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   ■コロナ禍の中、基地建設を強行するな

   沖縄人民とともに菅政権を打倒しよう

   
         沖縄解放委員会(準)
         
                          

  


  ●1章 「辺野古唯一」継承する菅政権を打ち倒せ

 安倍晋三退任を受け九月一六日首相に就任した菅義偉は、一〇月二六日臨時国会で初めての所信表明を行った。
 沖縄に関しては、「外交・安全保障」の項で「わが国外交・安全保障の基軸である日米同盟」を強く位置づけた上で、「その抑止力を維持しつつ、沖縄の基地負担軽減に取り組む」、「普天間飛行場の危険性を一日も早く除去するため、辺野古移設の工事を着実に進める」との方針を明らかにした。その後の野党の代表質問にも同様の答弁を繰り返し、安倍政権と何ら変わらぬ対応に終始した。
 この所信表明こそ、アベ政治を継承する菅の本質であり、断じて許してはならない。否、むしろ安倍政権下の官房長官として「沖縄基地負担軽減担当相」も兼務した菅は、「これまでにも、沖縄の本土復帰後最大の返還となった北部訓練場の過半の返還など、着実に前に進めてきました」(所信表明)と強調している通り、全国からの機動隊導入による弾圧と自衛隊ヘリによる物資搬入で強行された高江ヘリパッド建設と北部訓練場の機能強化の「実績」を豪語しているのだ。アベと同様、「沖縄の皆さんの心に寄り添いながら」を枕詞に沖縄人民の苦闘を逆なでする姿勢にただただ怒りしかない。
 そもそも菅は官房長官当時、政府と沖縄「県」による「集中協議」が決裂した二〇一五年九月七日の翌日の記者会見で、「戦後の強制接収が普天間問題の原点」だと強調した翁長雄志知事(当時)に対し、「賛同できない。日本全国、悲惨な中で皆さんが苦労されて今日の豊かで平和で自由な国を築き上げた」と発言した輩である。また菅は、「私は戦後生まれなので、沖縄の歴史はわからない。日米合意の辺野古が唯一というのがすべてだ」とも発言している。
 また菅は一一月一二日、米大統領選で当選を確実にしたバイデンとの初めての電話会談で、バイデンが釣魚諸島は日米安全保障条約第五条(対日防衛義務)の適用を確約したと公表した。日米反革命同盟の強化と対中国包囲網の再確認を得ることで、琉球弧軍事化の促進と日米軍事一体化攻撃を強化することを公言したに等しい。
 こうした沖縄差別主義者、大ヤマト民族排外主義者を首班とする菅政権に一切の妥協は許されない。日本学術会議の会員任命拒否・介入問題で産軍学一体化・報国会化の狙いが明らかになった反動・菅を完膚なきまで粉砕・打倒しよう!

