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■寄稿(2008年5月)



  4・17自衛隊イラク派兵違憲訴訟

  名古屋高裁判決の画期的な意義について


                   
自衛隊イラク派兵違憲訴訟原告 T・N生




 
全国の十一都道府県十二訴訟、原告五千七百名、弁護団八百名という規模で展開された自衛隊イラク派兵違憲訴訟の名古屋高裁判決で、ついに憲政史上画期的な違憲判決が下された。私は自衛隊イラク派兵違憲訴訟原告の一人としてこの判決を全国の原告・弁護団と共に無上の喜びをもって迎えた。その全面的な評価は今後多方面から総合的になされるだろうが、『戦旗』編集部からの要請に応えて私なりにこの判決の持つ歴史的な意義について報告させていただく。



  ●1章 イラク派兵は違憲、平和的生存権は具体的権利


  ▼1章―1節 しっかり組み立てられた違憲判決


 名古屋高裁青木邦夫裁判長は、自衛隊イラク派兵の差し止めなどを求めた原告千百二十二名の訴えに対し「航空自衛隊がイラクで現在行っている、多国籍軍の武装した兵員を戦闘地域であるバグダッド空港へ輸送している活動は、他国の武力行使と一体化したものであり、イラク特措法二条二項、同三項、かつ憲法九条一項に違反する」という画期的な判断を下した。

 名古屋高裁はこれまでの政府側の憲法解釈に立ち、イラク特措法成立時の国会答弁などを踏まえイラク特措法が合憲であるとした上でも、航空自衛隊のイラクでの活動はイラク特措法と憲法九条一項に違反するとの判断を下した。ここでは政府の憲法解釈、国会答弁に完全に依拠してイラクでの空自の活動は憲法違反であるとしており、たとえ上告されても政府が容易に覆す事のできない、法的にも安定した組み立てになっている。福田首相や他の閣僚も憲法違反であるという判断について正面から批判する事ができないのだ。


  ▼1章―2節 憲法判断から逃げまくる裁判所


 これまで日本の裁判所は憲法九条をめぐる裁判において「統治行為論」を根拠にして憲法判断を避け続けてきた。そのきっかけとなったのは一九五七年の「砂川事件」の上告審判決である。原審東京地裁伊達裁判長は「在日アメリカ軍は戦力にあたり、また日米安保条約の極東条項は違憲である」と判定し、全員無罪の判決を下した(伊達判決)。最近米公文書館の記録から判明した事実では、この時米政府が直接日本の最高裁に圧力をかけ、検察に前例のない「跳躍上告」をさせ最高裁で逆転有罪判決を下したのである。その時「安保条約の様な高度の政治性を有する事項は、純司法的機能を使命とする司法裁判所の審査には原則としてなじまず、一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外にある」として憲法八一条で違憲審査権が裁判所に与えられているにもかかわらず、最高裁は政府の安保政策を黙認すべく自らその責務を放棄してしまったのである。

 一九七三年、北海道長沼町での航空自衛隊の「ナイキ基地」建設に反対する住民がおこした裁判で、一審札幌地裁は「平和的生存権」を認め、自衛隊は憲法違反であるとして処分を取り消すという戦後初めての自衛隊違憲判決が出された。ところが高裁は「統治行為論」に基づき住民敗訴とし、最高裁も上告を棄却した。このように日本の裁判所では、戦後一貫して憲法九条に関する判断が求められる裁判では、門前払い判決が続いてきた。


  ▼1章―3節 バグダッドは戦闘地域と認定


 しかし今回の名古屋高裁判決は自衛隊のイラクでの活動を「一見きわめて明白に違憲無効であると認め」たのである。すなわち自衛隊のイラクでの活動を証拠に基づき慎重に判断し、イラク特措法二条二項(武力による威嚇又は武力の行使に当たるものであってはならない)二条三項(自衛隊の活動は非戦闘地域に限られる)違反であり、かつ憲法九条一項違反であると結論づけたのである。

