との和平交渉の完成、⑮独立した政策の追求およびすべての近隣諸国との緊密な協力の発展、である。BAYANなど民族民主主義派大衆組織は、これらを新政権が発足から百日間で実現すべき政策として提示し、翌三十日の大統領就任式の直後にドゥテルテ新大統領に直接手渡した。
 八月の第一回和平交渉の結果として、政府側とNDFP側がそれぞれに宣言するという形で実現された暫定的停戦を経て、CPPおよび民族民主主義勢力にとって和平交渉の焦点は、四百人以上にのぼる政治囚全員の早期釈放の実現へと移行した。これについてCPPは、それは最終和平協定を待たず迅速に実施されねばならないとして、和平交渉の政府側代表団に圧力をかけつつ、その実現に奮闘している。
 あわせて、和平交渉においてCPP―NDFPは、「社会経済改革に関する包括的合意」に向けた論議とその枠組みについて積極的に提起している。そこには民族的工業化や真の農地改革の実現の問題などが含まれる。第二回和平交渉の開始にあたってのNDFP声明(十月七日付け)は、「実質的な論議における次の議題である社会経済改革は、『和平交渉の要点』あるいは『和平交渉の核心』などと様々に報じられており、人民のなかに高い期待がある……なぜなら、それは進行中の武力紛争の根本原因のひとつ、すなわち失業、低開発、社会的不正義などに伴って広がる貧困の問題の解決を含むからだ」と述べている。
 CPPはまた、「ドゥテルテの下での支配階級の抗争と愛国的・戦術的同盟の展望について」と題する声明(九月二十四日付)を発表している。そこでは、過去数週間の間に支配階級内部の分派抗争―すなわち、ドゥテルテ派と旧与党の自由党を中心とする反ドゥテルテ派の抗争―が急速に煮詰まってきたとして、その背景に米国の干渉への反対を公に明らかにしてきたドゥテルテ大統領に対する米帝国主義のいらだちと介入策動の強まりがあることを指摘している。そして、革命勢力はこのような情勢に適切に対応しなければならず、「フィリピン人民の民族的・民主主義的な利益の前進と人民戦争遂行のための組織された武装力を築くという目的に沿った正しい戦術を採用しなければならない」として、以下のように述べている。すなわち、「ドゥテルテ陣営とNDFPとの愛国的・戦術的同盟は双方にとって有益である」「ドゥテルテ政権とNDFPとの間の和平交渉を通して形成されうる協定は、米帝国主義とフィリピンの支配エリート内部の米国忠誠派による政権転覆の脅威と介入に対する統一戦線の枠組みとして奉仕しうる」。
 この声明は次のように締め括られている。「ドゥテルテが米国の圧力に耐え抜き、権力を維持しうるかどうかにかかわらず、革命運動は自らの政治権力を維持しなければならない。これは主として、赤い戦士と銃の数に関して新人民軍(NPA)を強化し、人民民主政府(注・農村部の解放区における「革命的権力機構」)を建設・拡大し続けるすることによって実現される」。
 なお、同じ声明のなかでCPPは、ドゥテルテ政権による「対麻薬戦争」について、ドゥテルテ氏がそれを支配階級内部の分派抗争の道具として利用していること、それが国家暴力として麻薬売買の犠牲者でもある末端の麻薬使用者や密売人に主要に向けられていることを批判している。そして、麻薬問題の背景には失業と社会的絶望という解決しなければならない社会経済的根拠があり、上層部が麻薬売買にかかわっている警察や国軍を動員することによっては勝利することはできないと指摘している。そのうえで、人権問題を口実にした米国など諸外国の介入に反対するよう呼びかけている。

 ●3章 ドゥテルテ政権と流動するフィリピン情勢

 これまでドゥテルテ政権の発足以降の動向、および、それに対する民族民主主義勢力の態度・対応について概括的に見てきた。その特徴について、我々の見地を以下の三つの側面で提起する。
 第一に、ドゥテルテ政権の基本的な性格をめぐる問題である。
