共産主義者同盟(統一委員会)






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■『戦旗』1656号(4月20日号)6面

   

  
労働者の権利侵害、国家管理強化反対
  日本版DBS制度の創設を許すな!
  
すべての性暴力の根絶のために闘おう

                                



 三月一九日、対象事業者に従業員らの性犯罪歴の確認を義務づける「日本版DBS」創設を盛り込んだ「こども性暴力防止法案」を閣議決定し、国会に提出した。
 就労希望者や従業員の犯歴を確認することになるのは、子どもと接する職場。行政に監督・認可などの権限がある学校や認可保育所などは、確認を義務化する。放課後児童クラブ(学童)や認可外保育所、学習塾などは任意の認定制度の対象とする。また、派遣や委託、無償のボランティアなどであっても、子どもに接する業務の性質によって対象となる。
 確認を義務付ける「特定性犯罪前科」には、不同意わいせつ罪などの刑法犯に加え、痴漢など自治体の条例違反も含まれる。性犯罪の前科が確認されれば子どもと関わらない業務に配置転換しなければならない。配置転換が難しければ解雇も可能となる。また、性犯罪歴がなくても子どもや保護者から相談があれば、雇用側が聞き取りなどの調査を実施。性暴力の恐れがあると認められた場合、配置転換などの対策を講じることを義務付ける。照会できる期間は、拘禁刑(懲役刑・禁錮刑を二〇二五年に一本化)は刑を終えてから二〇年、執行猶予がついた場合は裁判確定日から一〇年、罰金以下は刑を終えてから一〇年。
 この制度のもとでは、子どもと関わる職種で働くことを希望する人は、DBSから発行される無犯罪証明が必要となる。子どもへの性加害防止の観点から歓迎されているこの法案だが、実際には性加害の防止に役に立つのかは、既に導入されている諸外国の例を見てもそうだとは言いづらい。当然のことながら、われわれは子どもへの性虐待を含めた全ての性暴力の根絶のために闘わなければならない。しかし、日本版DBSは真の性暴力根絶には繋がらないばかりか、労働者への監視や差別を強める危険な法案である。

●1 日本版DBSとはなにか

 「日本版DBS」だと言われているのは、イギリスの「DBS制度(Disclosure and Barring Service=前歴開示・前歴者就業制限機構)」を参考にした、日本版の制度だからだ。DBSは雇用主に対して求職者の犯罪歴を知らせる全国的な組織だ。場合によっては、有罪判決や裁判事案だけでなく、警察がその人物に関して持つ情報も含まれる。DBSの犯罪歴証明書には、性犯罪に限らず一定の罪が、法律に基づいて一定期間あるいは永久に記載される。(出典:イギリス政府サイト)

●2 日本版DBSは憲法違反

 DBS法案ではまず、性犯罪歴の有無によって就ける職業を国家が制限することが可能となっている。憲法二十二条「職業選択の自由」に反すると、すでに多くの学者や弁護士から指摘がある。また、憲法三十九条前段は「何人も、実行の時に適法であった行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない」とされている。この法案は既に働いている人さえも遡及的に対象となり、犯罪歴の照会が必要となる。つまり、刑罰法規不遡及の原則に反する。また、同一の犯罪についての重罰は禁止されているが、既に刑期を終えた人に対しても解雇などの社会的制裁が加えられ、重罰禁止の原則にも反する。配置転換や解雇は刑罰ではないため、不遡及の原則と重罰禁止の原則に反しないというのが国の言い訳だ。しかし、配置換えや解雇は労働者にとって極めて大きな不利益であり、実質的には国家による法規制により、二重三重の刑罰を科すこととなる。まとめれば、?職業選択の自由に反すること、?不遡及の原則に反すること、③重罰の禁止に反することの三点で、まず憲法違反となる。

●3 果たして本当に性犯罪が防げるのか

 そもそも、性加害のほとんどは初犯である。この法案は初犯を防ぐことはできない。また、この法案は前科のある者のやり直しを認めないという点で問題である。性犯罪の再犯率は13・9%だ。つまり、更生する人も少なからずいるということだ。性加害を繰り返さず就労しているのであれば問題はないはずだが、この法案はなんの問題もなく一五年間働いている人でさえも解雇できるとする。また、性犯罪にも当然冤罪はあるため、冤罪で前科がついた者も解雇の対象となる。さらに言えば、子どもへの性暴力・わいせつ行為を行った人は保育士免許の登録の取り消しなどが既に行われている。わざわざDBS制度を導入するまでもなく、一定のレベルでの排除は既に行われているのだ。この制度の必要性や有用性はかなり疑わしい。

