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   新自由主義・再考(下―2)

  
日本の新自由主義A


 
 新自由主義は「一つの時代」となった。いわゆる先進資本主義諸国はもとより、世界のすべての国々が、新自由主義という資本主義の歴史的な傾向・すう勢から自由ではありえなくなった。あらゆる国々が多かれ少なかれ、新自由主義が提唱する社会・経済政策に適合するよう強いられつづけている。第三世界諸国では、それはIMF・世銀などの国際機関を通じて押しつけられ、帝国主義の新植民地支配の道具になっている。中南米などの諸国では新自由主義は帝国主義と同じ意味をもつ。それは人民の打倒すべき対象だ。
 帝国主義国では新自由主義化の動きは英語圏の世界で先行して開始された。少し遅れて日本でも、これに巻き込まれるようにして新自由主義化が始まった。
 今回は、日本の新自由主義化の歴史を振り返りながら、現在の第二次安倍政権の性格と政策の内容について検討する。

  ▼1節 中曽根政権から第二次安倍政権への三十年

 帝国主義国の新自由主義について考えるとき、まずはその国の一国的な特殊性よりも、同時代性について注目すべきである。日本の新自由主義もまたその内容は、レーガン・サッチャーに始まる帝国主義国の新自由主義と基本的に違いはない。それはそれまでのケインズ主義的な資本主義の階級妥協的・階級譲歩的なあり方を転換し、階級闘争を押しつぶしながら、「階級権力の再確立」(D・ハーヴェイ)をもって当該社会の改造をもくろむものである。福祉政策、労働法制、税制、教育・医療・年金制度などをはじめ、それまでの社会のあり方を規定してきたシステムや組織や規制がやり玉にあげられる。これを防衛しようとする部分は、右であれ左であれ「社会の敵」「抵抗勢力」と非難され徹底した攻撃を受ける。
 日本の新自由主義の先鞭をつけたのは、中曽根政権(一九八二〜八七年)である。日本における新自由主義もまた、最初から「階級闘争・労働運動への弾圧」「社会の反革命的改造」という性格が色濃いものであった。レーガンにおける航空管制労組への弾圧(一九八一年)、サッチャーにおける炭鉱労組のストライキへの弾圧(一九八四〜八五年)と同様、八〇年代の中曽根政権下では国鉄労働運動に対する解体・弾圧の攻撃が吹き荒れた。「戦後政治の総決算」を掲げた中曽根は、総評・社会党の解体、国鉄・電々・専売など公営企業の一連の民営化を強行した。それらは五五年体制の再編、すなわち戦後政治社会再編の重要な柱として位置づけられていた。一九八九年には総評が解散し、右翼ナショナルセンター連合が結成される。中曽根は戦後労働運動の終えんと言える歴史的な事態を準備することに成功した。
 中曽根は当時、新保守主義と呼ばれていた。政治的には反共・保守ではあるが、経済政策では米英流の反ケインズ主義的な新しい政策の採用に積極的であるという意味で中曽根は「新」保守主義であるとされた。中曽根政権においては、米英にならったその新自由主義の側面よりも、右派ナショナリズムの側面が目立っており、新保守主義の呼称にはあまり違和感はなかった。また、一九八〇年代の日本では新自由主義という用語・概念はそれほど一般的ではなかったという事情もあった。
 中曽根政権が終わる一九八〇年代後期、日本はジャパン・アズ・ナンバーワンと呼ばれる戦後最大の「繁栄」期にあった。だが、短い夢ははかなく終わり、米帝の凋落傾向が明らかになるとともに、日帝ものちに「失われた二十年」と言われる長期の低迷・後退期に入った。
 それから十年後、九〇年代に入ると米ソ「冷戦」が終結し、「グローバリゼーションの時代」が始まった。ソ連・東欧圏の崩壊と急速な資本主義化が進み、資本主義世界市場はいっきょに拡大した。資本の運動は世界的に広がり、資本間の世界的競争はますます激しくなった。新自由主義はグローバリゼーションの波に乗って、世界にさらに覇を広げた。二十一世紀の前夜、新自由主義は新たな段階に入った。
 この時期、日本帝国主義は資本の世界的競争において大きく後れをとり始めていた。支配階級は新自由主義政策を全面的に強化することによって日本資本主義の競争力の回復をはかろうとした。「六大構造改革」(注1)を掲げた橋本政権下での構造改革の試みが挫折したあと、資本家階級の期待を担って二〇〇一年に登場したのが小泉政権であった。このとき小泉政権が新自由主義的改革路線への抵抗勢力と呼んだのは、もはや連合に制圧された労働運動ではなく、それは「古い自民党」であった。小泉の構造改革は旧来の保守政党を力ずくでも刷新(リニューアル)するという課題を含んでおり、その点で擬似革命的な色合いを持っていた。
 日本で新自由主義化の動きが始まって約三十年。新自由主義は日本の社会にも根をおろした。それは新旧のさまざまなブルジョア思想・イデオロギーと融合しながら、ブルジョア階級が踏まえるべき一つの「常識」となった(注2)。
 日本の新自由主義は右翼ナショナリスト政権によって広められてきた。中曽根・小泉、そして現在の安倍政権はすべて右翼ナショナリズムを基調とした政権であるが、同時にその政策の根底には新自由主義がある。これらの政権にはナショナリズム(注3)と新自由主義という二つの性格が内包されている。どちらの性格が前面に出るかはその時代の階級情勢に大きく左右され、その政権が果たすべき課題と任務によって規定される。では、現在の安倍政権にあっては、新自由主義はこの政権の政策にどのような影響をあたえているのだろうか。