 ドゥテルテ氏自身の政治的性格は、ポピュリスト政治家として規定しうるだろう。彼は、長期にわたってダバオ市長を務めてきたという経歴からミンダナオを中心とした地方的な基盤を持っているが、依って立つ確固たる全国的な基盤、階級的基盤を持っているわけではない。
 大統領選の過程において、彼は歴代政権に対するフィリピン人民の怒りと不満を糾合して巨大な支持を獲得した。ドゥテルテ大統領を誕生させた主要因は、このフィリピン人民の現状変革への希求にある。と同時に、ドゥテルテ氏が支配階級の一定の部分からの支持をも得てきたことは事実である。「連邦制」への移行を通して地方政府の権限を強化するという彼の主張も、主要に地方に基盤を置く支配エリートたちの利害と合致するものとみなすことができる。その意味で、ある位相においては、ドゥテルテ政権の成立は―CPPが指摘するように―支配階級内部の抗争の反映であり、その結果でもある(これもまた階級闘争の全体状況を反映したものなのであるが)。
 ドゥテルテ大統領が獲得した人民からの巨大な支持を維持するためには、人民の利害に沿う諸政策を具体的に実行しなくてはならない。そしてまた、今のところ彼自身はそのような姿勢を見せてはいる。しかし同時に、ドゥテルテ氏自身が支配階級の一員であることは厳然たる事実であり、それゆえに不断にその政策に揺れ、不透明さ、非一貫性が生じることは避けられない。例えば、彼は契約労働(非正規労働)を廃止すると言明しつつも、アキノ前政権の主要な経済政策、すなわち新自由主義的経済政策は継承するとし、この相矛盾する二つの主張を並存させてきたのである。
 ドゥテルテ政権が人民の利害に沿う政策を実行しようとすればするほど、それは支配階級との間での矛盾を拡大し、大資本家、地主、国軍エリートを含む旧来からの支配層による巻き返し策動が強まることが予測される。人民の側に立つのか、それとも、支配階級の側に立つのか、ドゥテルテ氏が今後どちらに傾くのか、その決定要因は階級的力関係、つまりは人民のたたかいの前進にかかっている。
 第二に、ドゥテルテ政権の存在と政策が日米帝国主義のアジア支配に与える影響についてである。
 大統領選の結果が明らかになった直後、ゴールドマン・サックスやJPモルガンなど米国の証券会社のアナリストは、ドゥテルテ氏がアキノ前政権の主要な経済政策を踏襲し、また、治安対策を進めることで投資環境がより安定するという趣旨で、彼の当選を歓迎するといった評価を出した。しかし今日、帝国主義にとってはそのような楽観的情勢ではなくなってしまっている。
 二〇一四年四月の米比防衛協力強化協定の締結に示されるように、フィリピンは米帝国主義による中国包囲を念頭に置いたアジア・リバランス(再均衡)戦略の最重要環のひとつであった。しかし、ドゥテルテ大統領は「独立外交政策」を掲げ、日を追うごとに米国に対する批判を強めている。彼はミンダナオに駐留する米軍の撤退、米比合同軍事演習の中止、米比防衛協力強化協定の見直しさえ示唆している。ドゥテルテ氏自身は、そのように主張することで、フィリピンを含むASEAN諸国および南中国海をめぐる米国と中国の利害対立・矛盾を利用して、フィリピンの独自の外交的位置を確保しようとしているように見受けられる。
 このようなドゥテルテ政権の動向は今、米帝国主義を大いに慌てさせている。それがさらに明確化・具体化していくならば、自らのアジア太平洋支配にとって強力な打撃となり、この地域における軍事戦略の大きな見直しを強いられる事態へと発展するからだ。現在はドゥテルテ大統領による対米政策変更を示唆する発言を、外務大臣や国防大臣など他の閣僚や報道官がその都度すぐに打ち消すといった状況であるが、しかし、ドゥテルテ氏自身のフィリピン・ナショナリズムからする米国批判はかなり堅固なものと思われる。