  ●2章 コロナ下での工事継続弾劾! 「設計変更」許すな

 新型コロナウイルス感染症の世界的拡大は今なお収束の兆しが見えない。この一年間、予期せぬ歴史的事態と向き合う中で、現下の階級闘争は、新自由主義攻撃の下で破壊・分断されてきたわれわれの生活・労働・医療・教育などあらゆる分野での革命的転換を求めている。沖縄戦・敗戦から七五年目、安保改定六〇年目を迎えた沖縄階級闘争にとって、今年も沖縄解放闘争の新たな展望を切り拓く最重要環として辺野古新基地阻止闘争が全力で闘われてきた。
 政府は四月七日、東京などの七都府県を対象に「緊急事態宣言」を発令、一六日には全国へ拡大した(五月六日まで。後、五月末まで延長)。感染予防のため、国交省は国の公共工事を三月一五日までの約二週間、一時中止することを認める方針を明らかにしていたにもかかわらず、沖縄防衛局は辺野古新基地工事を継続し、抗議の声が高まっていた。
 辺野古作業員の感染が確認された四月一六日の翌日からやっと工事を中断したが、あろうことか、「沖縄県緊急事態宣言」の翌二一日に「辺野古埋め立て変更申請」を強行した。さらには、新基地建設反対の玉城デニー知事与党が過半数を占めた六月七日「県議選」のわずか五日後の一二日には工事を再開した。これが、新基地建設を優先し沖縄人民の命を軽視する、アベ=スガの「沖縄の心に寄り添う」中味なのだ。一一月一三日にも海上警備員一人が感染、濃厚接触者六人を含む同僚計二四人が自宅待機となったが、工事続行を強行している。断じて許さない。
 一方で、新型コロナ対策は現地闘争にも大きな制限を課してきた。毎月第一土曜日に辺野古ゲート前で開催されてきた「県民大行動」は、三月以降は中止を余儀なくされ、沖縄平和運動センターは、第四三回五・一五平和行進(五・一七県民総決起大会)の初めての中止を決定した。八カ月ぶりに開催した一〇月三日の大行動では誕生した菅政権への追撃を確認したばかりだったが、深刻化するコロナ禍状況下、年内の開催中止が決定された(通常行動は継続)。
 辺野古ゲート前、海上、安和桟橋、本部港塩川地区での現地行動においては、オール沖縄会議現地闘争部会で確認されたガイドラインを基に整然と抗議行動が展開されてきた。第三木曜日の辺野古集中行動も通常行動として継続した。各市町村では島ぐるみ会議単位で、創意工夫したスタンディングアピール行動なども取り組まれた。
 ガイドラインでの「県外からの参加自粛」について批判があったが、排外的排他的な観点ではなく、闘争現場がクラスター(集団感染)が発生した場合、社会的政治的影響の大きさを判断したものであると理解する。高齢者が多い割には医療資源が脆弱な北部地域においては致命的だ。感染者が出ても工事を中断しない政府・沖縄防衛局への抗議と怒りでもある。
 同時にこの間精力的に取り組んだのが、「設計変更申請」に対する玉城デニー知事宛の意見書提出運動である。「設計変更」申請は、大浦湾軟弱地盤問題による辺野古新基地建設の破綻を明白にした。政府の試算でも完成までにあと一二年、費用も一兆円近くに増額することを認めたが、それも知事の「承認」が前提である。それにしても大規模な地盤改良工事にもかかわらず、「申請書」には何ら具体的記述がない、とんでもない代物なのだ。
 軟弱地盤の存在を認めた「設計変更」の反動的内容については、これまでも紙上で批判してきた(本年四月二〇日付『戦旗』一五六八号など)。
 加えるならば、埋め立て土砂採取場所について、これまでの北部だけでなく、石垣・宮古島を含む沖縄全域から追加したことだ。しかもその内の七割を占めるのが、沖縄戦の激戦地である南部の糸満市と八重瀬町。戦後七五年を経た今なお、沖縄戦犠牲者の遺骨発掘活動がボランティアによって続けられているのが現実だ。「戦争犠牲者の遺骨を岩ズリと一緒に軍事基地の埋め立てに使うなど断じて許されない、冒涜だ」と批判の声が高まっている。
