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   ■ 5・14-15  

 
沖縄―「本土」貫き5月沖縄闘争闘い抜く




 ●5・14 沖縄

 軍港反対! キャンプキンザー包囲するデモ


 午前九時からの浦添軍港建設予定地でのフィールドワークに続いて、午前十時からキャンプキンザーを包囲するデモが行われた。主催は、軍港反対!浦添行動委員会。四十名以上の仲間が集まった。
 国立劇場横の緑地で集会が開かれ、まよなかしんやさんの歌とシュプレヒコールの後、キャンプキンザーにそって、国道五十八号線を元気にデモ行進。ゲート前では、止まって抗議の声をたたきつけた。デモ隊は、「浦添軍港建設反対」「普天間基地の即時閉鎖」「辺野古新基地建設阻止」「米軍は出ていけ」「すべての軍事予算を東日本大震災の被災者にまわせ」「原発も基地もいらない」と訴えた。アジア共同行動日本連絡会議の仲間も、浦添軍港建設に反対し、毎年行われるこのキャンプキンザー包囲デモに参加し、ともにたたかった。



 沖韓民衆連帯が集会

 韓国の反基地運動団体が参加


 五月十四日、午後二時から沖韓民衆連帯の主催で、アジアから基地をなくす沖縄集会が、「韓琉(はんりゅう)!ちむドンドン~基地・核に向き合うアジア民衆の国際交流~」と銘打って沖縄国際大学で開催された。
 この集会には、韓国の済州島から韓国海軍の新基地建設に反対する仲間たちと、一昨年岩国国際集会に参加した群山(クンサン)米軍基地に反対する活動家が結集した。
 集会の第一部として、済州島海軍基地汎道民対策委員会のホン・ギリョン執行委員長が、映像を使って、海軍基地建設の現状とその不当性を訴えた。六百六十世帯、千九百名が住む江汀(カンジュン)村に海軍基地建設を建設しようとする韓国政府の策動は、南北の緊張を高めるばかりか、中国や日本との軍拡競争に拍車をかけ、東アジアに一層軍事的緊張をもたらすものでしかない。しかも、村の生活や共同体はずたずたに破壊されようとしていること、また、さまざまな天然記念物となっている動植物の生息地帯にもかかわらず、こうした自然を破壊することを平気で行おうとしていることなどが訴えられた。
 韓国からは、駐韓米軍犯罪根絶運動本部、また、海軍基地建設に反対して支援活動を行っている「開拓者たち」からの参加もあった。
 済州島からの報告に続いて、しまばななさんのメッセージソング、さらに、集会の第二部として、沖縄からの現場レポートとして、辺野古、高江、普天間それぞれからの報告が行われた。辺野古からの報告では、安次富浩さんが、米国議会から出てきた辺野古新基地案を嘉手納統合案にきりかえるべきだという流れの意味するところは、辺野古でのたたかいの成果であると述べるとともに新たな県内移設案をさらに追いつめていくべきだと提起した。
 また、高江からは佐久間努さんが緊迫する高江のたたかいを報告し、七月工事再開策動を許さないたたかいに結集することを訴えた。
 普天間からは、島田善次さんが、普天間基地の即時閉鎖を訴えた。
 集会の第三部として、上関原発建設に反対してたたかっている小林エレキさんが報告を行った。小林さんは、本年一月に十日間山口県庁前でハンストを行った報告を中心に、上関原発反対に結集した生き生きとした若者のたたかいを報告した。
 集会は、韓国済州島における海軍基地建設とのたたかいと沖縄の反基地闘争が、ともに固く連帯してたたかっていく重要性を提起するものであった。最後に西尾牧師が集会のまとめを提起し、沖縄と韓国の反基地闘争のひき続く連帯を全体で確認した。