 こうした状況のなかで、日本の安倍首相は日比首脳会談において、米帝国主義・オバマ政権に代わって、フィリピンと米国との軍事同盟関係の重要性を説くという役回りを演じた。大統領選でアキノ前大統領の後継候補であったロハス氏を支持した在フィリピンの日系ビジネスサークルは、いま懸命にドゥテルテ政権との関係を構築しようとしている。同時に、自衛隊の駐留のための日比訪問軍協定の締結策動など、フィリピンは領土・領海問題を利用した日本帝国主義―安倍政権による自衛隊の海外展開態勢の構築・強化のための重要環でもある。ドゥテルテ政権の今後の動向は、日本帝国主義の軍事的野望にとっても大きく影響する。
 米帝国主義は今はまだ様子見の側面が強いが、事態がさらに進展すれば、政権転覆策動を含めた対応を強めることは確実である。ドゥテルテ政権がそれに耐え抜けるのかどうか。ここでも大きな意味を持つのは人民のたたかいの前進である。
 第三に、新政権の下でのフィリピン革命勢力―民族民主主義勢力のこれまで態度と実践についてである。
 ドゥテルテ政権の動向がフィリピンおよびアジア太平洋地域の情勢にもたらす影響を正しく捉えていくことは重要な問題である。しかし、われわれが最大の関心を払って見守っているのはむしろ、その流動し変化する情勢にフィリピンの革命勢力がどのように対応し、いかにしてたたかいを前進させていこうとしているのか、という点にある。
 そのフィリピン・ナショナリズムにもとづく主張など、ドゥテルテ氏のスタンスが民族民主主義勢力と一定の親和性をもっているのは明らかである。それゆえ、彼らはその代表を新政権の閣内へと送り込みさえした。
 民族民主主義勢力はこのかん、農村部での武装と解放区建設を維持しつつ、ドゥテルテ政権の積極面を評価して、帝国主義と旧来からのフィリピン支配層に対抗する「戦術的同盟」を形成してきた。大衆運動としては十五項目の政策要求を掲げ、新政権にその実現を要求するかたちでたたかいを進めている。また、米比合同軍事演習に対するたたかいなど、反米軍闘争を引き続き推進している。民族民主主義勢力はまた、和平交渉において予定される社会経済改革に関する包括論議をいわば「もうひとつの革命の演壇」として、自らの主張を訴え、革命の大義の下に人民を組織していく一環として活用しようとしている。
 総じて、フィリピン革命勢力―民族民主主義勢力は、従来からの基本路線を堅持しつつ、ドゥテルテ政権の発足を有利な条件と捉えて、その下で人民の利害に沿った政策の実現と勢力拡大を追求している。ドゥテルテ大統領との「同盟」は、あくまで戦術的レベルのものとして設定されている。このような態度と実践は、現在の条件の下では適切な選択だと評価しうるだろう。と同時に、それはフィリピン革命運動のさらなる発展に向けた新たな課題をも内包するものである。

 ●4章 新たな課題に挑戦するフィリピン革命運動に連帯を

 われわれは共産同(統一委員会)の前史を含めて三十年近くにわたって、フィリピン革命運動への連帯を揺らぐことなく組織してきた。フィリピン革命運動に関する我々の基本的見解については、『戦旗』(二〇一〇年十月二十日号)に掲載した論文「フィリピン革命運動への連帯戦をさらに強化しよう―CPP路線へのわれわれの現在的評価」を参照してほしい。
 フィリピン共産党(CPP)は一九六八年の結党以来、マルコス独裁政権とたたかい、その後の反動政権および帝国主義と対峙し、分裂の試練をくぐり抜けて、武装した反帝民族解放―社会主義革命運動を前進させてきた。われわれはその苦闘に連帯し、日比の歴史的・現在的な関係を踏まえつつ、反帝国際共同闘争の実践を共通の基盤にして、当面する共通目標である帝国主義の打倒と国際共産主義運動の再生を勝ち取っていかねばならない。日系資本のフィリピン侵出による現地の労働者人民からの搾取・収奪が継続し、日本帝国主義がフィリピンを橋頭保にして自国軍隊の海外展開態勢を構築・強化しようとしている現在、フィリピン人民のたたかいへの連帯は日本階級闘争の国際主義的発展にとってますます重要になっており、その革命運動への連帯は日本の共産主義党・革命党にとっての必須の任務となっている。