 また、学識者の辺野古調査団も指摘しているように、「レベル1」に設定している新基地の設計震度の根拠は何ら示していない。米下院軍事委員会は国防総省に対し、軟弱地盤や活断層に関する改善策、環境計画などの報告を指示する条項を可決している。「海底での地震の可能性、不安定性に対する懸念が高まってきた」からだ。二〇一〇年から二〇年までの間、新基地予定地の豊原観測点では、震度一以上が六〇回、二以上が一三回、三以上は三回観測されている。発生頻度からすれば埋立て護岸が多くの工区で崩壊する可能性が高いことは自明だ。
 こうしたとことんデタラメな「設計変更」に対し、知事の不承認判断を後押しする意見書提出行動は、九月五日の「沖縄県緊急事態宣言解除」を受けて、八日に公示がなされ、二八日までの縦覧期間に取り組まれた。その結果、速報値で一万八九〇四件が提出された。これは二〇一三年の埋立て承認申請への意見書三四〇〇件の約六倍となった。
 オール沖縄会議は従前よりホームページなどで意見書提出(準備から)を呼びかけ、学習会や街頭用音源の提供、九月一二日緊急集会など精力的に呼びかけを展開した。各島ぐるみ会議や各団体では独自のハガキ作成や参考意見書作成など創意工夫した取り組みもなされた。縦覧期間中二度にわたる日本自然保護協会の防衛省交渉や国会包囲行動実行委員会、辺野古土砂搬出反対全国連絡協議会など全国の仲間たちも呼応した。韓国の闘う仲間たちからも意見書が届けられた。
 現在、「県」は意見書の内容確認作業を行っており、その後、名護市などの関係団体等への意見照会や沖縄防衛局への資料提出要求などを行う。名護市長渡具知武豊は九月名護市議会で「議会の承認を経て意見書を提出する」としており、これまで「国と県の問題だ」としながら実質的に新基地建設を容認・推進してきた渡具知市長の政治姿勢も激しく問われることとなる。
 二〇一八年八月三一日知事職務代理者の謝花副知事は、沖縄の民意を背景とした故翁長雄志知事の強い遺志を受け、前知事仲井真弘多による「埋め立て承認」(一三年一二月)を撤回した。工事を中止させた。それに対し国は行政不服審査制度を悪用し、沖縄防衛局長は「一般私人」として請求し、同じ国家機関の国交相が撤回を取り消すという茶番劇を繰り返してきた。本年三月には、最高裁が審理もせずに国交相決定を正当化する「沖縄県棄却」不当判決を下した。
 だが、何度も確認しているように、「仲井真承認」は形式的に維持されたものの、「埋立て」の違法状態が解決した訳では決してない。それ故に、今回の「設計変更申請」を出さざるを得なかったことは、「仲井真承認」時にも増して新基地計画の破たんが明白になったことを日帝国家権力自身が認めたのと同じである。
 玉城デニー知事の「設計変更」不承認をかちとろう! 審査期間中の不当不法な工事継続を直ちに中止させよう! 知事「再撤回」へ向けあらゆる分断攻撃を打ち砕き、辺野古新基地建設阻止の民意を不動のものとして前進しよう! 勝利しよう!
 ところで、「埋立て承認」の歴史的暴挙を行った仲井真が、「設計変更」申請のタイミングで今年の「秋の叙勲」において天皇ナルヒトから「最高位の『旭日大綬章』を授与」された。一四年知事選で翁長氏に約一〇万票の大差をつけられ沖縄人民から鉄槌を下されたが、知事退任後も「自民党沖縄県連最高顧問」として公然と新基地建設推進役と「オール沖縄」政治への敵対を繰り返してきた輩だからこそ、(民事裁判係争中除外という適格事項をも無視して)の「ご褒美」である。同時に、今なお新基地計画で苦闘を強いられている沖縄人民への日帝・菅と天皇ナルヒトの反革命宣言でもある。徹底弾劾する。

