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   ■「気候正義」求める世界民衆の立ち上がり
    

   今、共産主義運動に何が問われているのか    田代 基

 

 
 ●1章 グレタ・トゥーンベリの決起と糾弾

 日本で台風一五号来襲の記憶も新しかった昨年九月二三日、当時一六歳だったグレタ・トゥーンベリはニューヨークの「国連気候行動サミット」の場で、各国政府の要人や経済人を前に短い、しかし激烈なスピーチを行いました。
 「私が伝えたいことは、私たちはあなた方を見ているということです。そもそも、すべてが間違っているのです。私はここにいるべきではありません。私は海の反対側で、学校に通っているべきなのです。……あなた方は、私たち若者に希望を見いだそうと集まっています。よく、そんなことが言えますね」。
 「それでも、私は、とても幸運な一人です。人々は苦しんでいます。人々は死んでいます。生態系は崩壊しつつあります。私たちは、大量絶滅の始まりにいるのです。なのに、あなた方が話すことは、お金のことや、永遠に続く経済成長というおとぎ話ばかり。よく、そんなことが言えますね」。
 「三〇年以上にわたり、科学が示す事実は極めて明確でした。……もし、この状況を本当に理解しているのに、行動を起こしていないのならば、あなた方は邪悪そのものです。だから私は、信じることを拒むのです。今後一〇年間で(温室効果ガスの)排出量を半分にしようという、一般的な考え方があります。しかし、それによって世界の気温上昇を一・五度以内に抑えられる可能性は50%しかありません。人間のコントロールを超えた、決して後戻りのできない連鎖反応が始まるリスクがあります。50%という数字は、あなた方にとっては受け入れられるものなのかもしれません。……私たちにとって、50%のリスクというのは決して受け入れられません。その結果と生きていかなくてはいけないのは私たちなのです。……あなた方は私たちを裏切っています。しかし、若者たちはあなた方の裏切りに気付き始めています。未来の世代の目は、あなた方に向けられています。もしあなた方が私たちを裏切ることを選ぶなら、私は言います。『あなたたちを絶対に許さない』と。私たちは、この場で、この瞬間から、線を引きます。ここから逃れることは許しません。世界は目を覚ましており、変化はやってきています。あなた方が好むと好まざるとにかかわらず」。
 人類の活動による温室効果ガス(GHG)の排出が引き起こす地球の温暖化=気候変動を止めるための行動を起こそうとしない、眼前の各国の政府、経済人たちを糾弾したのです。

