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■寄稿(2008年6月)



 労働運動再生の新機軸

  社会運動ユニオニズム

           
共産主義者同盟(蜂起派)  槙 渡



 ●「新たな貧困者」非正規・下層労働者



 一九九〇年代以降、グローバリズムに基づいた新自由主義的「構造改革」の下で労働市場の「規制緩和」――具体的には八五年制定の「労働者派遣法」が九九年、派遣業務の原則自由化、〇三年に派遣期間の制限緩和――が進められ、「雇用形態」が急速に多様化された(資本の側は柔軟化と称している)。その主な要因は、パートや派遣・契約などといった形の非正規雇用の急増だ。九〇年代前半では就労者のうち正規就労者が約八割を占めた。しかしその後、非正規就労者の割合が増え続け今や三人に一人を占めるに至った。日本の労働市場は、正規就労者がほとんどであった時代から大きく様変わりした。

 では、パートや派遣などの非正規雇用はなぜ増えたのか。その理由は、企業にとって賃金コストを抑え景気変動に応じて柔軟な「雇用調整」を可能にするのに、いつでも解雇できるように非正規雇用の増大が都合がいいからだ。つまり正規就労者に比べて非正規就労者は、低賃金で「使い捨て」可能な労働力と見なしているということだ。

 正規と非正規の労働者の賃金の格差を時給換算で比較すると、正規就労者の賃金を一〇〇とした時のパート就労者の賃金は五八、派遣は七六の水準にとどまる(日経)。しかも勤続年数が長期になるにしたがって賃金格差は、さらに拡大する。また、業務内容においてほとんど正規と変わらない働き方をしている非正規就労であっても賃金格差が生じている。業務内容に違いがあっても、その業務内容の差以上に賃金格差が大きいというのが実情だ。労働時間に応じた公正な賃金とはとても言い難い。こうした賃金格差にとどまらず処遇格差も大きい。企業内の福利厚生や社会保険、健康保険についても非正規の就労者には適用していない企業が多く、まったく不公正である。

 すでに欧州連合(EU)諸国では、パートタイム就労者が不利益になるような処遇を禁止しており、時間比例の原則による均等待遇が講じられている。日本の現行の社会保障は社会保険で運営されているので、保険料を拠出しなかった者を基本的に保障対象から排除・外している。社会保険は無条件の「弱者救済」制度ではなく、いびつな「排除原理」が働く制度なのである。広がる貧富の格差からみて最も深刻な問題は、最低限度の生活を保障し貧困を解消するはずの仕組みである社会保障システム自体が、たんに「機能不全」であるというだけにとどまっているのではなく、社会的権利、公的サービスにアクセスする権利を奪われ貧困に苦しみ生存を脅かされている人々――社会的排除を被っている人々――を増やす装置として機能しているということだ。新自由主義的な福祉削減政策の下でNPOをその補完役(パートナー)とした「自立支援策」(自助努力・自己責任の強調)が推し進められたことで、この国の社会保障―福祉を巡る論争は、思想的空白状態にあるといっても過言ではない。



 ●貧困・社会的排除と闘う社会運動を



 労働市場から「排除」された失業者や「半失業―半就労」状態にあるパート、派遣、契約、日雇などの不安定で低賃金の非正規就労の増大は、賃金ばかりではなく年金、医療、福利厚生、公的サービスなど社会保障面での格差、言い換えると社会的権利からの排除、社会的排除によって「生存権(生きる権利)」を脅かされた「新たな貧困者」を生み出しているのである。「格差」が社会的な関心を集めるようになり政治テーマにもなったのは、それだけ「貧困」問題が深刻になっていることの現れでもある。背景には、かつては格差是正の役割を担ってきた富の再分配、税制や社会保障のシステムを最小限にとどめる社会政策(その新自由主義的な転換)がある。

 いわゆる「ワーキング・プア」がその代名詞にもなった「新たな貧困者」の増大が社会問題化したのも、底辺労働力として日雇や派遣など日々雇用関係を結び直す、つまり日々労働市場から排除される失業と就労を繰り返す「半失業―半就労」の不安定な働き方を強いられる非正規の「下層労働者」が膨大に生み出されたからである。低賃金で働く彼ら彼女らには医療・年金・雇用保険もほとんどなく社会的排除にさらされながら困窮生活を強いられ、その中には安定した居住の場を失い「ホームレス」状態に陥った人も増えている。

 こうした貧困・社会的排除に抗し権利のために闘う社会運動もいまだ少数派ではあるが生み出されてきた。これまで貧困問題に冷淡だった労働運動の中からも「ワーキング・プア」の増大が社会問題化されるに至って、社会運動との連携を模索する動きが出てきた。それでも非正規の下層労働者の深刻な現状に無関心で「雇用の安全弁」としかみなしてこなかった労働組合――その多くが体制の受益者「正社員クラブ」とやゆされてきた体制内化した連合――とのギャップはいまだに大きい。貧困・社会的排除に抗し権利のために闘う社会運動との連携を通して(アメリカでは社会運動ユニオニズムと言われているように)、旧い殻を破らなければ、労働組合それ自体の存在意義を失いかねないということに気付いているのは極少数だ。