  ●3章 感染拡大の元凶米軍防疫免除弾劾、日米地位協定の抜本的改定を

 沖縄では七月八日確定事例から第二波が発生。那覇・中南部地域を中心に市中感染が拡大し、宮古や八重山ではクラスターも発生した。
 そうした中、七月七日普天間基地で、続く一〇日にはキャンプ・ハンセン(金武町)でクラスターが発生。恐れていた米軍基地内での感染拡大が顕著となった。七月四日の米独立記念日の前後に集中した基地内外での大規模なパーティも無縁ではない。米兵を乗せたタクシー運転士の感染も発生し、基地外への波及が懸念された。基地労働者などの怒りと要求で一三〇〇名余のPCR検査が実施されたが、それも一部(対象者、地域)でしかなく、米軍と日本政府の無責任対応に怒りが高まった。
 七、八月中は米軍の人事異動時期であり、半年ごとの海兵隊のローテーション配備時期でもある。感染が収束していない米本国カリフォルニアなどから沖縄などへの異動も感染拡大に輪を掛けた。米国防総省が六月八日、日本を含む海外五カ国への米軍の旅行規制を解除したことにも起因する。オーストラリア政府がローテーション配備を変更させたのと余りにも対照的だ。
 在沖米海兵隊は感染症対策と称して、不毛の米軍基地跡地から発展し商業地・観光地として賑わう北谷町内のホテルを借り上げ、異動者らの隔離措置を実施していることも判明した。「基地内は手狭」という理由はまったく本末転倒である。
 京丹後Xバンドレーダー基地でのクラスター発生、岩国基地所属感染者の入国後の経路虚偽報告、感染者最大の横須賀基地など全国の米軍の感染も拡大している。さらに三月下旬、ベトナム寄港後クラスターが発生拡大した米海軍原子力空母セオドア・ルーズベルトで、三〇〇〇人以上の乗組員を、空路沖縄の米軍基地に運ぶことを検討していたことも発覚した。
 そもそも米軍人と軍属、およびその家族は、日米地位協定第九条で旅券、ビザ、外国人登録などの日本の国内法令の適用を除外されている。まさに今回のコロナ禍で改めて日米地位協定の犯罪性が浮き彫りとなった。
 玉城デニー知事は政府と米国大使館に対し直接抗議するとともに、普天間・ハンセン両基地の閉鎖を要求した。また「県」議会や那覇市議会など各自治体議会でも抗議決議が相次ぎ、米軍感染者の基地内隔離と外出禁止、感染情報の開示、日米地位協定の抜本改定要求などを訴えた。
 当初米軍は、「安全保障上や部隊の運用に与えうるリスク回避」を理由に基地ごとの感染状況を非公開とし、外務省も米側から提供された情報を発表しないよう自治体に指示していた。ここでも在韓米軍の積極的な情報公開と対照的な対応だ。日米両政府が一体となって感染拡大を隠蔽せんとしていたのだ。
 だが感染拡大が続く中、自治体や住民の抗議に押され、公開に踏み切らざるをえなくなった。また七月二四日から、日本に入国する米軍関係者全員にPCR検査を開始したと発表した。しかし米軍情報も感染経路や感染者の属性などの情報は得られず、何よりも行動履歴情報も不明で、依然として検査や隔離も米軍任せのままの状態である。
 そうした中、今度は米兵の相次ぐ事件が発生、一一月八日までの八日間で傷害や器物損壊など米軍人が逮捕される事件が何と一三件。米海兵隊員がタクシー運転士の首を絞め、現金と車両を奪う強盗事件(うるま市)など内容も悪質なものばかり。コロナ禍での「リバティ―制度」(在日米軍が米軍人の基地の外への外出を午前一~五時、飲酒を午前〇~五時までの間、禁じている)の形骸化もまた明らかになり、日米地位協定の抜本的改定要求と怒りはますます高まっている。
 沖縄をはじめ全国での反基地闘争の継続的な闘いの上に、全国知事会は二〇一八年七月に初めて日米地位協定の抜本的見直しを全会一致で可決し、日米両政府へ提言した。航空法や環境法令など国内法の適用や、事件・事故時の基地への立ち入りなど当然の要求だ。
 菅の臨時国会所信表明は、こうした日米地位協定改定要求も全く無視するものだったが、全国知事会は一一月五日に再度の決議をつきつけた。
 今回は特に米軍機訓練での「人口密集地域等の上空の飛行回避」、「訓練や事故発生時に地元自治体への詳細かつ速やかな情報提供」、「米軍機飛行で高度や騒音に国内法を原則適用」を要求している。米空軍横田基地へのオスプレイ配備による首都圏や岩国基地への空母艦載機部隊移設による近畿・中国・四国地方での低空飛行の激化は、まさに沖縄の全国化に対する危機感でもある。イージス・アショア配備阻止をかちとった秋田・山口の闘いの地平を押し上げ、「敵基地攻撃能力保有論」で際限のない軍拡と朝鮮侵略反革命戦争策動の粉砕を、沖縄人民とともに全国で闘いぬこう。