 フィリピン革命運動は今、新たな条件の下で挑戦すべき新たな課題に直面している。
 「ドゥテルテがフィリピン共和国大統領になることによって、フィリピンという従属国は初めて、米帝国主義に完全には恩を受けているわけではない人物によって率いられることになった」(五月十五日付け声明)とCPPが述べているように、ドゥテルテ政権は確かにCPPがこれまで対峙してきた政権とは異なる性格をもつ政権である。すなわち、その民族主義的立場による米国に対する批判、人民の利害に沿った政策への一定の志向性を持っていること、そして実際にNDFPとの停戦に踏み出したこと、などである。これらは革命運動にとって有利な条件であるが、そのなかに新たに挑戦すべき課題が内包されているということである。
 第一に、これまでとは異なる性格をもつ新政権の下で、フィリピン革命の実現に向かって、いかにしてたたかいと勢力を前進させていくのかという課題である。
 フィリピンにおける革命運動―民族民主主義勢力のたたかいは、農村部での武装闘争から、各階級層の大衆運動展開、議会闘争から閣内における活動まで、きわめて重層的な展開を伴うに至った。それゆえに、CPPにあっては、これらを正しく統合して革命運動を推進することが問われることになった。新たに生まれた条件を活用しつつ、閣僚をも送り込んだ勢力として、いかにして人民の要求を可能な政策として実現していくのか、同時にそれと並行して、いかにして革命勢力を拡大していくのか、ということが新たな課題として浮上している。
 もとよりフィリピンにおける大資本家・地主の支配は変わっておらず、その支配を一掃することなしにいかなる政権の下でも、根本的な社会変革を実現することはできない。左派と右派が混在する現在の状況からしても、政府内での活動が限界を持たざるを得ないことは明らかである。例えば、民族民主主義勢力が大臣に就任した農地改革省は農地転用に関して二年間のモラトリアム(停止)を通達したが、それはすぐさま閣内の右派勢力からの抵抗に直面している。
 こうしたなかで、フィリピン革命勢力にとっては、人民の要求をできる限り政策として実現するためにたたかうと同時に、ドゥテルテ政権の意義と限界、あるいは評価と批判を明らかにしつつ、革命の大義の下へと人民を組織していくことが求められることになる。一定の有利な条件を活用して、各階級層において革命勢力―民族民主主義勢力をいかに拡大できるのか、このことがリアルに問われている。
 また、ドゥテルテ政権が人民の利害に沿った政策を進めていくならば、支配階級および帝国主義からのクーデターを含む政権転覆策動が強まるのは必至であり、軍隊や警察など支配的機構の内部での工作を含め、これと対峙しつつ運動と勢力を前進させていくという課題が浮上している。
 第二に、停戦の成立という条件の下で、いかにして武装闘争――農村部における人民軍と解放区建設――を堅持し、強化・発展させていくのかという課題である。
 停戦の成立といっても敵対する勢力の武装が解除されたわけでない。地方においては国軍側によって停戦は無効となったという宣伝がされているという報告がいくつかある。また、新政権の発足あるいは停戦の成立以降も何者かによる活動家の暗殺事件が発生し続けている。
 ドゥテルテ大統領が確固とした組織・政党を背景にした人物でないがゆえに、その後に同様な立場を取る政権への継承が考えにくいことを含めて、武装の堅持・強化は必須であり、それはまったく正しい。問題はそれをいかに実現していくのか、ということにある。また、停戦の成立による戦闘任務の軽減という条件のなかで、政治的軍隊あるいは武装した人民工作部隊としてのNPAの活動を、農村部における解放区建設の内実の強化へとどのように結びつけていくのかも問われている。農村から都市を包囲する持久的人民戦争路線を採るとき、解放区建設のありようは新たな社会の建設との関係でも問われる点だからである。
