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     8月31日 鹿児島

   川内原発再稼働反対掲げ集会・デモ
   
   西日本中心に全国から1200人結集
    

 


 八月三十一日、鹿児島県薩摩川内市で、九州電力川内原発の再稼働に反対する集会とデモ行進が行われました。川内が再稼働第一号の原発となると言われ続ける中で、現地鹿児島で粘り強く反原発の声を上げ続けて来た人々が集い、全国に結集を呼びかけたのです。
 集会は薩摩川内市の中心部、川内駅前の広場で行われました。広場に設置されたステージで現地のシンガーが歌う中、西日本地域を中心に全国規模で人々が集まって来ました。駅ビルの上から眺める人々もいました。屋根のある駅前バス乗り場は、バスを待つ人よりも、日差しを避ける集会参加者が大勢集まり、十三時の開始時刻には、駅前にいるのはほぼすべてが集会参加者、という状態になっていました。山口県上関町の住民たちも、のぼり旗を掲げて多く参加していました。
 原発被災地からの避難者の発言、現地川内で、原発建設計画が持ち上がった当初から反対の声を上げた漁協関係者、隣接する鹿児島市からの発言などが続きました。そして、台湾、韓国で反原発をたたかうゲストも登壇して発言しました。台湾のゲストの、「社会の主人はわれわれだ。原発は必要悪ではない。受け入れる必要のない悪なのだ」という発言に最も強い印象を受け、勇気づけられました。
 続く九月二十八日には、鹿児島市の県庁前で大規模な集会とデモが予定されています。今回の薩摩川内でのたたかいは、川内市内だけでなく、鹿児島市も含めた鹿児島全域的な体制での取り組みとなっていました。薩摩川内市議会は、市長以下八割が再稼働賛成派という状態で、事故災害時の避難計画の不備などへの市民の不安や懸念に全く応えようとしていないと言います。集会参加者には市議あてのはがきセットが配布されていましたが、これは集会とデモ行進の後、時間のある人は市内を歩き、市民にはがきを渡して市議あてに反対の声を届けるよう呼びかけをしてもらうためのものでした。八百セット用意されていたそれが足りなくなってしまったということで、集会参加者は千二百名と発表されました。
 集会後は、広場から漁港まで、薩摩川内市の繁華街をデモ行進しました。沿道やドライバーからの反応は、意外なくらい良かった、というのが正直な印象です。もっと再稼働賛成の市民の割合が多く、反対派の取り組みへの視線は冷たいものと思っていたのですが、そうしたものは感じられませんでした。笑顔や、手を振るなど、賛同、応援も見られました。
 ただ、デモ隊と市民との呼応を恐れたのか、警察は大規模で不当な「警備」、規制を敷いていました。機動隊の部隊をではなく、バスや護送車などの大きな車両ばかりを大量動員してデモ隊の横にずらりと張り付かせ、片側二車線ずつの繁華街で、対抗車線側のドライバーや歩行者からはデモ隊がほとんど目に入らないような、そんな規制をしたのです。鉄の壁の横を歩いているようなもので、デモ隊がアピール出来るのは自身の左の歩道側だけ、という状態でした。
 デモの解散地点の漁港近くの橋の上には黒塗りの宣伝カーが数台待ち構え、悪罵を投げつけて来ましたが、デモ隊の数がそれを圧倒していて、こっけいなものでしかありませんでした。
 北九州市から来た私はデモ終了後にとんぼ返りをせねばならず、市民へのはがき呼びかけの取り組みは出来ませんでしたが、今回の参加が薩摩川内の地元を勇気づけることが出来たと感じましたし、デモへの意外なくらいに良い反応を見て、改めて反原発のたたかいの正当性を確信出来ました。一方、薩摩川内までの道中、活気を感じるとはなかなか言いがたい地域(特に、九州新幹線や沿線ではない地域)の景観を初めて目にして、原発に象徴される、大きな企業、産業を求めたくなってしまう地域の難しさというものにも、少し触れた気がしました。
 そこそこ賑やかな大都市圏で、ただおだを上げるだけのことを反原発のたたかいだと勘違いしてはならないのだと、自戒し気を引き締め直す機会ともなった薩摩川内現地闘争への参加でした。



 

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