 ●2章 なぜグレタ・トゥーンベリが登場できたのか

 ニューヨークでの彼女の登壇は、実は決して突然のものではありませんでした。
 一五歳だったグレタはその前年の八月二〇日から、母国スウェーデンの政府に気候変動問題の根本的な解決を求める、一日七時間の「気候ストライキ」を、国会前で一人始めていました。総選挙の前々日までの三週間、ぶっ通しでやり切りました。メディア取材とSNSで広まった情報で、一週目から同年代の若者を中心に支持と連帯の輪が急速に広がりました。国内の数カ所と、ノルウェー、フィンランド、オランダ、ドイツ、イギリスで呼応するデモやストライキが取り組まれ、最終日には千人が、一緒に座り込みました。終了翌日には同年代の三人とともに、毎週金曜日の国会前ストライキ「未来のための金曜日」を立ち上げ、スウェーデンが「パリ協定」(後述)を実行するまで運動を継続することを彼女は表明しました。
 グレタの決起を受けて、二〇一八年中にはすでに、ベルギー、ドイツ、オーストラリア、オランダで、同年代の学生たちの万単位でのデモが街頭を渦巻きました。それを揶揄したベルギーの環境大臣が、たちまち辞任に追い込まれました。グレタは二〇一八年一〇月にはブリュッセルで、一二月にはパリのCOP24(国連気候変動枠組条約の締約国会議)で、翌年一月には世界経済フォーラム(ダボス会議)で、四月には欧州議会とロンドン議会でスピーチをしていました。十分な場数を踏んでニューヨークに登場したのです。
 決起の背景には、スウェーデンを含む北半球の高緯度地方が、温暖化の影響を強く受けているということもありました。二〇〇〇年代に入って、ヨーロッパは度々四〇度超の熱波に襲われています。二〇〇三年の夏にはフランスで一万四千人、ドイツで七千人、ヨーロッパ全体では四万人が死んでいます。
 もともとヨーロッパは全体的に湿度が低く、家庭にもオフィスにも交通機関にも、エアコンがほとんどありません。扇風機のない家庭すら珍しくありません。熱波が襲えば高齢層はひとたまりもありません。二〇一八年にはスウェーデンも熱波(史上最高の三五度超)と森林火災に襲われ、消火のために他国からの救援を要請する事態となっていました。グレタ・トゥーンベリは気候変動の進行とそれがもたらす被害をきわめて身近に感じていたのでした。
 一方で彼女は、銃規制を求め、「規制反対派議員を落とせ」と叫ぶ米国高校生たちの行動にも影響を受けていました。スウェーデンは総選挙を九月九日に控えていました。それに向けて問題への関心を高めるために八月二〇日、彼女は自作のプラカードを持って「気候ストライキ」に赴いたのです。
 ニューヨークでのスピーチから明らかなように、彼女は世界の政府と資本が温暖化対策に十分な力を割こうとしないことに怒り、悪化する世界で生きることを強いられる理不尽さに怒り、それでもなお幸運な自分より困難な状況に置かれている人々への連帯を志向しています。
 気候変動のもたらす破局的事態を回避すべく、人類が生産活動で排出する温室効果ガスを減らすための、迅速で具体的な行動を要求する民衆の声は、世界を包もうとしています。
 グレタが登場した国連気候行動サミットに合わせて世界同時に取り組まれた、「気候変動ストライキ」やデモ、集会は、世界を席巻しました。全米で五〇万、ドイツで一五〇万、イタリアで一〇〇万、イギリスで三〇万。昨年三月に初めて呼びかけられた世界同時行動は、五月、九月と回を追うごとに参加国と参加者が増えて行きました(九月は世界で七六〇万人が参加)。日本でも、三月には東京でのほんの数十人でしたが、五月には参加地域が増え、九月二三日には二三都府県で若者たち、滞日外国人など総勢五〇〇〇人がパレードに出ました。一一月には参加者は総勢二〇〇〇人でしたが、参加地域は二五都府県二八か所に増えました。
 「未来のための金曜日」とは別に、二〇一八年五月にはイングランドで「絶滅への反逆」(XR)が結成されました。彼らの要求は、二〇二五年までに緊急事態として温暖化ガス排出をゼロにすることと、直接民主主義(市民集会の開催)で脱炭素社会への移行の方法を決定させろというものです。滅亡までの残り時間を示唆する砂時計のロゴマークをシンボルにした彼らのもうひとつの特徴は戦闘的な街頭行動で、座り込みや占拠闘争を繰り広げています。二〇一八年一一月にはロンドンで、テムズ川に架かる五つの橋を占拠し、八五人が逮捕されました。二〇一九年一〇月には、ロンドン・シティ空港を占拠したりトラファルガー広場やシティの金融街で座り込むなど、数日間にわたって行動を展開し、参加したベルギー王室の王女など含め一四〇〇人が逮捕されました。あえて逮捕をも厭わないことで、気候変動問題への意識を喚起することを狙っています。グレタ・トゥーンベリは彼らの支持を表明しています。
 四月二四日に予定されていた今年最初の世界同時行動は、新型コロナウイルスのパンデミックを受けて、ネットを中心とした取り組みに変更されましたが、いずれにせよ主要な担い手は、今後、より厳しい環境下で生きて行かざるを得ないと認識している、若い世代です。もはやいっときのものではあり得ない思潮とムーブメントが出現し、世界中に広がっているのです。

 ●3章 日本の左派、革命派の合流に向けた課題

 日本社会に、この問題への認識や関心が全くなかったというわけではないでしょう。猛暑や暖冬の度に、「温暖化」という言葉くらいは人々が共通して口にするようになっていました。しかし、日本社会にはすでに相当な割合でエアコン普及し、屋内にいさえすれば外の高温を容易に避けられます。もとより水も豊富な社会です。結果として気候変動が切迫した課題として認識されにくかったと言えるでしょう。また、日本において「環境問題」といえば長い間、企業活動によって引き起こされる「公害」であり、しかもそれを「克服」して来たというある種の神話が、社会的に定着してしまっていたこともあるでしょう。もちろん、それはアジア地域への「公害輸出」によって実現されたに過ぎない、ということを記憶している人士も少なくはありませんが。
 もう一つの大きな要因として、二〇一一年の福島第一原発事故以降、原発の即時廃止こそが抜きん出て大きな政治課題になっていたということがあります。電力資本や御用学者たちが、原発を推進すべく「温暖化防止のために二酸化炭素を排出しない原発を」と主張してきたことを、反原発の闘いを担って来た人々はよく知っています。温暖化=気候変動問題が、反原発の闘いと対立的な問題として捉えられてきた傾向は否めません。
 日本の左派、革命派の中での問題の認識も、残念ながら例外ではなかったというべきではないでしょうか。
 しかし同志の皆さん、『戦旗』読者の皆さん。突然突きつけられたかに見える課題の登場に、戸惑ってだけいるわけにはいきません。声を上げる街頭のうねりに合流を果たすための内容を、以下明らかにします。