  ▼2節 新自由主義時代の右翼ナショナリスト

 安倍晋三は何よりも右翼ナショナリストである。
 一九九三年に安倍晋三は、急死した父の地盤(現山口四区)を受けついで国会議員に初当選した。現在は七期目となる。安倍晋三の親族には有名な保守政治家が揃っている。母方の祖父は岸信介(元首相)、大叔父は佐藤栄作(元首相)であり、父親は安倍晋太郎(元外相)である。その役職から分かるように、いずれも自民党の有力政治家であった。安倍晋三はとくに、A級戦犯の容疑者であり六〇年安保条約改定を強行した祖父の岸信介を尊敬している。安倍は岸信介について、「世間のごうごうたる非難を向こうに回して、その泰然とした態度には、身内ながら誇らしく思う」と自著『美しい国へ』(二〇〇六年)のなかで書いている。祖父の戦争犯罪を擁護し、その世界観に同調していることを隠さない。
 安倍晋三の政治思想の根本にあるのは、戦後政治体制への懐疑と怨恨(ルサンチマン)である。日本の伝統・文化を破壊したとする戦後的秩序に異議を唱え、この秩序を右から解体し、新たな支配体制を打ち立てたいというのが彼の願望である。戦後政治体制の頂点には日本国憲法がある。安倍は戦後憲法を「占領憲法」「外から押し付けられた憲法」と批判して改憲を主張する。また旧・日帝の侵略の歴史を美化し、侵略戦争を「聖戦」とするために、日本軍「慰安婦」制度・南京大虐殺などは「事実誤認」であり存在しなかったと、歴史をねつ造しようとする。二〇〇六年の第一次安倍政権発足にあたって安倍が掲げた「戦後レジュームからの脱却」というスローガンには、こうした彼の思想内容が込められている。
 国会議員としては安倍は、「創生『日本』」「神道政治連盟国会議員懇談会」「北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟」(通称・拉致議連)などの右翼的団体に所属し、これらの会長や顧問をつとめ右翼政治潮流の育成に励んできた。二〇〇一年には、その前年に開かれた「女性国際戦犯法廷」を取材したNHK教育テレビ『問われる戦時性暴力』の番組編成に、同じ自民党の右翼議員(当時)・中川昭一とともに介入した。番組の内容を変更させ、日本軍「慰安婦」制度の存在を抹殺するためにNHK上層部に恫喝と圧力をかけて番組をズタズタにした。これは記憶されるべき安倍の犯罪的行為のひとつである。現在もなお、このようなナショナリストとしての安倍の立場・思想に何ひとつ変化はない。
 新自由主義は、こうした旧来からの安倍晋三の右翼思想の空白部分のなかに入り込み、安倍の思想に新たに付け加わった。とくに、首相になり「得意分野」の安保・外交・教育政策だけでなく、経済政策、産業・雇用政策なども扱わねばならなくなったことが、安倍が新自由主義を主体的に取り込むうえでの大きな契機になったと推測される。事実、先にあげた〇六年出版の『美しい国へ』には、経済問題や財政問題についてはほとんどふれられていない。第二次安倍政権成立以降、安倍晋三はナショナリズムだけでなく新自由主義を政策の基軸とする姿勢をよりはっきりさせてきている。
 そもそも新自由主義とナショナリズムは対立的なものではない。たしかに「小さな政府」「市場重視」(新自由主義)と「強い国家」(ナショナリズム)は一見結びつきそうにはない。だが現実には、市場経済は強力な国家権力、暴力装置、法体系があってこそ成立する。新自由主義は強力な国家を後ろ盾にしてはじめて機能する。その場合、「小さな政府」の言葉は人民を収奪する口実として使われるだけであり、実際には政府の規模は大きくなる。
 新自由主義の「自由」は「経済的自由主義」(規制のない自由な市場の要求)である。新自由主義が世界に広がってきたこれまでの歴史を見るなら、新自由主義は自由を語って自由を押しつぶしてきた。新自由主義は政治的には自由主義とは何の関係もない。必要ならばそれは独裁支配とも、ためらうことなく手を結ぶ。

