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     6・30~7・1 福井

   原発再稼動阻止掲げ連続決起   
   
 


 ●6・30おおい集会

 再稼動断固反対掲げ集会・デモ

 原子力安全・保安院に申し入れ


 政府・関西電力が七月一日午後九時からの大飯原発三号機の再稼動を宣言するなかで、六月三十日、STOP☆大飯原発再稼動現地アクションの呼びかけで、「STOP☆原発再稼動!6・30おおい集会」が開催された。関西からも多くのAWCのメンバーが会場であるおおい町の「あみーシャン大飯」に駆けつけた。
 この日の取り組みの意義は何よりも、大飯原発の再稼動に断固反対するおおい現地での大衆的な抗議集会・デモとして闘われたことにある。野田政権と関西電力による拙速な再稼動策動に怒りを抱き、大飯原発再稼動の撤回と原発の廃炉を求める人々が、切迫した気持ちで全国各地からおおい現地へと集まった。滋賀、京都、大阪、そして東京などからはバスがこの取り組みに参加するために仕立てられた。また、メールやフェイスブック、ツイッターを通じて取り組みを知った人々が全国各地から結集した。
 第二に、原発のさらなる再稼動を推進しようとしている野田政権に対抗し、これと地元で闘う各地の仲間が結集し、闘いの全国的な連携・連帯をいっそう強化していく機会となったことである。伊方原発(愛媛)、志賀原発(石川)、玄海原発(佐賀)、遠くは北海道の泊原発の再稼動策動と地元で闘っている人々が、この集会に参加した。
 第三に、地元おおい町から原発とその再稼動に反対する町民が発言し、その決起を支え、共に闘っていくことを確認する場となったことである。発言したおおい町の女性は、「知り合いにも原発関係者が多い環境のなかで、自分が声を上げることはどういうことなのかこの数ヵ月考えてきた」と前置きしつつ、「原発の安全性は3・11でそれは幻想だったことが明らかになった。いかに非科学的な人々が原発を牛耳ってきたかのかを痛感した。地震国・日本では原発は無理だ」と語った。そして、伝えたいこととして、①自分の知った情報はおおい町議員を含む多くの人に広げてほしい、②(運動の)次のステップを真剣にみんなで考えていきたい、③福島のことを絶対に忘れてはいけないと訴えた。
 集会では元京大原子炉研究所の小林圭二さんが政府による再稼動策動を弾劾しつつ、大飯原発のもつ危険性を明らかにした。それに続いて、福井をはじめ全国各地から集まった人々、福島の女性たちからのアピールが続いた。
 集会後は牧野経産副大臣が常駐することになるオフサイトセンターに向けたデモがおこなわれた。この時点で参加者は六百人に達していた。「再稼動反対!」の声がおおい町に鳴り響く。
 デモ解散地点のオフサイトセンター前では原子力安全・保安院に対して再稼動の撤回を求める申し入れ行動がおこなわれた。原子力安全・保安院の現地責任者は、事前には室内での代表団による申し入れ書の受け取りを了解していたが、当日になってこれを拒否し、あろうことかオフサイトセンター前の道端でなら受け取るなどというふざけた態度にでてきた。デモ参加者は当然にもこれに猛然と抗議した。そして、三十分以上にわたる激しい抗議の結果、代表団によるオフサイトセンター室内での申し入れを実現させた。



 ●6・30~7・1

 大飯原発前で昼夜貫く実力行動

 バリケード築き道路を占拠



 オフサイトセンターに向けたデモがおこなわれていた六月三十日午後三時すぎ、大飯原発再稼動反対監視テントに集まっていた若者たちを中心にした、大飯原発正面ゲート前での封鎖・占拠行動が始まった。短時間のうちに十数台の車と鎖を使った三重のバリケードが築かれ、正面ゲート前は大飯原発再稼動に反対する闘いの最前線へと転化した。
 結集した若者たちは機動隊と対峙しつつ、夜を徹して「再稼動反対!」のシュプレヒコールをあげ、ドラムが叩き出すリズムにのせて踊り続けた。激しいエネルギーが表出する「解放空間」がつくりだされていた。
 STOP☆大飯原発再稼動現地アクションおよびバスで参加した東京の仲間や福島の女性たち約八十人は、七月一日午前七時に占拠闘争の現場から徒歩で約十五分ほどのところにある小さな公園に集合し、大飯原発正面ゲートに向けたデモに出発し、夜を徹して闘いを続けていた若者たちの拍手に迎えられながら、占拠闘争に合流した。この日は時折どしゃぶりの雨が降るという厳しい天候であったが、占拠闘争の現場は熱気に包まれていた。現地アクションは、午前八時二十分から再稼働の中止を要求する大飯原発所長への申し入れ行動を開始した。受け取ることを拒否する関電側に対して一時間ほど抗議を続け、最終的に申し入れ書を受け取らせた。
 「再稼動反対!」のシュプレヒコールの叫びと、ドラムの音が途切れることなく響き続ける。現場の状況を知った人々が新たに全国から駆けつけ、現場は五百人くらいにまで膨れ上がった。再稼動が予定される午後九時が近づくにつれて、警察・機動隊の動きが慌しくなる。福井県警だけでなく、愛知、岐阜、京都、大阪、富山などからも機動隊と警官が動員され、ついに午後六時ごろからゲート前に座り込む人々のごぼう抜きが始まった。
 午後九時の再稼動以後も正面ゲート前での闘いは続いた。再稼動に立ち会うためにおおい町に来ていた牧野経産副大臣や関電幹部らは、結局陸路からの入構を断念し、海から船で大飯原発内に入るところにまで追いつめられた。午前〇時ごろ、結局権力・機動隊は、バリケードを破壊できず、占拠部隊も最後まで排除できないまま撤収した。
 再稼動は阻止できなかったが、牧野経産副大臣らの入構を陸からは阻止したこと、最後までバリケードと占拠を守り抜いたこと、一人の逮捕者も出さなかったこと、これらをもって勝利宣言が出され、未明にバリケードが解除され一日半に及んだ占拠闘争は終了した。



 

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