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     11・12 千葉

   市東さん農地裁判

   
萩原さん、成田空港会社の不当性を詳細に暴き出す
   
        


 十一月十二日千葉地裁で、市東さんの行政訴訟・農地法裁判が開かれた。八十名が傍聴に駆けつけた。
 支援連は朝と昼、千葉駅頭・地裁前で「国策裁判反対」「拙速審理に反対」のビラまき情宣を行った。裁判は終盤にさしかかり、この日は反対同盟事務局次長・萩原進さんの証人尋問(前半)が行われた。萩原さんは四時間にわたって成田空港会社(NAA)の不当性を詳細に暴き出した。この日の主張ポイントは大別、以下三点。①空港建設は国策として行われ、土地収用法により強権的に土地を取上げた問題、②農民を守るべき農地法を逆手に取って市東さんの農地を取上げようとしている問題、③東日本震災の後、国策が間違っていることが明らかになり、国民の常識・意識が一変した。それでも旧態依然として国策推進の訴訟指揮を進めている裁判所に対する問題提起。
 七人の弁護団が順次質問し、萩原さんが答えていった。「東峰地区は、戦後の開拓部落である。親の代に行われた開墾は、私にはできないと思えるほど大変な苦労をともなうものだった。昭和三十年代後半にようやく生活が安定してきた。当時、国が進めた農業政策『シルクコンビナート』を東峰地区でも作る方向で動いていた。富里での新空港計画が住民の反対で撤回された。三里塚は貧しい開拓農家が多く、用地買収が容易であるとの見込みから、空港用地として一方的に閣議決定された。その直後、空港反対同盟が結成された。シルクコンビナート建設は中止し、空港を作るというのだ。どちらも国策だ。私は『空港にとことん反対してやろう』と決心した。反対同盟は、成田市長、県知事への誓願を百三十回余り行った。外郭測量阻止の闘いなど数多くの闘いを経る中で反対同盟は、『家の中で拝んでいる』とか『無抵抗の抵抗』というものではなく、身体を張った闘いに行き着いた。結局、国策は農民を蔑視していて、自らの都合でいくらでもひっくり返すものだ。我々が断固として空港反対を貫くことが、情勢を規定している。東峰神社・開拓道路があるために四メートルかさ上げして、滑走路をつくる。LCCを導入して飛行回数を稼いだとしても、利益は伸びず、事故も増える。NAAはますます泥沼に入っていくだろう。産直運動については、安全・安心を第一に、農民と消費者が顔の見える関係を作る。一緒に作物をつくろうというものだ。工場やビニールハウスでなく、自然に帰ったやり方で、作物に一番適した時期に育てる。農家の生活を支える点で便宜的に価格を付けているが、実は金額を付けられないと思っている。有機農法で苦労する点は土作りであり、十年かかってもできないこともある。気象の激変で、二・三月頃に収穫予定のものが、年内にできてしまうこともある。南台の畑は、市東さんが先々代から引き継いだもので、耕し続け、発展させていかなければならないものである。隅谷調査団の所見『国は土地収用裁決申請を取り下げる』『国は二期工事B・C滑走路の建設計画について白紙の状態に戻し、地域の人々と話し合いをすることにより解決の道を探ること』を当時、NAAは受け入れる態度だった。現状は、依然として強権的・暴力的な姿勢を変えていない。九一~九三年の成田シンポ、九三・九四年の円卓会議は、反対運動の幕引きを図りたい熱田派が開いたものだった。『話し合い解決』という約束をしたが、天神峰で平行滑走路の建設を阻んでいた小川さん、加藤さんの買収・移転の露払いであった。最近の新聞報道で石毛博道が、『わがままな少数者の存在に社会はいつまで我慢を強いられるのでしょうか』と、反対運動をなくしたい旨の意見表明をしたそうだが、我々はそれを正していかなければならない。市東さんの裁判は市東さんだけでなく、全国の農民にかけられている攻撃だ。戦後の農民運動によって、農地解放や農地法などがかちとられたが、そうした権利・法律を、ここで一気につぶしてしまおうとしている。空港が国策なら農業も国策だ。今こそ、農業・農地の問題を真剣に考えなければ、日本の人々の食べ物もなくなる。市東さんの農地問題をどのような形で裁くのかが重要だ。全国の農民とともに何としても勝つ」と圧倒的な訴えを行った。
 県・NAAの弁護士らは最後まで精彩なく座っていた。多見谷裁判長は最後に、「未提出の重要なものは次回十二月十日までに出すように」と自らが敷いたレール(裁判日程)から外れないようにと牽制した。弁護団は、拙速審理は許さない、と抗議した。
 外は日が落ちていた。場所を移して報告会が開かれた。市東さんは、「裁判官の態度を見ていると闘志がわく。がんばります」と決意を述べた。
 萩原さんは「話していて、当時を思い出し、あらためて涙が、怒りがわいてきた。次回(後半)も何とかがんばってやりたい」。
 北原さんは、「反対同盟、弁護団、支援が一体となって闘おう。日本農業が残るか、つぶれるか、重要な時期だ。ここで日本農民ががんばらないと、解散になってしまう。市東さんだけの問題でなく、全世界の農民のあり方をはっきりさせるべく闘おう」と呼びかけた。反対同盟の呼びかけに答え、大詰めの裁判闘争を多くの傍聴で包囲して闘おう。

 

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