 ●4章 温室効果ガスと気候変動

 まず、「温室効果ガス」(GHG)の排出がもたらす平均気温の上昇についての基本的な認識が必要です。
 地表に降り注ぐ太陽光線は、まず30%が地表面や雲に反射されます。残り70%が地表に届き、大気や地面を暖めます。その中の一部は放射熱として大気圏外に出て行く(地球放射)のですが、そのうち波長の長い赤外線が、二酸化炭素をはじめとした大気中の温室効果ガス(その他メタン、一酸化二窒素、フロン類なども)に吸収され、大気中に止まってしまいます。そして赤外線は地表に向かって放射され、さらに地表を暖めてしまうのです。
 温室効果がないと、地表は零下一九度にまで下がり、地球は氷の惑星としてしか存在できません。その意味では、温室効果ガスは人類の生存に寄与する不可欠の存在です。
 太陽からの放射と、温められた地表からの赤外線放射は、現在の地球上の生物にとっては長い間つり合っていました。変動する場合でも、その原因は太陽活動の変化と、火山活動によるエアロゾルの排出(気温を下げる)であって、人為的なものではありませんでした。そして実際の地表付近の平均温度は長い間、約一四度に維持されてきました。
 しかし、産業革命=工業化以降にそのバランスが崩れました。石炭、石油などの化石燃料が大量に使用されるようになったからです。排出される二酸化炭素の量が、海や植物が吸収できる量を上回り始めたのです。
 加えて重要なことは、二酸化炭素がきわめて長期間大気中に残留し、その間変わらず温室効果を発揮し続けるということです。NASAやシカゴ大学の研究では、五〇〇年後に22%、一〇〇〇年後に17~33%、一万年後に10~15%、一〇万年後であっても7%が残留するとされています。仮に直ちに二酸化炭素の排出をゼロにしたとしても、温暖化とその被害はなお長期間継続するということです。
 温室効果や、これが地球を温める仕組みは、一九世紀中に発見されていました。一九五〇年代には科学的基礎が理解されるようになり、六五年には米国科学諮問委員会が温暖化の悪影響を警告していました。八四年には米議会で最初の公聴会が開かれています。一方でエクソンモービル、BP、シェルなどの石油メジャー内部では、七七年までの段階で技術者科学者たちが事業と気候変動の関係を認識し警告を発していました。しかし石油資本はそれ以降、捏造されたデータを広めたり、シンクタンクへの資金投入で内部告発や訴訟を潰すということをしてきました。気候変動問題を人民に認知させまいとする資本の蠢動は、すでにこの時期から始まっていたのです。

 ●5章 排出抑制・削減の国際的取り組みの歴史

 それでも、事態を懸念する国際的な動きは漸進を見せて来ました。
 いくつかの転換点があったとされますが、アメリカが猛暑と旱魃に襲われた一九八八年、ゴダード宇宙研究所のハンセン所長が、「原因は地球温暖化によるもの」と上院で証言したことは、少なからぬ衝撃を与えました。
 同年「気候変動に関する政府間パネル」(以下、本文中ではIPCC)が、「国連環境計画」と「世界気象機関」(WMO)という二つの国連機関により設立され、温暖化に警告を発する内容の報告書(第一次評価報告書)を九〇年にまとめたことなどから、急速に気候変動問題が認知されるようになりました。「冷戦」が終了し、「環境破壊という新たな敵」に共同で対処すべきという機運の高まりも背景にはありました。
 九二年にリオデジャネイロで開催された「地球サミット」(正式名称は「環境と開発に関する国際連合会議」)では、「気候変動に関する国際連合枠組条約」(以下、気候変動枠組条約)が採択されました。これに基づく「締約国会議」(以下COP)が、九五年から毎年開催されることになりました(今年二〇二〇年はコロナ禍により中止)。このサミットで当時一二歳だったカナダのセヴァン・スズキが「どうやって直すかわからないものを壊し続けるのはもうやめて下さい」とスピーチし、「世界を五分間沈黙させた少女」になったことは、グレタ・トゥーンベリの衝撃とともに記憶されるべきでしょう。
 温室効果ガスの排出を削減する国際的な取り決めはまず、京都で開かれた九七年のCOP3で「京都議定書」として初めて具体化しました。主要帝国主義国が、一九九〇年を基準として温室効果ガスを5%削減するというものでした。が、いわゆる「先進国」のみが義務を負うのは不公平という批判・不満は当時からあり、アメリカとカナダは離脱しました。議定書の発効は二〇〇五にまでずれ込みました。
 その後長い議論を経て二〇一五年暮れのCOP21で合意された「パリ協定」は、排出削減の義務をいわゆる「先進国」のみならず全ての参加国に課すという点で画期をなすものです。産業革命前と比べて気温上昇を二度未満に抑える(可能な限り一・五度未満に抑える)ことを目指し、今世紀後半に世界全体で温室効果ガスの排出を実質ゼロとする目標を掲げました(ゼロ・エミッション)。そのために参加国が二〇二〇年以降の努力目標をそれぞれ決め、五年おきに見直すという取り決めです。しかし周知のとおり、アメリカはトランプ政権発足後に「パリ協定」からの離脱を表明しています。

