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 ■4・23 天神峰現闘本部裁判

  北原事務局長が3時間にわたる証言




 四月二十三日、千葉地裁民事第五部において天神峰現闘本部裁判が開かれた。反対同盟、支援あわせて八十名が結集し、裁判闘争をたたかい抜いた。

 前回三月十二日の法廷では、裁判長忌避の申し立てを自ら却下した仲戸川裁判長の暴挙に対する弁護団の抗議に対し、仲戸川を先頭に民事第五部の裁判官どもは、当事者である反対同盟と弁護団が不在のまま裁判を強行した。そして、次回の法廷をもって結審するという、悪辣極まりない宣言を行ってきた。一度は仲戸川自身が必要だと認めた証人調べを取り消し、結審すると言ったのだ。反対同盟のみならず空港会社までもが実地検証を求めている中で、実地検証を却下したと言い張るにとどまらず、反対同盟側の証人調べをも取り消し、結審するから最終弁論を行えと要求してきたのだ。

 反対同盟が正当性を証明する機会すら剥奪し、「裁判」の体すらかなぐり捨てた仲戸川の暴挙に対し、反対同盟と支援は怒りの反撃に立ち上がった。直ちに弾劾声明を発し、地裁前での毎週の情宣、千葉地裁所長に対する抗議行動に立ち上がった。この反対同盟の反撃を受けた仲戸川は、証人調べは認めるが時間を短縮して行うなどと姑息な対応をしてきたが、さらなる反対同盟の抗議を受け、四月二十日、従前どおりの証人調べを行うことを伝えてきた。仲戸川の立証制限を木っ端微塵に粉砕し、北原事務局長、萩原事務局次長、元永さんの証人調べをかち取ったのだ。

 今回の法廷において北原さんは毅然とした姿勢を貫いて、三時間に渡る証言を行った。戦争に動員された経験にはじまり、一九六六年七月四日に突然振り下ろされてきた閣議決定。これまで役所や政府などに申し入れなどしたことのなかった農民が集まって、運輸省に申し入れをし、話し合いを求めてきたが、政府は聞く耳を持たなかった。今でこそ政府―空港会社は「話し合い」などというが、はじめに話し合いを拒否したのは政府のほうだったという真実を明らかにした。そして空港反対闘争に立ち上がる中で、一九六六年に天神峰現闘本部が建設され、地権者である石橋に地代を払い続けながら、一九九〇年一月十六日に不当にも封鎖されるまで日直態勢をもって維持管理してきたことを証言した。そして、七一年に台所、八八年には鉄骨建物というように増築してきた経緯とともに、木造建物の屋根や柱は残しているし、台所は一階部分にあるだけなど、木造建物が現存し、また建物としての一体性もあることを明らかにした。そして、これらの事実について空港会社と争っているのだから、実地検証をしなければならないことを説得的に語った。

 裁判後の報告会において、北原さんは「言いたいことの十分の一くらいは言えた」とまだまだ語りきれてない様子だったが、次回の萩原さん、元永さんの証言につなげていきたいと述べた。さらに仲戸川の反動的訴訟指揮を打ちやぶり、前回の欠席裁判で空港会社側の証人として証言した石橋恵美子の反対尋問、現闘本部の実地検証を必ずかち取ることを全体で確認した。

 また、萩原事務局次長は、空港会社が四月二十二日に東峰部落住民に対し、北延伸の前倒しを通告してきたことを明らかにした。〇九年十月工事完了の予定だったが、五月末には工事を完了させ、十月下旬にも供用を開始するというのだ。新誘導路については、七月下旬から供用を開始し、旧誘導路を到着専用、新誘導路を出発専用にするという。そして、来年三月には発着回数二十二万回化していくというのだ。この前倒し計画は、三月に起きた貨物機の事故を反動的に総括したものであり、絶対に許してはならない。空港会社は、事故が起きた当日、危険な気象条件の中で暫定滑走路の運用を続けるばかりか、まったくの独断で深夜三時まで航空機を飛ばし続けたのだ。農家の頭上四十メートルを離着陸する暫定滑走路こそ、閉鎖しなければならなかったにもかかわらずだ。空港会社は事故を事故として捉えず、暫定滑走路の北延伸強行に利用し尽くそうとしている。このような北延伸強行を粉砕し、市東さんの農地、天神峰現闘本部を守り抜こう。

 次回の現闘本部裁判は六月二十五日の十時半からはじまり、萩原さんと元永さんの証言が予定されている。裁判闘争と現地闘争を一体のものとしてたたかう反対同盟とともに、千葉地裁に結集し、裁判闘争をたたかい抜こう。

 

 

 

 

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