 ところが不安定で非正規の下層労働者の深刻な困窮生活――年収二百万円以下の労働者が一千万人を超えた現状――、「ワーキング・プア」(働く貧困者)や「ホームレス」の存在に光が当てられ、貧困や社会的排除の問題が、社会の底辺に周縁化(マージナル化)された少数者(マイノリティー)のみに関わる問題ではなく、多くの労働者が直面している(あるいは直面しかねない)社会的不公正・不平等を象徴する関心事となった。

 そして社会的排除との闘いが、「新しい社会運動」の主要なテーマとして認識された欧州で、キーワードとなったのが「不安定(プレカリテ)」と「新しい貧困」であった。九〇年代において「新しい貧困者」や失業者、移民、ホームレスへの連帯に力点を置いた社会運動が広がり、社会に大きなインパクトを与えた。そのことによって「社会的排除」という言葉は、社会問題を語る際の、また社会運動を担う上での、決定的なキーワードになったのである。またグローバリズム・新自由主義的な労働(雇用)政策に対する闘いの中で「プレカリテ(不安定)」と「プロレタリアート(貧民)」とをかけ合わせて「プレカリアート」という造語も生み出されたのである。



 ●問われる労働組合の存在意義



 日本の企業別労働組合の多くは、正社員(正規労働者)を中心にした全体の二割にも満たない組合員のためだけに存在していると言える。それは「世界の(労働組合運動の)非常識」に近い。国際的には「同一労働同一賃金」を目指して、企業や産業の枠を越えて同じ職場や同じ地域で働く「全ての労働者のために闘う」のが労働組合の常識だ。実際、組織率は一ケタ台で日本より低くてもフランスでは、労働組合が時には山猫ストを展開して闘いで得た成果は組合員だけではなく同じ労働に従事する全ての労働者に適用される。そうした闘う労働組合活動家を支えている社会的政治的ベースがある。

 グローバリズムの進展によって労働市場や労働(雇用)条件も国際化、多様化している。グローバリズムの特徴の一つである「労働力のグローバル化」は、中国やインド、旧東欧圏の世界経済への統合・参入によって、過去十年間で世界の労働市場に約二十億人の新たな労働力が供給され、労働者の実質賃金(労働分配率)を押し下げた要因の一つであると指摘されている。

 こうしたグローバリズム時代の労働者の有り様(その変容)に対応できない従来の日本的企業別労働組合では、すでに組合員の生活を守ることさえ難しくなっている。企業に守られ企業を守ってきた(資本の受益者となった)労働者には、そうした恩恵を被ることなく貧困に苦しんでいる人たちを同じ労働者としてなかなか理解できない。食べていけないほど貧しい人がいるのに、豊かな者は貧しい人たちのことを何も知らないし、知ろうともしない。貧乏人は金持ちのすべてを知っているのに。労働組合が貧しい「持たざる者」の味方になってほしいという期待を裏切り、自分たち組合員だけの狭い既得権益を守ることに終始するなら、労働組合の存在意義はない。また、貧困の背後にある社会的排除への着目が弱いまま、賃上げ(すなわち所得)のみで生活破壊が解決できるという思い込み、経済主義が、社会運動との連携を軽視したり、労働組合自身を「社会運動の支柱」へと脱皮させることを妨げてきた要因でもあったことを自覚する必要がある。こうした経済主義に呪縛された労働組合では、失敗から学び自己変革を決断するまでには長い時間がかかり容易ではない。だが労働組合自身が、はっきりと旧い殻から訣別し、労働組合の存在理由・役割を再定義して、社会運動的な労働運動、すなわち「社会運動ユニオニズム」へ転換・変革しない限り、労働者の未来への希望の担い手にはなりえないであろう。「労働運動の再生」を旧い殻の中に閉じ込めようとするなら衰退の危機に陥るのは避けられない。労働運動は、不安定な非正規労働者や失業者、貧困者との連帯へと力点を移し、「社会運動の支柱」へと自ら変わる必要がある。実際にアメリカの左派労働運動は、組合の狭い経済的利害から、新しい草の根の社会運動の構築へと路線転換を推し進めている。そして、有色人種や女性、移民など労働組合それ自体が排除してきたマイノリティーとの連帯を重視し、貧困や社会的不公正、経済的不平等と対決することによって、労働運動を再生させようという新しい組織戦略を提起している。

 昨年、日本の連合は、メーデーで「STOP! THE格差社会」を掲げ、定期大会でパートなど非正規労働者への支援に重点を置く運動方針を打ち出した。これまで自動車や電機産業など大企業の労組や自治労、日教組などの公務員労組が多数を占める連合は、正規労働者中心の体制内労組のナショナルセンターとして位置してきた。だが非正規労働者の増大や貧困が深刻化している状況の中で、既得権にしがみついてきた連合もやっと重い腰をあげ不安定な非正規労働者の問題に向き合わざるをえなくなったと言える。ある連合幹部は「自分たちの問題にしか取り組まない労組は、社会的信用を失い、そのツケは自分たちに回ってくる」と危機感を率直に語っている。(〇七年九月八日付『毎日新聞』)

 低賃金で不安定な非正規労働者と様々な壁を越えて連帯することができなければ、労働者は相互に分断され「使い捨て」を許すことになる。法を生かし権利を実現できるかどうかは、労働者自身の立ち上がり、怒りを組織して闘えるかどうかにかかっている。まさに労働組合は何のために存在し闘うのか、その存在意義そのものが今ほど問われている時はないのだ。

   
 

 

 

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