 「復帰」39年を問う集会

 新基地建設阻止、沖縄人民の自己決定権の確立を確認


 午後六時からは、5・15を問う沖縄行動の主催で、「復帰」三十九年を問う沖縄集会が浦添市社会福祉センターで開催された。
 まよなかしんやさんのオープニングコンサートの後、黒島善市さんが開会のあいさつ、基調講演を川満信一さんが行った。
 続いて、韓国から済州島海軍基地汎道民対策委員会のホン・ギリョン執行委員長とアイヌモシリから川村シンリツエオリパックアイヌさんと結城幸司さんが発言。琉球弧からの発言として、渡名喜守大さんらが発言。さらに、辺野古から安次富浩さん、宜野湾から島田善次さん、高江から佐久間努さん、泡瀬から小橋川共男さんからそれぞれ報告が行われた。
 集会の最後に、アイヌ民族歌舞団アイヌアートプロジェクトの仲間による演奏が行われ、沖縄日雇労働組合の仲間によるまとめの提起で終了した。
 集会を通して、「復帰」三十九年を迎えたが、基地を押しつけられている沖縄の現実はなにも変わっていない。集会では、普天間基地の即時閉鎖、辺野古新基地建設・浦添軍港建設・高江ヘリパッド建設の阻止、与那国島への自衛隊配備阻止などが訴えられ、また沖縄人民の自己決定権を確立し、来年の「復帰」四十年に際しての天皇来沖に反対することなどが訴えられた。この集会を主催した5・15を問う沖縄行動は、翌日に、5・15を問う国際通り道ジュネーを行った。



 「5・15を問う」デモ行進

 国際通りに反基地の声響く



 沖縄の「本土復帰」から三十九年を迎えた五月十五日。同日午前十時半から、那覇市中心部の国際通りにおいて、「5・15を問う」デモがおこなわれた。沖縄の反基地をたたかう勢力や「本土」から来沖した労働者、市民が参加した。
 デモ隊は、牧志公園をシュプレヒコールをあげながら出発。「日米安保を許さないぞ!」「辺野古に基地を作らせないぞ!」「メア発言糾弾!米軍は出て行け!」「先住民族の権利を認めろ!」。沿道を歩く市民や修学旅行の生徒たちが一斉に注目する。手を振って呼応する人もいる。
 「沖縄のことはアメリカが決めるのか、日本が決めるのか。沖縄のことは我ったあー沖縄人が決める!」。デモの先頭に立つ、まよなかしんやさんが叫んだ。そして、参加者全員で『沖縄を返せ』を歌いながら、国際通りを練り歩いた。
 国際通りを抜けた県庁前広場で、小集会がもたれた。労闘・労活評の仲間に続き、発言にたったAWC日本連・共同代表の白松哲夫さんは「沖縄と岩国、神奈川を結ぶ、反米軍基地闘争を今こそ強めよう。東アジアからの米軍総撤収をあくまで求めよう。東日本大震災で『がんばれ日本』と叫ばれ、震災で明るみになった矛盾がごまかされようとしている。私たちは、六〇年安保闘争後、運動が急速に落ち込んだ苦い経験を繰り返してはならない。十二月岩国国際集会への参加を呼びかけたい」と訴えた。