 ●6章 進まない排出削減と止まらない気温上昇

 IPCCに集う科学者たちは一九九〇年以降今日までに五度の評価報告書を出しています。二〇一三年から公表が始まった第五次報告では「気候システムの温暖化には疑う余地はなく、また一九五〇年以降、観測された変化の多くは過去数十年から数千年にわたり前例のないものである。……人間による影響が……二〇世紀半ば以降に観測された温暖化の支配的原因であった可能性がきわめて高い」としています。二〇〇一年の第三次報告ではまだ「可能性が高い」という表現にとどまっていましたが、その後観測技術やコンピューターによるシミュレーション技術の向上によって予測精度が上がり、より確からしい評価が下されるようになっています。
 しかしそれでも、温室効果ガスの排出を減らす世界の取り組みが進み成果を上げているとは言えません。
 二〇一八年の世界の二酸化炭素排出量は前年より1・7%増えました。過去最高の三三一億トンです。大気中の二酸化炭素濃度は410ppmでこれも過去最高(産業革命以前は280ppm。一九五八年は315ppm)。先述した「放射強制力」は温暖化ガス全体で、一九九〇年と比べて43%も増加しています。かくて気温の上昇は止まらず、IPCCが二〇一八年から一九年にかけて出した「一・五度特別報告書」と「海洋と雪氷圏の気候変動に関する特別報告書」は、すでに現時点で産業革命以前よりも平均気温が一度上昇しており、パリ協定でより望ましい今世紀末の目標とされた「一・五度」を、早ければ二〇三〇年には突破する、と警告しました。これは、九〇年に出された最初の報告書の、「このままなら二〇二五年までに一度上昇」という予測を超えてしまったということです。しかも、パリ協定の排出削減目標が達成されたとしても、今世紀中には平均気温は三度上昇する恐れがあると言及されました。
 米国海洋大気庁(NOAA)は、今年の一月は過去一四一年間で最も暖かかったと報告しました。世界気象機関(WMO)は昨年、二〇一五年から一九年までの五年間は、観測史上最も暑い五年間であったと報告しました。また、二〇一九年の海水温は観測史上最高を記録しました。
 データの上で私たちはおそらく、最も暑い時代を生き続けています。さらにもっと暑い時代に向かおうとしています。冬に雪が降らなくなったとか、逆に夏が本当に暑くなって、エアコンなしではとてもいられなくなってしまった、と感じる人は多いと思います。短期的な変化を多くの人が実感として持っています。
 それが長期にわたって継続しているのか、ごく一時のものなのか、体感だけで見極めることは難しいかも知れませんが、地質時代区分でいう「完新世」(最も最近の間氷期)以前の「最終氷期」の時代、平均気温は今よりどのくらい低かったのかというと、わずか五度か六度だとされています。それからすると、わずか一五〇年間で平均気温を人為的に一度上昇させてしまったインパクトは、きわめて大きいというほかありません。仮にパリ協定の目標が達成されたとしても、それまでには大気中の二酸化炭素は三・七兆トンに達してしまい、結果として五万年後と思われる次の氷期が訪れることはないだろう、とさえ予測されています。


(下)