 イラク特にバグダッドの現実は誰が見ても連日戦闘活動が行われている戦闘地域であり、空自C―130輸送機はバクダッド上空ではミサイル攻撃に反応する「フレア」を日常的に放出せざるを得ないというぎりぎりの離着陸を繰り返している。たまたま幸運にも撃墜を免れている状況といえる。

 空自は米軍の兵站活動を取りやめ、直ちにイラクから撤収する他ないのだ。


  ▼1章―4節 平和的生存権は具体的権利である


 この判決の持つ画期的意義のもう一つは、平和的生存権を具体的な権利として正面から認めた事である。日本国憲法前文に「われわれは、全世界の国民が、等しく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有する事を確認する」と述べている。この「平和のうちに生存する権利」が平和的生存権であり、九条と一体になって徹底した平和主義の憲法原理を形作っている。

 判決は次のように判断した。「控訴人等が主張する平和的生存権は、現代において憲法の保障する基本的人権が、平和の基盤なしには存立し得ない事からして、全ての基本的人権の基礎にあってその享有を可能ならしめる基底的権利であるということができ、単に憲法の基本精神や理念を表明したものにとどまるものではない」。「法規範性を有するというべき憲法前文が『平和のうちに生存する権利』を明言している上に、憲法九条が国の行為の側から客観的制度として戦争放棄や戦力不保持を規定し、さらに、人格権を規定する憲法一三条はじめ、憲法第三章が個別的な基本的人権を規定している事からすれば、平和的生存権は憲法上の法的な権利として認められるべきである」。「そして、この平和的生存権は、(中略)裁判所に対してその保護・救済を求め法的強制措置の発動を請求しうるという意味における具体的権利性が肯定される場合があるということができる」。

 「たとえば、憲法九条に違反する国の行為、すなわち戦争の遂行、武力の行使等や、戦争の準備行為などによって、個人の生命、自由が侵害されまたは侵害の危機にさらされ、あるいは、現実的な戦争などによる被害や恐怖にさらされるような場合、また、憲法九条に違反する戦争遂行などへの加担・協力を強制されるような場合には(中略)裁判所に対し当該違憲行為の差し止め請求や損害賠償請求などの方法により救済を求める事ができる場合があると解する事ができ、その限りでは平和的生存権には具体的権利性がある」。

 長々と平和的生存権に関する判決内容を紹介したが、これは今まで日本の裁判官が誰一人として語ろうとしなかった内容で、この一字一句が我々の闘いで即使える武器となる文言といえる。



  ●2章 名古屋高裁判決の画期的な意義


  ▼2章―1節 平和的生存権はどのようにして権利性を獲得したか


 平和的生存権は必ずしも憲法成立当初から具体的権利として主張されたわけではない。一九六〇年代、安保条約改定により日本の軍事化が顕著になった時期からであり、裁判としては恵庭裁判(北海道恵庭町で、自衛隊演習場近隣で酪農家兄弟が騒音により牛乳生産量が落ちたとして一九六二年十二月に自衛隊の通信回線を切断、防衛器物の損害で起訴された裁判)で初めて登場し、更に七三年の長沼ナイキ訴訟第一審札幌地裁判決で平和的生存権を根拠にして保安林指定解除の違憲性を認めた判決が出された(高裁、最高裁で敗訴)。

 それ以降一九九〇年代に入り第一次湾岸戦争に掃海艇派遣など自衛隊が参戦する事態に直面し、更にPKOなどで自衛隊の海外派兵が始まった事から全国各地で市民平和訴訟が開始された。しかしこの時点では平和的生存権の裁判規範性は全ての判決が否定した。

 9・11をきっかけにして米英が開始したアフガニスタン、イラク戦争への武装した自衛隊の派兵、すなわち参戦という事態を迎え、自衛隊イラク派兵差し止め訴訟が全国の裁判所で開始され、平和的生存権は注目される事となる。全国十一裁判所・十二訴訟が始まったが、当初は従来通りの門前払い判決が続いた。「平和とは、理念ないし目的としての抽象的概念であって、具体的権利として認める事はできない」(名古屋地裁内田判決)などの判で押したような判決が各地で出された。

