ホーム   手紙一覧にもどる

                                             
 
ロラとの交流、そして私たちの女性解放

2020年5月
                                                                                 

                                              

                                         (在関西AWC日本連会員)

 さる三月六日から一〇日にかけて、AWCのフィリピン訪問に参加した。その訪問の二日目にあたる三月七日、リラ・フィリピーナ事務所(ロラの家)で、ロラの方々と交流できる機会に恵まれた。その経験を通して感じたことと、女性解放についての個人的な意見を記しておきたい。
 今回の訪問で、二人のロラ、ナルシサ・クラベリアさん(八八歳)とフェデンシア・ダビッドさん(九三歳)にお会いできた。高齢であるにもかかわらず、お二方とも自分で歩いておられた。リラ・フィリピーナのコーディネーター、シャロンさんから、近年のフィリピンでのロラたちの運動の経過や現状についての簡単な説明を受け、質疑応答をしながら、交流の時間を持った。
 最も印象的だったのは、フェデンシア・ダビッドさんが「自分はまだそれほど歳を取ってはいない。自分はやらなければならないことがたくさんある」と強く言っておられたことである。今までも、旧日本軍による性奴隷制度の被害者の方々が、厳しい現状のなかでも絶対に屈さず、闘いつづけていることは分かっているつもりではあった。しかし、その意志の強さ、闘う主体としての力強さを、ここまで間近に感じたのは、初めてだった。
 思えば、私は「慰安婦」制度の被害者のハルモニの講演会に参加したことはあっても、直接あいさつ以上の言葉を交わした経験はなかった。直面する状況が厳しいのは事実だが、被害当事者であるロラが、高齢であっても、これほど強く闘う意志を持ち続けているのだから、私たちは現状を嘆いては絶対にいけないと、あらためて思った。
 今回、短い時間ではあったけれども、このようにロラの方々と言葉を交わし、同じ時間を共有できたことは、私の人生のなかでもっとも大切な経験の一つになった。その場でも感動して泣きそうになった。時間の都合で、お二人のロラの受けた被害や、これまでの人生について、詳しく聞くことができなったのは残念ではある。だが、お二人のしごく当然の怒り、悲しみ、そしてあきらめずに闘うのだという意志は、その場にいた日本からの仲間全員、受けとめただろう。
 しかし、もっとも重要なことは、私たちがこの課題にどう向き合うか、ということである。それは、今回お会いできたお二人への私たちの態度であり、すべての旧日本軍性奴隷制度被害者の方々に対する態度であるともいえるだろう。
 「慰安婦」制度の問題において、日本人は、日本人の責任として、この闘争をより主体的に担っていかなくてはならない。それは当然のことであるが、私たちの立場としては、この闘いを、以下のものとして位置付けて闘わなくてはならないと考える。@帝国主義に対する闘い(朝鮮半島植民地支配、アジア侵略に対する闘い)、Aプロレタリアートの闘いとしての、女性への性暴力・差別・抑圧との闘争、B女性解放の闘い、である。
 日本の女性解放のコンテクストのなかで、軸に据えなければならないものは、「慰安婦」制度の闘いであると私は考えている。なぜならば、私たちは、この闘いを通さずして、帝国主義国・日本の女性と、アジアの女性の真の連帯をつくることは不可能であるからである。そしてまた、「慰安婦」制度の問題と向き合うことなくして、日本のなかで国際主義に立脚したフェミニズム運動というものは創りえない。それらは当然、今、私たちが直面している外国人に対する差別排外主義、とくに外国人女性に対する暴力の問題に通じている。
 そしてまた、私たちはこの「慰安婦」制度の問題を、歴史問題として捉えるだけでなく、階級闘争としても推進していかなくてはならない。つまり、今のプロレタリアートの女性に対するあらゆる暴力、差別、抑圧との闘いをも含むものとして捉えるということである。
 旧日本軍による性奴隷制度の被害当事者の要求を全面的に支持し、その実現のために努力することは言うまでもない。だが、私たちはあくまで共産主義者として、その闘いへとより多くのプロレタリアートを組織し、女性に対する差別・抑圧の根源の変革を求める闘いにしていく必要があると思う。
 より具体的な私の提言は、「慰安婦」制度の問題を私たちの女性解放の実践の主軸として、実際の継続的なキャンペーンを進めることである。実際の闘争なくして、私たちが真にプロレタリアートの女性解放を推進していくことは不可能である。そして、韓国の「慰安婦」制度被害者だけでなく、朝鮮民主主義人民共和国、日本(在日コリアンをはじめとする在日外国人、日本人)、中国、フィリピン、インドネシア、オランダなどすべての被害者への謝罪と賠償を求める運動を展開していかなくてはならない。それが日本の共産主義者が女性解放闘争を担っていく上での責務である。
 そして、この闘争には、女性のなかでもっとも抑圧されている部分の人々が参加できる構造が必要不可欠である。それは、@外国人女性、A障害者女性、Bすべてのセクシャルマイノリティの女性、C性産業に従事している女性、D性暴力被害者・DV被害者女性などである。そして、男性の立場の人々も、この課題を自らの課題として捉え、闘争を主体的に担わなければならない。
 フェミニズム運動は、女性の中でも立場が様々であり、問題が複雑に思える部分もあると思う。しかし、私はそれほど難し「すぎる」ことはないと考えている。つまり、私たちにとって大事なことは、@帝国主義に対する闘い(朝鮮半島植民地支配、アジア侵略に対する闘い)、Aプロレタリアートの闘いとしての、女性への性暴力・差別・抑圧との闘争、でありつづける闘いを私たちがつくること、である。そして、日本人は日本人の責任としてこの闘争を担うこと。また同時に、セクシャリティ、ジェンダーなど、多様な個々人の立場を、大きな性差別構造、女性抑圧、労働者階級の抑圧の構造のなかで捉えたうえで、それぞれが自己解放闘争として主体的に闘うことである。それこそが帝国主義のフェミニズムを乗り越えることにつながっていくと思う。そして、このような実践を持って初めて、私たちが掲げる「女性解放」が抽象的理想の範疇から抜け出した、現実の基盤の上での女性解放闘争になるだろう。



    
    

 

当サイト掲載の文章・写真等の無断転載禁止
Copyright (C) 2006-2007, Japan Communist League, All Rights Reserved.