●4 「性加害の恐れ」をどう判断するのか

 この法案は性犯罪の前科がなくとも子どもや保護者から相談があれば、雇用側が聞き取りなどの調査を行い、性暴力の恐れがあると認められた場合、配置転換などの対策を講じることを義務付ける。しかし、果たしてどのようにして性加害の恐れがあるかを判断するのだろうか?
 日本ではニュースなどでの性加害者のセンセーショナルな描き方から、性加害者についての偏見や先入観がある。精神障害者、知的障害者、外国人は特に性加害者のイメージと結び付けられやすく、また昨今ではセクシャルマイノリティが「性的に奔放」「性欲が強い」などとして性加害の恐れがあるという差別・偏見が広まっている。このような主観的な「性加害の恐れ」は、こういった差別と結びついた特定の属性にまずターゲットが向くのではないかという危惧がある。
 性加害と特定の性格や、その人の属性、障害者かどうか、ジェンダー、性自認、性的指向は関係がない。原則として、いかなる性的指向・嗜好であろうとも、性暴力とむやみに結びつけ、性犯罪予備軍と見なす言説は許されない。また、当然だが女性による性加害も存在し、アメリカやイギリスの調査では女性による性虐待は約20%だと推定されている(「性的搾取者」とは誰か(PDF)外務省)。しかし、日本では「女性は子どもを守る存在」という強固な本質主義的ジェンダーの刷り込みが存在し、女性による性虐待や性加害はむしろ摘発をくぐり抜けやすい。主観による性加害の恐れの判断では男性ジェンダーや、特定の属性、親しみやすいかどうかの性格、あるいは好き・嫌いという判断基準で「性加害の恐れがある」とされ、不利益変更を加えられることもあるだろう。差別・偏見、ジェンダー規範を強化しかねない法案は許されない。

●5 法案の本質は労働者の管理・抑圧の強化
 イギリスのDBS制度を見ればわかるが、もともとDBS制度は性犯罪歴に限った話ではない。すべての犯罪歴を雇用主や職場を利用する人間が開示できる制度である。犯罪歴のある人間の就業の権利を阻害し、労働者としての権利の保障の枠から外していき、国家権力による労働者の監視と抑圧を強化する制度だ。日本版DBSが創設されれば、性犯罪以外の犯罪歴の照会に今後拡大されて行くだろうし、弾圧への利用も可能となるかだろう。そして、それこそが国家権力の企図することだろう。

●6 性暴力を防ぐために必要なことは
 そもそも日本では、性加害に対する社会的な認識が甘く、性暴力加害に対して適切な司法判断が下されない。また、性加害を防止するためには、むしろ性暴力やジェンダーについての正しい知識の普及、性教育などが必要だ。適切な性教育を行うことを「過激だ」と反対している自民党政権が、一方で性犯罪抑止を名目にDBS制度を導入するということは皮肉な話だ。
 性暴力は「性欲の暴走」によるものだというレイプ神話は今でも広く信じられているが、そうではなく、不平等な力関係を利用するものである。そこにはミソジニー(女性蔑視)や、子どもなど社会的弱者を見下す家父長制的な思考・価値観が必ず根底にあると指摘されている。女性による性虐待も、家父長制的ジェンダー規範を内面化し、家庭のなかで子どもや高齢者などをコントールできる存在だと自らを認識している場合に引き起こされるという指摘がある(ベル・フックス)。つまり、性暴力の根本理由は「性欲の暴走」ではなく、男性中心主義的で家父長制的なジェンダー規範によるものだ。実際に性犯罪者に対して、ミソジニーなどの認知のゆがみを矯正する認知行動療法が再犯防止プログラムとして行われることがあるが、再犯防止プログラムの受講により再犯率の低下が見られている。
 「女性はやさしい」「男性は力強い」「女性は細かい気づかいができ、子供の世話に向いている」「男性は女性をリードしなければならない」など、このようなジェンダー規範の中には本質主義的なミソジニーが必ず隠れている。女性差別に反対する人でさえも、こういったジェンダー規範の問題を捉えずに無邪気に日常のなかで取り入れ、再生産している場合がある。
 性暴力の根絶のために必要なことは労働者階級の監視・抑圧を強化し、分断を行うDBS制度などではなく、学校や職場での性教育、性暴力や性のあり方についての知識の普及、再犯防止プログラムの拡充、そして日常に氾濫しているジェンダー規範を問い直し、破壊していくことである。ジェンダー規範が維持される限り、性暴力は再生産され続ける。日本政府は子どもを守るという名目で、大衆の支持を得ようと目論んでいるが、その欺瞞を暴かなくてはならない。すべての性暴力の廃絶のためにジェンダー規範と闘っていこう。

 



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