  ●4章 浦添新軍港建設阻止に立ち上がろう

 日米両政府は辺野古新基地建設の一方で、沖縄―琉球弧での軍事基地強化を進めている。鹿児島県・馬毛島(西之表市)に米空母艦載機の陸上空母離着陸訓練(FCLP)移転攻撃、そして宮古・石垣での自衛隊基地建設工事が強行されている。日本版海兵隊と称される「水陸機動団」との連携で、新設する自衛隊「電子戦部隊」の宮古・石垣への配備が検討されていることも看過できない。沖縄の前線基地化への機能強化に抗し、地元住民の粘り強い反対運動と連帯して闘いぬこう。
 米海兵隊は、「中国は戦略上の競争相手だ」と対決姿勢を鮮明にした一八年の国家防衛戦略を踏まえ、第三海兵遠征軍(司令部・沖縄)の転換が「努力の中心になる」との指針を昨年公表している。攻撃を受ける範囲に存在する島々を海兵隊が強襲する作戦計画だ。拠点を構えて地上発射型ミサイルなどを配備し、米海軍の艦隊が敵に接近することを可能にする「遠征前方基地作戦(EABO)」を対抗策の中心に据えたものだ。すでに、これに基づいた軍事演習が激化している。
 高江での新基地本格的運用に抗議し、「ヘリパッドいらない」住民の会呼びかけのN4アピール行動に連帯しよう。伊江島では、EABOを念頭に米海兵隊第三海兵遠征軍が米海軍第七艦隊などとの合同演習「ノーブル・フューリー21」をおこない、高機動ロケット砲システム(HIMARS、ハイマーズ)を展開した。九月には三度にわたって、民間の伊江港に揚陸艦を停泊させ米軍車両を積んでいる。戦後、伊江島土地闘争をけん引し、その後の島ぐるみ闘争に引き継がれた阿波根昌鴻さんの闘いと平和思想を学び、継承する伊江島土地を守る会・『わびあいの里』と共に、伊江島の軍事化を阻止しよう。
 同時に新たな政治的攻防環として浦添新軍港建設問題が浮上している。
 那覇軍港が「復帰」直後の七四年の返還合意以降、湾岸戦争などの出撃拠点として使用された以外ほとんど「遊休状態」のまま現在に至っている。九五年のSACOによる那覇軍港の返還に伴う移設条件として浦添新軍港が明らかにされると、「基地の県内移設に反対する県民会議」や浦添市民による「那覇軍港の浦添移設に反対する市民の会」が反対運動を展開し、二〇一三年には松本哲治・現浦添市長も反対して初当選したのである。しかし、松本市長は任期途中で容認に転じ、次期以降は浦添新軍港の「南側案」を示して再選している。
 そして本年八月一八日、松本市長は玉城デニー知事や城間幹子那覇市長と、「那覇軍港を浦添埠頭の北側に配置する案を受け入れる」と表明したのだ。
 表明後、間髪空けず、推進する決議案を自民党議員らは関係自治体などに次々と提出した。八月二八日に那覇港管理組合の議会で、九月一〇日に浦添市議会で(西海岸開発として)、九月二八日に那覇市議会で、そして一〇月一三日には沖縄「県」議会で、次々と採択されている。それも「県」政与党・会派が賛否に別れ、多数決議されたのである。さらに、浦添市議会では反対する決議を一部野党市議が提出したが一〇月一日に否決されている。
 とくに那覇港の港湾管理者としての特別地方公共団体である那覇港湾組合の議会で浦添新軍港を推進する決議を採択したことに、「議会の役割から違和感がある」「決議の内容が熟慮されていない」として、容認する議員でさえ反対した。
 あたかも関係自治体の首長の判断と議会決議で浦添新軍港の受け入れ合意がなされたかのような前のめり状態になっているが、浦添新軍港についての詳細な事実はほとんど明らかになっていない。「県」や浦添市は現軍港の機能や運用を超えないことを日本政府に確認し、新軍港を認めてきた。しかし規模や機能など何の根拠も示されていない。〇三年には、国と「県」、浦添市などが形状を「逆L字型」で合意した際に、岸壁の水深は約一〇メートルから約一二メートルに深くなり、国は接岸可能な艦船が従来の三万トンから、四~五万トン級になると説明している。「強度が強くない桟橋のホワイトビーチでは、大型の貨物を一度に積み下ろすのが難しいが、新軍港では可能だ」と、中国側に面した軍港となることからも原潜や空母が寄港すると危惧されている。さらに、予定地の「カーミージーの海」にはサンゴや魚が生息しており、豊かな自然をつぶすことから辺野古新基地建設とまったく同じだとして反発の声が続々と出てきているのだ。
 浦添新軍港はこのまま進めても環境影響評価(アセスメント)などが必要で、那覇軍港の返還は二〇三〇年代半ば以降になりそうなのだ。玉城知事は浦添新軍港の完成を待たずに那覇軍港の返還を求めている。
 浦添新軍港建設に対してわれわれがはっきりと確認すべきことは、そもそも浦添新軍港は遊休化した那覇軍港の「県」内移設であり新たな機能で新設する基地で、断固阻止しなければならない、ということだ。
むしろ進んでいない浦添新軍港に前のめりになっているのは、沖縄のブルジョアジーがコロナ禍も相まって経済の起爆剤として、浦添新軍港と結びつけている那覇軍港の返還と浦添西海岸開発や牧港補給基地返還(二五年以降の嘉手納以南の基地返還)への期待を高めているからである。
 それを主導している菅政権は、来年二月の浦添市長選から再来年の知事選へ向けて玉城「県」政を追い込み、オール沖縄の分断―解体を目論んでいる。まさしく菅が言い放っている「基地と振興策のリンク」の本性だ。
 辺野古新基地建設阻止闘争と一体で、浦添新軍港阻止の闘いに立ち上がろう。

  ●5章 まとめ

 来年早々から辺野古新基地の設計変更申請への名護市長の意見書、そして知事の不承認判断が大詰めを迎える。またサンゴ採捕の関与訴訟の判決によっては埋め立てに向けたサンゴ破壊が始まる。
 辺野古新基地建設阻止闘争は大浦湾側の埋め立てを阻止するのか否かの決定的な闘いを迎える。現地行動を軸に沖縄―「本土」貫く圧倒的な闘いを組織していこう。
 浦添新軍港阻止の闘いに立ち上がり、辺野古新基地建設阻止闘争と一体に推し進め、オール沖縄の堅持・発展をかちとろう。
 「敵基地攻撃能力」を反帝国際主義で粉砕し、沖縄解放闘争を前進させよう。
 沖縄人民の生活と生命を脅かす米軍演習を許さず、日米地位協定改定を実現させよう。
 宮古・石垣の闘いに連帯し、琉球弧軍事化を阻止しよう。
 沖縄の反基地闘争に結合して、全国で反基地闘争を巻き起こそう。
 菅政権を打倒し、安保粉砕―沖縄解放―日帝打倒・米帝放逐へまい進しよう。


 



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