 これらの点については、ネパールの毛沢東主義派の教訓が示唆的である。彼らは政府軍との対峙状況まで武装闘争を急速度に発展させながらも、王政打倒の実現以後は、政府軍の体制がそのまま残っているにもかかわらず人民軍を解体し、農村部の人民政府についても解散して既存の地方的行政機構へと溶解させた。自立した武装力を喪失した毛派は、政権の座には着いたものの思い切った政策を採りえず、やがて政権からも降り、いまや他の民主主義党派と変わらぬ実体となってしまった。
 そこには、武装の堅持の問題と共に、建設すべき革命的軍隊の政治的質、創出すべき革命的権力機構の内実の問題がある。それはまた、ある側面においては、今ここにあるたたかいのなかから労働者階級人民を資本主義・帝国主義を打倒し新たな社会を建設する担い手へと高めていくというすぐれて階級形成の問題として、CPPのみならずわれわれ自身にとっての教訓であり、課題でもある。
 第三に、米帝国主義およびすべての帝国主義との闘争、そして、全世界の反帝国主義勢力との連帯実践の強化をいかに勝ち取っていくかという課題である。
 これまで見てきたように、ドゥテルテ大統領はそのフィリピン・ナショナリズムの立場から、米帝国主義のフィリピン介入を批判し、対米関係の見直しを示唆している。フィリピン革命勢力―民族民主主義勢力は、このような条件を徹底的に活用し、フィリピンからの駐留米軍の再度の撤退を実現するために奮闘し、そのことで全世界の反帝国主義勢力を鼓舞しなければならないし、実際にそのようにたたかいは進められている。
 同時に、ドゥテルテ大統領は、例えば日比首脳会談における日本帝国主義・安倍政権に対する融和的な姿勢に示されるように、その言動はかならずしも反帝国主義という立場によって規定されているとはいえないものである。そうした状況のなかで、日本帝国主義への警戒の喚起と闘争を含んで、すべての帝国主義に対する闘争を推進し、かつ、全世界の反帝国主義勢力、革命勢力との連帯実践を原則的に発展させていくことが改めて課題として浮上している。この点では、われわれの側からも、自国帝国主義の打倒に向けたたたかいを基礎にした反帝国際共同闘争を推進していくことがきわめて重要であることは明らかである。
 第四に、いかなる国家、いかなる社会を現社会に代えて建設してゆくのかということをより明確にしていくという課題である。
 これはソ連・東欧の「社会主義」の解体、スターリン主義国家論の批判的総括から由来するものであり、現政権下での課題というよりも、むしろCPPにとっての綱領的課題であるのだが、既存の国家と社会に代わって、いかなる国家、いかなる社会を建設してゆくのかという領域の問題である。それがわれわれにとっても共通の課題であることはいうまでもない。
 和平交渉において、CPP―NDFPは「社会経済改革」を俎上にのぼらせようとしているが、それはそのための具体的な政策をより明確にしていくという課題と共に、何によってそれが実現されうるのかという課題をも浮上させる。この点では、すでに挙げた課題とも関連するが、コミューン、ソビエトの内実をもった地域人民権力組織をいかに形成していくのかということがポイントとなる。その建設に支えられてこそ、ブルジョア国家機関ともスターリン主義的国家機関とも分岐した、「できあいの国家機構」とは異なるプロレタリア独裁権力を樹立しうるのである。
 CPPが直面している問題は、世界革命運動―国際共産主義運動にとっての新たな戦略的挑戦である。われわれは反帝国主義闘争をさらに推進しつつ、そのたたかいに固く連帯しなければならない。


 

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