 ●1章 何が起きるのか? 予測され警告されていた事態

 温暖化の進行が将来引き起こすことの全てを今から「予言」できるわけではありませんが、それでも破局的な事態の到来が警告されています。

 ▼1章―1節 猛暑、熱波、森林火災

 高温、熱波が世界的に二~三倍増えると予測されています。パリ協定の目標どおり「二℃未満」に抑えたとしても、日本での猛暑日の発生回数は現在の一・八倍に増えると予想されています。昨年はロシア、グリーンランド、カナダ、スペイン、ブラジル、オーストラリアで大規模な森林火災が起きています。

 ▼1章―2節 氷床・氷河と海水の減少、海面上昇

 すでに南北両極とも、海氷が減少しています。特に北極地方では顕著です。他地域での氷床・氷河も減ります。そうなると太陽光の反射が減り、海水面が太陽放射をより吸収するようになるので、温暖化が加速します。グリーンランドの世界最大の氷床(厚さ一・六キロメートル)が全て溶け出した場合、海面は七メートル上昇すると言われています。
 高温で海水が熱膨張することでも、海面が上昇します。その傾向は数世紀にわたって継続します。IPCCが二〇一八年九月に出した「気候変動と海洋・雪氷圏にかんする報告書」では、今世紀末までに一・一メートル上昇するとされています。高潮の被害が増えるほか、島嶼国やバングラデシュなどの国土の喪失が懸念されます。

 ▼1章―3節 海が温まり、酸性化する

 二酸化炭素が海水に溶け込むことで、海水が酸性化します。海洋中の生態系に深刻な影響を与え、サンゴ礁の消滅が危惧されています。前項で触れた報告書では、漁獲量は今世紀中に最大24%減少すると予測されています。

 ▼1章―4節 雨の偏在・食料と水の不足

 従来から比較的雨が多い地域・季節により多く、比較的雨の少ない地域・季節により過少な雨がもたらされる傾向が強まります。水害と、干ばつが頻発するということです。
 国連食糧農業機関(FAO)によれば、様々な国際的支援によって減少していた飢餓人口は二〇一六年以降、増加に転じています。

 ▼1章―5節 台風の強大化

 海水温が上昇すると、台風に供給されるエネルギーが増加します。その結果、台風の発生回数には大きな変化はありませんが、従来なかった強さのものが発生する可能性が増大します。昨年発表されたコペンハーゲン大学ニールス・ボーア研究所氷河気候センターの研究では、すでに発生頻度は一〇〇年前の三倍になっています。

 ▼1章―6節 「気候難民」の発生

 自然災害の発生や従来の環境の変化で、生活を維持できずに避難、移住を余儀なくされる「気候難民」が、現状ですでに毎年平均二千万人発生しています。アフガニスタンやシリアで発生している難民は、内戦以外にも、干ばつが続いている影響も大きいと指摘されています。

 ▼1章―7節 永久凍土の融解と温室効果ガスの放出

 シベリアなど、北半球の陸地の四分の一を占める永久凍土地帯が融解し始めています。建物が沈下したり傾いて住めなくなり放棄されます。道路などの社会インフラも同様です。海岸の土地は波で削られ、失われます。この先に、永久凍土内の大昔の植物、生物の死骸などが溶け出し、分解されると二酸化炭素とメタンガスとして放出されます。メタンの温室効果は、二酸化炭素の二〇~六〇倍と言われています。永久凍土の融解とメタンの放出は事態を急速に悪化させる「時限爆弾」だと言われています。
 さる五月四日には米科学アカデミー紀要に、二〇七〇年までに地球表面の19%がサハラ砂漠並みの暑さになり、三五億人が移住を強いられる、つまり「気候難民」化する、という研究成果が発表されました。これは、現状のままの温室効果ガスの排出が続くならば、という「最悪の予測」ですが、いかに温暖化=気候変動が、民衆にとって脅威であるかを示す数字です。