 ところが二〇〇七年三月二十三日の名古屋訴訟第七次訴訟(田近判決)を前後して変わり始めた。田近判決は名古屋高裁判決の原型となる内容を含んだものだった。「平和的生存権は、具体的権利性を有する場面がある」「憲法九条に違反する国の行為によって生活の平穏が侵害された場合には損害賠償の対象となりうる」と判断した。

 その他大阪地裁判決、熊本地裁判決など平和的生存権に関わる原告の主張に酌量の余地があるとする判決が続く事となった。


  ▼2章―2節 イラク戦争の現実が裁判所を変えた


 政府が指名する最高裁長官に人事権を握られ、国策に反する判決を書くような裁判官は左遷の憂き目にあう官僚組織に変質している裁判所で、ここまで憲法に忠実な判決を書いた三名の裁判官の勇気は高く評価する事ができる。ではここまで裁判所に踏み込ませた動機は何であったのであろうか。それはイラクへの自衛隊派兵がこれまでの海外派兵とは質的に大きく変化し、戦場への自衛隊の参戦となっている事実に裁判官としても目をつぶる事が出来なくなったからといえるだろう。



  ●3章 政府の「傍論」批判の欺瞞性


 今回の判決主文では控訴棄却となり原告は敗訴している。裁判所は平和的生存権を認めてその尺度で測ってみて原告の権利・利益の侵害は裁判所で救済しなければならないところまでは至っていないという判断である。しかし敗訴した原告が上告せず、勝訴した国には上訴する資格がない事からこの判決は確定した。

 憲法九条違反であるという名古屋高裁判決に対して、政府は憲法違反ではないと言うのであれば、直ちに真正面からきちんと国民に分かるように反論すべきであった。ところが政府から出てきたのは「傍論」だから無視しても良いというものであった。

 「傍論」とは「判決において表された裁判官の意見のうちで、判決理由には入らない部分」のことをいうのであるが、この判決における憲法判断は金一万円の国家賠償請求に対する「判決主文」(損害の有無の判断)を導くために必要な違法行為の有無に関する認定部分であり、「判決理由」として不可欠の要素というべきだというのが法律家の見解である。

 福田首相は「違憲の判断をしたのは傍論、ワキの論。判決は国が勝っている」と述べ「(判決は)暇でも出来たら読んでみますよ」(高村外相)、「そんなの関係ねぇ」(田母神幕僚長)などこの判決を無視する発言が相次いだ。こうした発言は実は政府が相当追い込まれている事の反映でもある。裁判所の憲法九条一項違反という判決に対して、正面から反論してみせる事も出来ず、せいぜい「バグダッド空港には民間機も着陸しているから戦闘地域ではない」(町村)と泣き言を言うのが精一杯である。政府の狼狽ぶりは手に取るようだ。それにしても、ほかならぬ政府の行為に対する憲法判断が示されたのであるから、曲がりなりにも立憲主義を標榜するならば、政府はこれを無視することなどできはしない。というニュアンスで。

 これで民主党・公明党を巻き込んで成立をねらう「自衛隊海外派兵恒久法」の今秋臨時国会への提出にも赤信号が点滅し始めており、来年一月に期限切れとなるテロ特措法、来年七月のイラク特措法の延長がきわめて難しくなる事は必至だ。



  ●4章 自衛隊海外派兵恒久法を廃案へ追い込もう


 残された訴訟は北海道(控訴審)仙台、岡山(第一審)、熊本(控訴審)となった。これらの裁判では名古屋高裁判決を受けてどう闘うか真剣に検討されており、その成果を期待したい。さらにこの判決を現実の改憲阻止運動やその中心となる自衛隊海外派兵恒久法の国会上程を阻止する闘いに結びつける事が重要だ。違憲・違法な自衛隊のイラク・インド洋からの即時撤退をとことん要求しよう。憲法上の権利として確立された平和的生存権を武器に闘おう!


   
 

 

 

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