  ▼3節 「成長戦略」の新自由主義的性格

 二〇一二年末の総選挙で自民党が大勝し、第二次安倍政権が発足する。政治家・安倍晋三には「戦後レジュームからの脱却」の「悲願」を前に進めていく大きなチャンスが訪れた。
 安倍政権は政権発足にあたり、景気回復を唱えてアベノミクスを標榜し、経済政策の柱として「三本の矢」を掲げた。@金融緩和、A財政出動、B成長戦略である。円高を是正し株価をつり上げるために、日銀・黒田体制下で「異次元の金融緩和」が行なわれた。また公共事業に関わる建設・土木産業などに大量の政府資金が投入された。これらはデフレ対策であり景気対策であるが、国内の経済格差や貧困、労働者階級の低賃金・長時間労働などの問題にはいっさい手を付けずに行なわれている。このような施策は、株高をもたらしたとしても国内需要を大きく喚起せず、ブルジョア的な景気対策としてもまったく不十分なものとなる。それをごまかすために今春闘では、政府が個別の大資本に賃上げを要求するという、前代未聞の事態となった。
 こうした政策が、資本主義諸国のなかでも群を抜く日本の財政赤字をよりいっそう膨らませていくことは不可避だ。財政再建の課題は遠く彼方に追いやられる。だが支持率を維持するためには、安倍政権はこうした政策を当面継続せねばならない。
 中心問題はBの成長戦略にある。成長戦略は安倍政権の「経済政策の本丸」(安倍)である。「経済成長」が達成されなければ安倍政権の基盤は大きく揺らぐ。問題は単純であり、そのことを安倍自身も十分自覚している。そして、この成長戦略の内容を全面的に規定しているのが新自由主義である。
 これまでに具体的にあげられている成長戦略と称されるものは実に多種多様である。順不同で列挙してみる。国家戦略特区の設置、混合診療の拡大、インターネットによる一般医薬品の販売解禁、農地集積バンク構想、農業委員会の見直し、電力システム改革、保険制度の運用見直し、カジノの解禁、女性の活躍促進、外国人労働者の受け入れ拡大、解雇規制の緩和、労働時間の規制緩和、派遣法の改正、法人税率の引き下げなどであり、数えきれないほどだ。それらは社会の全側面におよぶ全面的なものであり、昨年からそれこそ山ほど提案されてきた。原発輸出・インフラ輸出やオリンピック東京開催、TPP(環太平洋経済連携協定)締結も事実上この戦略のうちに組み込まれている。「国家百年の計」などという考えとは無縁であり、目先の利益だけで何でもやるということだ。
 成長戦略というと聞こえが良いが、その実体は安倍の言う「規制改革」、つまり規制緩和である。昨年来、安倍はことあるごとに「規制改革」の重要性を口にしてきた。安倍政権にとっては「規制改革が改革の一丁目一番地」(安倍)であり、これなくしては何も始まらない。
 昨年六月、内外情勢調査会で安倍が「成長戦略第三弾スピーチ」と題して行なった講演には、安倍政権の考え方がよく示されている。安倍はまず、リーマン・ショック以降、世界の経済システムにおいては「国家資本主義」という潮流が生まれたが、これは資本主義のあるべき像とは異なる「仮の姿」であると言う。そして「民間の産業資本が成長をけん引する成長のサイクルへと、再び舵を切らねば」ならず、「『産業資本主義』を復興」せねばならないと述べる。ここで言う「国家資本主義」とは、「国家が経済運営に全面的に関与」するということである。安倍は経済への国家の介入を極力減らし、経済は民間の資本にまかせよと言っているのである。典型的な新自由主義者の主張である。そして「民間の活力」を「爆発」させていくために、「企業活動の障害を、徹底的に取り除」き、「世界で一番企業が活躍しやすい国の実現」をめざすと結論づけている。「規制改革」とはつまるところ資本の自由な活動の障害を「徹底的に取り除」くものであるということが、あからさまに表明されている。
 「規制改革」についての安倍の主張はその後、トーンをますます強めていく。規制緩和を「国際公約」にして、これを強引におし進めようとする狙いも露わになる。一三年十月にインドネシアで開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)では、「改革は、待ったなし。岩盤のように固まった規制を打ち破るには、強力なドリルと強い刃が必要だ。自分はその『ドリルの刃』になる」と述べる。また本年一月の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)でも、「向こう二年間、いかなる既得権益といえども私の『ドリル』から無傷でいられない」と同様の発言をくり返している。
 成長戦略の一つひとつは、すべて大きな問題点をはらんでいるが、それらのうちでも、とくに労働法制の全面改悪、法人税減税、TPP締結の持つ意味はきわめて大きい。政府主導のもとで労働者保護政策を撤廃し、労働者階級の権利を奪って搾取を強め、農民・被抑圧人民から収奪する体系を強化し、そして資本家階級には直接に金を渡すという露骨な政策であるということだ。またそれらは、労資の関係に政府が直接手を突っ込んで、資本家階級の側の権益を拡大しようというものだ。ここにこそアベノミクスと成長戦略の本質がある。