 ●2章 温室効果ガスの半分を排出し続ける帝国主義と「上位10%」の責任

 気候変動が日本の私たちにどのような被害をもたらすかについては、ここ数年の強力な台風や大雨による風水害を想起するべきでしょう。また、夏季の猛暑や熱中症も挙げられるでしょう。
 しかしながら読者の皆さん。日帝足下の私たちは、私たちがどのような被害を被る可能性があるか、ということだけに考えを巡らせるべきでありません。
 産業革命=工業化以降の温室効果ガスの排出は、帝国主義資本によって長期間、大量に行われて来ました。先述のとおり、大気中の二酸化炭素は数千年にわたって温室効果を発揮し続けるのですから、こんにちの温暖化には、百数十年前から排出されたそれらの大半がなお作用し続けているということです。日帝の近代化から「戦後復興」、「高度成長」を遂げる中で排出された二酸化炭素もそうです。日帝足下の私たちが、温暖化を止めるどころか今現在も進行させている歴史的な責任から逃れられないことは明らかです。
 こんにち、インドや中国、ブラジルなどいわゆる「新興国」から排出される温室効果ガスの量は急激に増えています。中国は今や世界最大の二酸化炭素排出国になっています。人類による化石燃料の燃焼は、半分以上が一九八九年以降のものです。一九四五年以降ということで見るならばその割合は85%になります。
 しかし当該の時期に新興国の資本を、従属させ使役して来たのは帝国主義です。「世界の工場」として中国人民と環境、資源を使い倒し、大いに利益を得て来たのが諸帝国主義ではありませんか。今になって、国家単位で見た二酸化炭素排出量が多いことを一方的になじるようなことが、許されるはずがありません。
 マンチェスター大学のティンダル気候変動研究センター議長、ケビン・アンダーソンや、国際NGOオックスファムの調査によれば、世界の二酸化炭素の半分は世界の上位人口10%(これには日本のほとんどの住民が含まれます)が排出しています。上位20%が70%を排出しています。責任が平等ではないことは、この数値からも明らかでしょう。

 ●3章 立ち遅れている日帝の政策と足下の運動

 前項で触れた歴史的責任からすれば、日帝足下の私たちの運動の遅れはきわめて大きいと言わなくてはなりません。
 日帝自体もパリ協定の締約国ではあり、「今世紀後半に温室効果ガスの排出を実質ゼロにして、産業革命前からの気温上昇を二度未満、できれば一・五度に抑えること」を目指すことになっています。しかし、二〇一五年の合意当時からこんにちまで続いている安倍政権は、目標達成に全く熱心ではありません。
 IPCCが二〇一八年に出した特別報告書(通称「一・五度特別報告書」)では、現状の目標のままで「二度未満」は達成出来ないどころか、三度上昇すると指摘されています。国連環境計画(UNEP)によれば、二〇〇八~一七年の間に温室効果ガス排出はほぼ一貫して増え続けています。そして「一・五度」達成には、「二〇五〇年の温室効果ガス排出を実質ゼロ」にする必要があるとされています。昨年末のCOP25の成果文書にも、一層高い目標の設定が謳われました。既に七〇カ国以上が「二〇五〇年排出ゼロ」を掲げ、国別の削減目標(NDC)の引き上げを表明しています。「一・五度特別報告書」が出された二〇一八年以降のグローバルな運動が求めて来たのも、まさにこれら削減目標の引き上げでした。
 今年三月末が、五年ごとの見直しを求められているNDCを見直して再提出する、協定発効後最初の期限でしたが、安倍政権はなんと、この日までに数値目標の上積みをしませんでした。これまで通りのNNDCを再提出したのです。
 日帝のこれまでのNDCは、「二〇三〇年までに二〇一三年比で年26%削減」というものです。これは一九九〇年比では18%削減にしかならない目標で、EU、ノルウェーの40%、スイスの50%(いずれも一九九〇年比)という目標に比しても低い目標でしかありません。
 各国の環境政策を「格付け」する科学者組織「クライメート・アクション・トラッカー」(CAT)はこの目標を、「全ての国がこのレベルの目標を採用するならば、平均気温は今世紀に三度から四度を超える可能性が高く、非常に不十分」としています。
 加えて日帝が、燃料の安さを理由として、今後も石炭火力発電を推進することも、国際的な批判を呼んでいます。電力資本は「超々臨界圧」(USC)技術など自国の高度な技術が従来より排出量を抑えると言っていますが、それはわずか数ポイントの話であって、液化天然ガス発電と比べれば二倍もの排出量です。それを今後新設までしようとしています。
 先述のように、日本社会には日本が「公害を克服した」歴史を有する「環境先進国」であるといった「神話」が根強くありますが、事実は全く違います。「公害輸出」もさることながら、日本の生産現場の環境対策、「省エネ」水準自体が、世界的に見た場合停滞しています。ことにEU諸帝は多くの領域で脱炭素化の努力を進め、日帝を抜き去りました。太陽光発電や風力発電、電池の開発でも、日本はかつては技術的に先行していたものの積極的に導入しなかったこともあって、国際的な競争力を失っています。石炭火力発電の推進(今後の新設も含み、それは四〇年以上稼働するものと思われる)に至っては国際的な合意に敵対するとすら言えるもので、「石炭中毒」日本として強烈な批判を浴びている有様です。
 二〇一八年時点で、日本はなお世界第五位の二酸化炭素排出国です。そして一人当たりの排出量では世界平均が四・九トンであるところを九トンであり、人口は世界の1・7%ですが世界の3・5%の二酸化炭素を排出しています(アメリカは総排出量は世界第二位。中国やインドやロシアは国別の総排出量は多く、伸びてもいますが、一人当たりの排出量では日米などより下です。特にインドは低く、世界平均の半分にも達していません)。現状を変えようとしない安倍政権と日帝資本を、打倒すべきはもちろん私たちです。日帝足下の私たちに突きつけられている課題と果たすべき責任は、大きなものであると言わねばなりません。