 ●5・15

 平和行進―県民大会の大成功をかちとる

 沖縄解放闘争の勝利へさらなる前進を



 普天間基地をただちに返せ!―「復帰」=反革命統合三十九年目にあたる五月十五日、沖縄人民の怒りが大爆発した。
 午前九時、宜野湾市役所構内で五・一五平和行進出発式が開始された。三十四回目を迎える今年の五・一五平和行進では、準備最終段階で三・一一東日本大震災が発生。被災地復旧・復興を最優先に今回は全国への派遣要請を見送り、沖縄単独の実施となった。しかし、どうだ。会場には早朝にもかかわらず定刻前に行進参加者で埋め尽くされ、熱気があふれ出している。また、全国一般全国協、自立労連など、自主的に参加した「本土」側労組の旗も数多く見え、連帯感を高めた。
 出発式をシュプレヒコールで締め、さあ出発だ。五・一五平和行進は、普天間基地を包囲するように普天間基地メインゲート前を通る北ウィング(七・一キロメートル)と、二〇〇四年米軍ヘリ墜落現場の沖縄国際大学を通る南ウィング(八・二キロメートル)の二コースで展開された。各コースとも千五百名以上の参加者で、長蛇の隊列が続いた。昨年豪雨の中の五・一六普天間基地包囲行動の記憶が鮮明に蘇る。まさに圧巻だ。「普天間基地を即時撤去せよ!辺野古新基地阻止!オスプレイ配備許さんぞ!」怒りのシュプレヒコールが響き渡った。途中、菊水青年同盟なる右翼反革命の街宣車が現れるが、行進団の熱気に押されスゴスゴと退散した。
 平和行進団を迎え入れた宜野湾市海浜公園野外劇場では、「平和とくらしを守る五・一五県民大会」が開催された。わが統一委員会行動隊と沖縄労共闘は、会場入り口で原発事故弾劾・日米軍事一体化粉砕!沖縄解放!を訴える断固たるビラ情宣活動を展開し、続々と結集する沖縄労働者・人民と戦闘的に合流した。
 そして、平和行進の熱気をそのままにシュプレヒコールで県民大会は始められた。冒頭、東日本大震災の犠牲者への黙祷がさなれた後、沖縄平和運動センターの崎山嗣幸議長が主催者あいさつをおこなった。崎山議長は、あくまで普天間基地の県内移設を画策・強行しようとしている日米両政府を厳しく弾劾、普天間基地の即時返還と、新防衛大綱による自衛隊の宮古・八重山への配備を断固阻止しようと力強く訴えた。
 伊波洋一氏の後継として昨年末当選した宜野湾市の安里猛市長は、返還合意から十五年、沖国大ヘリ墜落事件から六年経過したが、普天間基地の危険性は何ら解消されていない。県内移設では解決しない、普天間基地の即時返還をかちとろう、と訴えた。大会では、稲嶺進名護市長からのメッセージも紹介された。
 さらに、平和フォーラム・藤本泰成事務局長、社民党県連・新里米吉委員長、社大党・糸数慶子委員長があいさつをおこない、また、安次富浩ヘリ基地反対協共同代表、高江ヘリパットいらない住民の会・伊佐真次氏、さらには宮古島への自衛隊配備反対を展開している宮古実行委員会・下地朝夫代表が、それぞれ闘いの現場からの訴えをおこなった。とくに、嘉手納統合案―県内移設で公然と沖縄内部の分断を図っている国民新党幹事長・下地幹郎への批判と弾劾がなされたことが特徴的であった。 
 大会では、米軍再編予算を復興支援に組替えよ、日米合意を撤回し、辺野古新基地建設・高江ヘリパット建設を断念せよ、防衛大綱による宮古・八重山への自衛隊配備・増強を中止せよ、という内容が盛り込まれた大会決議が採択された。そして、小雨がぱらついてくる中、新たな闘いの創造と前進をかちとるため、結集した三千三百人の唱和で団結ガンバローを三唱し、集会を終えた。五・一五闘争の大勝利を受け、日帝―菅民主党政権打倒!へ進撃しよう。



 ●5・14  東京

 東京でも一坪・関東ブロックが集会

 沖縄から高里鈴与さんが発言



 沖縄反革命統合三十九ヵ年を糾弾する5・15闘争が、沖縄現地闘争と結合して「本土」でもおこなわれた。五月十四日夜、東京・池袋で「~基地建設・自衛隊強化は沖縄差別だ!~沖縄『復帰三十九年』を問う5・14集会」が、沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックの主催で開催された。
 主催者あいさつでは、東京における沖縄青年運動の一環として、この5・15を取り組んできたこと、現在、沖縄では独立をも辞さず自己決定権を行使しようという動きが出てきていることを明らかにし、「ヤマトゥのみなさんと真に連帯していきたい」と訴えた。
 沖縄からは、基地・軍隊を許さない行動する女たちの会・共同代表の高里鈴与さんが発言した。
 高里さんはこの一年間の沖縄に関する動きにふれ、「九五年の状況は、沖縄の怒りを呼び起こす役割を果たした。その後、沖縄戦に関する教科書問題、そして、一〇年四月二十五日の県民大会。もうこれ以上譲ることはできないという県民の気持ちが表明された。これが、辺野古『非現実的』発言につながっている」とし、「密約にしても、差別発言にしても、これまでは隠されてきたし、うやむやにされてきた歴史がある。これが変わってきて、この間に明らかになった事実がいくつもある。いろいろな現実が明らかになった中で、4・28(五二年四月二十八日、講和条約と日米安保条約が発効した。沖縄は米軍施政下に入った。沖縄にとって『屈辱の日』。人間として当然持っているあらゆる権利が剥奪された、『人間でなくなった日』)に『人間でなくなった社会』から、当然の権利を持つ『人間である社会』に向かう、そういう方向に動いていかなければならない」と訴えた。
 次に、「辺野古への基地建設を許さない実行委員会」と「戦争に協力しない!させない!練馬アクション」が連帯あいさつをした後、「沖縄の米軍基地建設を直ちに中止し、米軍を撤退させる交渉を米国政府と始めることを菅内閣に要求する」とした集会決議を拍手で採択した。
 集会は最後に、六月二十三日に開催する、高江ヘリパッド建設に対する「七月からの工事強行を許さない集い」への参加を呼びかけて終わった。



 

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