  ▼4節 新自由主義の「生命力」

 新自由主義は〇八年世界恐慌以降もその生命力を保ちつづけているように見える。
 日本では〇九年、恐慌による労働者人民の苦境が深まるなかで、政権交代が実現した。「国民の生活が第一」をかかげて民主党鳩山政権が誕生した。安保・外交政策において民主党政権は、親米路線からの軌道修正をはかり、アジア重視の姿勢を打ち出した。沖縄普天間基地問題については「最低でも県外移転」を主張した。また子ども手当の新設、障害者自立支援法の廃止、後期高齢者医療制度の廃止などを進めようとした。民主党は二大保守政党のひとつではあったが、民主党政権の政策の非・新自由主義的な性格は明確であった。民衆のたたかいと要求を背景にして、新自由主義からの揺り戻しが起ったのである。しかしその後、民主党はケインズ主義の方向に進むこともなく、じょじょにその立場を新自由主義的緊縮路線の方向に変化させ始めた。民主党は民衆の期待を失ない、支持率を大きく低落させた。
 信用を失墜したはずの新自由主義が、緊縮政策を掲げて復活してくるのはなぜか。この点は解明されるべき大きな問題である。問題を考えるうえで、マルクス主義経済学者の伊藤誠氏の見解は参考になる。伊藤氏は、新自由主義的緊縮政策への反転がたやすく起こるのは多国籍企業の蓄積体制に経済的根拠があるとして次のように述べる。「……多国籍企業の蓄積体制が、自壊作用として世界恐慌を内部から生じさせながら、その深刻な破壊作用をつうじ、その蓄積体制自体の大枠は破壊されないまま存続している。そこから国家による福祉、環境、雇用などの政策の現代的拡充にきびしい制限が加えられる傾向が生じやすい」「多国籍企業が支配的となっている現代の金融化資本主義のもとでは、ケインズ主義的財政金融政策が、国内の投資、雇用、有効需要、さらには税収の回復を持続的にもたらしにくい」(『日本経済はなぜ衰退したのか』二〇一三年)。ここで伊藤氏は多国籍企業の蓄積体制は、国内におけるケインズ主義的政策と矛盾し、その実行を阻害すると述べている。多国籍企業が発展し巨大化・世界化すればするほど、その資本蓄積は本国の新自由主義的緊縮政策を不可欠とする。多国籍企業は新自由主義とこそ相性が良いのだ。
 新自由主義に規制をかけるためには、多国籍企業の資本蓄積を制限せねばならない。新自由主義を別の何ものかにとって代えるためには、多国籍企業の活動を中止させるか、その資産を没収するか、それを追い出す何らかの革命が必要だ。革命の内容が不徹底なら、新自由主義はふたたび舞い戻ってくる。実際、これは中南米のいくつかの国の例にも示されていることである。