 ●4章 自己防衛だけでない、国際連帯としての温暖化阻止

 気候変動の悪影響は、平等にもたらされるわけではありません。地域的に現れ方に違いがあるだけでなく、他のあらゆる災害と同様、富裕層にではなく貧困層、被差別層にこそ大きな被害をもたらします。自らの暮らしの中で温室効果ガスをほとんど出すことのない、貧しく力のない民衆、被差別層こそがまず気候変動の被害者となり、逃げようもなく被害にさらされ続けるのです。帝国主義戦争とも同様の構図です。
 日帝足下の私たちが、温室効果ガスの排出と温暖化の進行が、自分たちの域内でどう牙をむくのかという点ばかりに気を払うのでは不十分です。何よりそれは、ふせぐ術を持たない他国の民衆にとって大きな脅威なのであるということを、認識せねばなりません。帝国主義者から投げ与えられるものを無批判に受け取って生活を送る態度が、改められなくてはなりません。さもなければ、私たち一人一人が温室効果ガスの小さくない排出源となり、そのままかつての「公害輸出」にも等しい被害を、域外の民衆に与えてしまう、という認識が獲得されなくてはなりません。温暖化と気候変動を食い止める闘いとは、まさに国際連帯の闘いなのです。
 求められる水準から立ち遅れてしまった認識を改め、運動の強化を急速に進めなくてはなりません。そのためには他国での取り組みをも、大いに参考にするべきです。
 アメリカにあっても、二〇〇五年のハリケーン・カトリーナや二〇一七年にプエルトリコを襲ったハリケーン・マリアの被害が、気候変動とともにアフリカ系やヒスパニック系住民への構造的な差別によってもたらされたものとして受け止められています(先住民など、マイノリティにより大きな被害がもたらされることに関して、グレタ・トゥーンベリは自覚的です。彼女は昨年一二月のマドリードでのCOP25で、複数国の先住民や環境活動家たちとともに登壇したうえで「私よりも彼らの声を聞くべきだ」と自らはあえて黙り、彼らに発言の機会を譲っています)。
 また、大統領選挙におけるバーニー・サンダースの躍進を、日本国内の左派、革命派は専ら、大学の無償化などの政策ばかりで注目し評価して来ましたが、彼を押し上げて来たのは、二〇一七年に立ち上がった「サンライズ・ムーブメント」をはじめとする、気候変動問題に取り組む環境運動でもあったことを見落としています。ブルジョア政党とは言え民主党は、政権奪取後にパリ協定へ復帰することを明言しています。アメリカではまさに、脱炭素なのか化石燃料に依存する経済なのかが、国を二分する政治課題にまで押し上げられているということです。私たちも国内の闘いをその水準にまで高めなくてはなりません、急速に。

 ●5章 問題を認識し、議論し、行動に反映させよう

 結論です。
 論文タイトルにもあるように、現下の起ち上がる世界民衆が求めているのは「気候正義」=「クライメート・ジャスティス」です。
 それは、二〇一四年ごろには叫ばれ始めていました。
 気候変動が人為的にもたらされたものであり、少数の強者が加害者であり、多数の弱者が苦しめられる不公正かつ社会構造的な暴力であると捉え、その不正を正し、生態系や人権にも配慮しつつ解決せよという主張であり、要求です。温暖化を促進させてきた国々の民衆や世代が、自らの責任として対策に取り組むことを要求しているのです。
 これに応えようとせず、喫緊の重要課題として取り組まない自称左派、革命派の存在など、認められるでしょうか?
 日本における気候変動問題についての第一人者の一人である東北大学の明日香壽川(あすか・じゅせん)は、著書で「端的に言えば、温暖化問題温室効果ガス(GNG)の排出による大量殺人を未然に防ぐかどうかという問題である。その場合、誰が加害者で誰が被害者か、誰が利益を得て誰が殺されるのか、などを深く考えることが不可欠である」(『クライメート・ジャスティス』二〇一五年)と書いています。私たちの日常に由来するのだとも言える「大量殺人」を止めなくてはなりません。
 私たち共産主義者同盟(統一委員会)は既に、二〇〇四年の結党時に策定した綱領に、「大気・海洋・河川・土壌汚染などの環境破壊に反対する。地球温暖化の防止」と謳い、「資源の収奪と大量消費に依存した生活様式の根本的転換を進める」と謳っています。その内容通りの行動を、直ちに開始しようではありませんか。
 まずは問題の存在を認識し、学習し、議論を深めることです。同志、仲間たちの知見を集め、方針へと結実させなければなりません。

 ▼5章―1節 「温暖化否定・懐疑論」と闘おう

 「環境先進国日本」神話や、「温暖化否定・懐疑論」と闘いましょう。
 深刻なのは、脱原発を求める闘いの中に強く根を張る「温暖化否定・懐疑論」です。温暖化の進行を現実のものと認めることと、それを原発推進、延命に利用しようとする電力資本や御用学者、勢力がいることとは、区別せねばなりません。その上で後者をきちんと批判すべきなのです。
 「とにかく原発でさえなければ発電方法は何でもよい」のではないことも、明らかです。気候変動の脅威に直面させられている多くの民衆からすれば、温室効果ガスの排出、排出源は直ちに減らされなくてはなりません。原発の代わりに火力発電所がフル稼働する日本の現状は、国際連帯の観点からはナンセンスです。「それを言うと脱原発の動きが遅れる」「まずは脱原発を優先すべき」というような「政治判断」は、気候変動の現実を踏まえるならば十分なものとは言えないでしょう。
 「脱原発も、脱炭素も」が求められているのです。風力や太陽光など、再生可能エネルギーによる発電方法の導入を強く要求することも含まれるでしょう。
 それに対して電力資本や、あるいは一部の脱原発論者が、「それでは電力が確保できない」「それではこれまでの生活水準を維持できるわけがない」「電気料金が上がる」などと批判、攻撃して来るとしても、「いや、私たちはそもそも、そんな電力や生活水準を求めていない」と言える私たちになるべきです。

 ▼5章―2節 「暮らしの中の帝国主義」と決別しよう

 先に、日本の多くの住民を含む「世界の上位10%が、50%の温室効果ガスを排出している」ことに言及しました。
 私たちは日々、国内の政治情況と運動、アジア地域での国際連帯に注力しているわけですが、一方で、地球レベルで見た場合には、目もくらむような格差社会の頂点近くに実はいるということを、改めて自覚せねばならないのだと言えます(アジアも今となっては、必ずしも貧しい地域とばかりは言えなくなっていますが)。かつて「オキュパイ・ムーブメント」が指弾した「上位1%」だけが問題なのではないということです。
 人間生活がどのくらい自然環境に依存しているのか(どれだけ地球環境に影響を及ぼすか)を表す指標である「エコロジカル・フットプリント」で見た場合に、世界中が日本と同じ暮らしをするならば、地球は二・八個必要とされています。アメリカと同じ暮らしならば五個、中国ならば二・二個必要です(世界平均自体が既に一・七になってしまっています)。日本は世界で三八番目で、OECD加盟三五カ国の中では二一番目ですが、それでも端的に、許されない放縦、飽食ぶりと言うべきではないでしょうか。他の多くの国の多くの民衆と、分かち合うことが叶わないものを溜め込んだり、独占しているということなのですから。
 綱領に「温暖化の阻止」を謳いながらも、グレタ・トゥーンベリの決起と巨万の街頭行動が登場することなしには、私たちは気候変動(もはや「気候危機」と呼ぶべきですが)の切迫について決して重視をしていませんでした。帝国主義資本が利潤追求と懐柔のために私たちに投げ渡して来る物を、「豊かさ」であるとか「労働、闘争の成果」だと無批判に受容してしまっていたのではなかったでしょうか。今こそ、権力奪取のたたかいとともに「自然環境破壊の進行を防」ぎ「資源の収奪と大量消費に依存した生活様式の根本的転換を進める」たたかいにも取り組むべきです。
 それなしに呼号される「革命」であっては、グレタ・トゥーンベリのいう「おとぎ話」の一つとして退けられかねない、そのような情況に私たちはあるのだと言えます。
 闘いましょう! 声を上げましょう!
    以上文中敬称略

 

 

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