  ▼5節 新自由主義の弱点

 新自由主義がそれなりの生命力を保っているのは、資本主義が行き着くところまで行き着き、資本家階級にはそれを解決する手段が新自由主義よりほかに提示することができなくなっていることが背景にある。いまや資本主義の成長の可能性そのものが疑問視されている。低成長どころかゼロ成長が前提となる時代がやってきている。
 このような時代になっているにもかかわらず、新自由主義が約束しているのは、相変わらず、ただひとつ経済成長だけである。またこれしか約束できるものはない。この点こそが新自由主義の弱点である。いつか経済成長が達成され、いずれ暮らし向きは良くなりますよと新自由主義は約束してきた。だが、この四十年間の新自由主義化の歴史が物語るように、長期的視点で見れば、新自由主義は経済成長の達成にことごとく失敗してきた。最大の約束すら果たすことができなかったのである。経済成長の代わりに生み出されたものは、低成長、財政赤字の累積、貧困と格差が蔓延(まんえん)する社会、そして富裕層の一方的な資産の増大と支配階級の権力強化であった。安倍政権のやろうとしていることは、この崩壊した新自由主義の成長神話にあくまでもすがりつくことにすぎない。それはもはや一種のアナクロニズムと言うほかない。
 安倍は長期政権をめざしている。安倍の在任期間が長くなればなるほど、それだけ日本社会の全面的な反革命的改造は進み、戦争への準備も進む。新自由主義的改革が挫折したり、あるいは経済成長の達成がむずかしいことが明確になってゆけば、余裕をなくして安倍政権はナショナリズム攻撃をいっそう強化して事態を突破しようとする衝動を強める。
 ナショナリズムが新自由主義によって荒廃させられた社会に対する「癒し」「手当て」の側面があるとするなら、安倍のような右翼ナショナリスト政権は、みずから社会に打撃を与えておいて、それを治癒するという役割を同時に行なっているということになる。まさにマッチポンプ(自らマッチで火をつけておきながら、それを自らポンプで消すという意味)である。そこにこれら右翼ナショナリスト政権が果たすべき「新自由主義の時代」における積極的役割があるとも言える。
 新自由主義は競争主義・成果主義・自己責任などのイデオロギーを振りまきながら、労働者階級・被抑圧人民の内部に分断と対立をもたらしている。支配階級のイデオロギーは少なからず労働者人民内部にも浸透する。労働者人民は団結を阻害されて個々に解体され、資本のもとへの隷属を強制されている。だから、ここにおいてこそ、階級形成と団結形成の意義が明確になる。国家と資本との闘争を通じてそれを復権するためにたたかうことが何にもまして重要になる。新自由主義が破壊した社会を再建するために本当に必要なものは、階級の団結である。それを促進する政治・文化である。階級の団結は、資本主義に代わる新しい社会(社会主義・共産主義)の建設に向かう動きの基礎としても絶対に必要だ。

          *  *  *

 安倍政権の右翼ナショナリズムと新自由主義の攻撃が全面的・全社会的なものになればなるほど、それに対する労働者階級・被抑圧人民の闘争の戦線は広がっていく。安倍政権打倒闘争は真に全人民的な性格をもつ。階級闘争が発展していく可能性は強まる。安倍政権の右翼ナショナリズムと新自由主義に対する闘争を結びつけてたたかいを組織すること――それがわれわれの闘争の基本指針である。
 (『新自由主義・再考』と題した連載は、今回で終了します。)

(注1)橋本政権の「六大構造改革」とは、一九九六年の第二次橋本政権で掲げられた政策であり、@行政改革A財政改革B社会保障改革C金融システム改革D経済構造改革E教育改革の六つからなる。橋本も経済・社会システムの全面的な「変革と創造」をめざしていた。
(注2)みずからは典型的な新自由主義攻撃に手を染めているのに、自分は市場原理主義には反対だと主張する資本家も出てきた。経営の哲学を説く元京セラ会長の稲盛和夫はその一人である。日本航空「再建」において、国鉄民営化と同様の労組つぶしのための解雇攻撃の指揮をとった稲盛は、自著『燃える闘魂』(二〇一三年)において次のような主張をしている。「市場原理主義、また経済的自由主義は、放任的な経済の自由競争のなかで、強者と弱者を明確にし、『格差社会』をつくり出した」。日航リストラの先頭に立った稲盛の物言いとしては少々驚かされる。だが、つづけて稲盛は言う。「わたしもやはり、現在の資本主義の根本的な問題は、制度やシステムの問題でなく、つまるところ、その根本にあるべき精神の問題であろうと思う」。資本主義というシステムが問題なのではなく、問題は心の持ち様だというのが稲盛の「穏当な」結論である。
(注3)ナショナリズムという単語のもとになっているネイションという言葉には、日本語で民族、国家、国民の意味がある。ナショナリズムという言葉は民族主義、国家主義、国民主義などと訳される多義的な語である。



 

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